Ep.67 レッスン開始!
『ば、バイオリンて高いんじゃなかったっけ……?』
結局あのあと、私は大丈夫だって言ったけど皆に押し切られて一応医務室に向かった。
「失礼します。……と、先生居ないみたいだな。」
最初に扉を開けて中を確認したライトが、『あー、そういや今は職員会議中か』と呟きながら中に入っていく。
先生が居なかった理由はわかったけど、それって医務室開けっぱなしで大丈夫なの?薬品とか色々あるよね……?
「とりあえず、フローラは座りなよ。その本はこっちで預かっとくね。」
「うん、ありがとう……。でも、本当に大丈夫だよ?」
「自分では大丈夫だと思ってても、思わぬ場所ぶつけてたりするかも知れねーだろ?それに、先帰した奴等に医務室行くって言っちまったからな。」
『上の者が嘘をついたら、ついてこなくなるだろ』なんて言いながら、ライトが椅子を引いてくれる。
とりあえずそこに腰かければ、クォーツが『ずいぶん重い本借りたねー、見てもいい?』と私の手提げを漁る。
別にいいけど、見ても面白いものないよ?
「一応氷のう出しとくぞー。」
「あ、うん。ありがとう!」
クォーツが本を漁っている間に、ライトが小さめの氷のうに氷を詰めてくれる。って言うか、氷のうなんて知ってたことにビックリだ。日常で使う機会なんか無いよね、これ。
「フローラ、バイオリン始めるの?」
「え?あぁ……、ちょっと事情があって。……?フライ??」
手を差し出してクォーツの手からバイオリンの教本を受け取る。……と、同時になぜかフライに手を掴まれた。何だろ?
「フライ、どうかした?」
「どうかしなきゃこんなことしないよ。……手の甲、アザになってる。」
「えっ!?」
呆れたような顔でそう言われて掴まれた方の手の甲を見てみると、確かに紫色のアザが……。でも、なんでこんなところに?
「ほら見ろ、やっぱ怪我してたじゃないか。とりあえず冷やしとけ。」
「ありがとう……。でも、こんな場所ぶつけた覚えは……あっ!」
氷のうをアザに当てながら声をあげた私に、三人が怪訝そうな顔をする。ごめんね、驚かせて。
でも思い出したよ。そうだ、さっき手すりを掴み損ねた時に角に打ち付けたんだった。落ちそうになった衝撃ですっかり忘れてたよ。アザって意外と後から辛くなったり、残っちゃうこともあるから、早めに気づけて良かった。皆に感謝だ。
「よくわからないけど、ちゃんと手当てしないと駄目だよ。医務室来ておいて正解だったね、フローラ?」
「……?うん、そうだね。ありがとう。」
と、不意に目があったフライがにっこりと微笑みながらそう言ったので、微笑み返してお礼を言った。医務室に……って言ってくれたの、そういえばフライだったもんね。
「……なんか調子狂うな。」
「ん?フライ、今何か言ったか?」
「いいや、何も。」
ん?いつのまにかライトとフライがなんか話してるや。生徒会のことかな?
「あれ?そう言えば、今日は生徒会の仕事は大丈夫なの?」
「え?あぁ、うん。今日は先生方が会議で不在だから、もうおしまい。明日からはまた忙しくなるだろうけどね。」
なるほど、そういうことだったんだ。それにしても、今の感じだとやっぱ……
「音楽祭の準備が大変なの?」
「何だ、もう聞いたのか?」
「うん、今日のLHRでね。」
私がそう答えると、三人は互いに顔を見合わせて『いよいよ本格始動か……』なんて会話を始める。
まぁ、私はその時に厄介事も一緒に引き受けてしまった訳ですが。
でも、音楽自体は大好きだし、こう言う学校全体のイベントって楽しいし。
なんでライト達が急にこのイベントを立ち上げたのかはわからないけど、素敵な一日になるといいな!
でも、その為にはやっぱり……。
「弾けるようにならなきゃいけないよねぇ……。」
膝に乗せた教本が、物理以上に重く感じる。
学園に居る間じゃ先生をお呼びするわけにもいかないし、初等科には管弦楽部なんてものはない。……って言うかそもそも部活がない!!
全部独学なんて到底無理だし、どうしたら……。
「ーー……!」
と、頭を抱えた所で目の前の三人に目が向く。ライト達は、それぞれの国の跡取りとして様々な習い事をしてきたと聞く。
ってことは、もしかして……!
「あ、あのー……」
「ん?何だよ。」
「どうしたの?」
「……。」
お話してるところに申し訳ないんだけど、と控えめに声を掛ければ、三者三様の反応をしつつ全員の視線がこっちに向く。
私は、小さな椅子から立ち上がって姿勢を正した。
「お願いがあります!」
「お、おぉ、どうした急に。」
「なんか困り事?」
「……僕は大方予想がついたよ。」
いつも違った私の態度に戸惑ってるらしき二人と、唯一落ち着いた……いや、寧ろ呆れたような様子で静観しているフライ。
そんな三人を正面から見据え、きっちり頭を下げた。
「この中でバイオリンが弾ける人が居たら、私に教えてください!!」
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「えーと、ここの指使いはこうだから……」
持ち馴れないバイオリンと弓を持ち、譜面台に乗せた楽譜の書き込みを見ながら四苦八苦。
少し前の椅子についてそんな私を見ているフライは、数分前からタンタンタンと指先でテーブルを叩いている。
早くしろってことですよね、わかります!
わかっては、居るんだけど……。
「あっ!」
「……はぁ。」
しっかり指使いと音を確認してから弾き始めたものの、1フレーズと弾き終わらないうちに弦がキィーッと嫌な音を立てる。
「……ねぇ、君はその音がそんなに好きなの?」
「いや、そんなことは無いんだけど……。」
「じゃあ、何故僕は今日何度もその妙な音を聴かされなければならないのかな?」
「ごめんなさい……。」
『……全くもう。ほら、もう一回。』と促されて、もう一度楽器を構え直す。
フライがバイオリンを教えてくれるようになってから早三日。ドレミの音階と指使いだけは完璧にしたんだけど、いざ楽譜になってメロディーを弾こうとなると混乱しちゃうんだよね。どうにも私は昔から応用が苦手だ。
「ーー……。」
こうやって付き合ってくれてるフライの為にも、早く出来るようにならなきゃ……。
でも、焦れば焦るほど変に力が入ってしまってまた耳障りな音になってしまう。うぅ、正面から長いため息が聞こえて顔が上げられない……!
「はーー……、わかった。今日はもうおしまい。」
「えっ!?で、でも……」
「別にまだ見捨てた訳じゃないからそんな表情しない。原因がわかったって言ったんだよ。」
そう言って立ち上がったフライが私の背後に回り、『構えてみて』と囁く。
言われた通りに構えてみれば、フライは私の弓を持つ手や本体に当てている頬(いや、顎かな?)を指でちょっとなぞってから離れて『やっぱりね』とため息をついた。
私は何がなんだかわからないので首を傾げていれば……
「楽器が自分に合ってないんだよ。それ、借りたやつでしょ?」
「う、うん。先生から借りた学校のだけど。」
楽器に合う合わないがあるのか……。前世ではピアノとリコーダーくらいしかやったことがなかったから気づかなかったよ。
自らの手にあるバイオリンを見つめながらそんな事を考えていたら、フライはさっさと自分の荷物と私の荷物をまとめてしまった。
これは、本格的に呆れられた……?
「だから呆れた訳でも見捨てたわけでもないってば。」
「ーっ!?」
心を読まれました。
驚いてフライの澄んだ水色の瞳を見れば、その水晶のような目を一回閉じてからフライはこんな提案をした。
「とりあえず合う楽器がないと話にならない。明日は休みだし、買いに行くよ。」
~Ep.67 レッスン開始!~
『ば、バイオリンて高いんじゃなかったっけ……?』




