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Ep. 66 何事もまず基本から!

  徐々に日差しも強くなり、木々も青々と生い茂る初夏の午後。

  穏やかだった昼休みを終えた私には、午後イチで思わぬ出来事が待っていた!!


「はぁ……、どうしよう……。」


「フローラ、どうしたの?帰ってきてからずっと塞ぎ込んで。」


  寮の自室に戻るなりベッドでうだうだとしていた私を見かねたのか、30分近く人を傍観していたブランが話しかけてくる。


「聞いてよブラン!!」


「うわっ!な、何!?」


  それを待ってましたとばかりに跳ね起きた私は、目の前をふよふよと飛んでいたブランをぎゅっと抱き締めるように泣きついた。


  そう、私が今悩んでいるのは、今日の午後のLHR(ロングホームルーム)でのこと……。








「フローラさん、待っていましたよ!」


「は、はい……?(わたくし)に何か?」


  教室に戻るなり、担任の先生が私に手招きをして皆の前に立たせた。

  なんか、嫌な予感……。


「さて皆さん、突然ですが……来月の末に初等科内で音楽祭を行うことになりました!!」


  その先生からの発表で、教室がざわつき出す。

  正直私もちょっと驚きだ。運動会こそあったけど、生徒が貴族ばかりだからかこの学園にはそう言うイベントは他には一切無かったのに。急にどうしたんだろう?それと、この流れで私が教壇の横に立たされている理由は何!?

  不満げにざわついている皆からの視線が恐いよ……!


「はいはい、静かに!この音楽祭は、初等科の友好を深める為に生徒会が企画したイベントです。」


「まぁ、ライト様達が!?」


「流石、高貴な方々が企画される行事は優雅ですわね……。」


  新生徒会……つまり、ライト達皇子三人が発案だと聞くなり、さっきまで不満たらたらだった女の子達が手の平を返したように絶賛し出した。ライト達の影響力ってすごいんだなぁ……。

  身分が高くなっても、やっぱり女の子は女の子だね。あまりの変わりっぷりに男子は引いてるけど……。


「あ、あの、先生……。音楽祭のことはわかりましたが、私は何故ここに立たされて居るのでしょうか?」


  このままだと晒し者状態のまま話が進まなそうなので、隣に立つ先生に単刀直入に聞いてみる。と、先生は『そうでした』と何かを思い出したように笑みを浮かべた。

  そして、黒板に何やら曲目を書いていく……。


「さて皆さん、この音楽祭はクラス対抗で行われ、勝者には生徒会長より賞品が出ます!」


  その言葉に、女の子達に比べて乗り気じゃなかった男の子達もちょっと目を輝かせる。

  賞品かぁ……、やっぱり魅力的な言葉だよね。子供相手なら尚更効果はてきめんだ。


  と、ざわつく皆を注目させるように先生が私の両肩に手を乗せ、『そこで皆さんに相談なんですが!』と声を張り上げる。


「やはり、ここは勝ちに行く為にこれらの曲目から演奏曲を選びたいのですが、これらの曲には全てバイオリンのソロが入ります。そこで……、どの曲になるにせよ、そのソロパートはフローラさんにお任せしたいのですがどうでしょう?」


「せ、先生!?それは……!」


  ちょっと待って!いきなりそんな勝手に決めちゃわないで、他に適任が居ないかちゃんと選んだ方が良いんじゃないの……?


  ほら、いきなりそんなこと言うから皆さっきとはまた違った意味でざわついてるじゃない……。

  このクラスの人数は全30人、その内女の子は10人だけだけど……その少ない女の子達が私を見て思い思いに話している。男の子の方は、特に感心が無さそうだけどね。


「私は良いと思いますわ!フローラ様なら知名度も高いですし、何より華がありますもの!!」


「そうですわね……、フローラ様ならクラスの顔として申し分ありませんわ!」


「よし、じゃあ決定ですね。皆さん、宜しいですか?」


  私を絶賛してくれる数人の女の子の言葉ですっかりご機嫌になってそう言った先生の言葉に、皆から拍手が沸き起こる。

  だから待ってよーっ!本人の意思を聞いてください先生!!

  もしくは多数決するなり他の立候補を募って!!

  ほら、このクラスで一番気の強い女の子とその子と仲良しの二人が、拍手はしつつもこっちを睨んでるよーっ……!


「おぉ、チャイムが鳴ってしまいましたね……。ではフローラさん、ソロはよろしくお願いしますね!曲目はまた、来週のHRにでも投票で決めましょう。では、号令!」


「起立、礼!」


  弁明の間もなく非情にチャイムが鳴り響き、教室に子供達の『ありがとうございました』の声が響く。私ももちろんちゃんと言います。挨拶は基本です。

  ……ってそうじゃなくて!!!






「私、バイオリンなんて持ったこともないよーっっっ!!」


「あぁ、それはまた……災難なことで。」


  回想を話し終えると、腕の中のブランは大人びた口調でそう呟いた。ブラン貴方、そんな言い回しどこで覚えたの……?


「まぁ断れなかった以上、頑張って弾けるようになるしかないね。」


「うぅ、そうだよね……。」


  断れなかった私にも非があるし、ここで私が務めを果たせなかったら……。私はもちろん、今日私を推してくれた子達の立場も悪くなっちゃうかも知れない。

  あの子達は、三年生の時からクラスが一緒で何かと私に話しかけてくれるメンバーだ。理由はわからないけど慕ってくれているし、その期待を裏切るのも申し訳ない……。


  音楽祭まであと一ヶ月……。頑張るしかないかな!


「まだ三時過ぎだし……、ちょっともう一度学校行って来るね。」


「えっ、今から!?」


  ベッドから起き上がり再び制服を手に取った私に、ブランが驚いた顔をしながら『明日にしたら?』と心配してくれるけど……。


「あまり本番まで時間が無いし、ド素人なんだから尚更一刻も早く練習始めなきゃいけないと思うんだ。とりあえず楽器はすぐには用意出来ないから、図書室の本でバイオリンの指使いとか勉強してくる!」


「そう……、真面目だねぇ。頑張って!」


「うん!話聞いてくれてありがとう、ブラン。行ってきまーす!」


  学校まで歩いて十分前後だし、図書室が……と言うか、初等科の校舎が閉まるのは六時だ。三時間あれば、少しは勉強出来るよね……?









ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

  放課後とは言え、様々なジャンルの本が揃っている図書室にはまだそれなりに人が残っていた。

  久々に来たけど、前に来てた頃より人が多いな……。勉強している子達の姿もなかなかの数だ。皆、まだ小学生なのに偉いなぁ。


  でも、人数が多い分席が空いてない。

  この場で読むつもりだったのに、困ったな……。仕方ない、使えそうな本をきっちり選んで借りて帰ろう。何冊まで借りられるんだっけ?


  結局、初心者向けのバイオリン教本と楽譜や音楽記号の本。それと、三冊まで借りられるって図書委員の子達が言うので五教科の

基礎問題が詰まった参考書を借りた。

  いやぁ、これだけの子達が頑張って勉強してる姿を見てるとこっちも頑張らなきゃって思うよね。


  さぁ、帰って借りた本を読まなきゃ。まずはバイオリン教本からね!……それにしても、どれもまぁまぁ分厚いから案外重いかも……。


「わっ……!」


  三冊の本が入った重い鞄を両手で体の前に持って歩いていたら、階段を下ろうとしたところで重力に引っ張られてちょっとバランスを崩してしまった。咄嗟に手すりを掴もうとしたけど、鞄から片手を離しちゃったことで更に体勢が崩れて私の手は目当てのものに掠りもしない。

  駄目だ、落ちる……っ!


「馬鹿っ、危ねぇ!!」


「ーっ!!」


  と、衝撃を覚悟してぎゅっと目を閉じた直後……、誰かが私の腰に手を回して落ちないように支えてくれた。

  今の声は……


「ライト!……っ様!!」


「あー、驚いた……。大丈夫……ですか?」


  声でわかっては居たけど、体勢を立て直しながら振り向いたら先に居たのはやっぱりライトだった。隣にはクォーツとフライ、それに他の生徒会のメンバーの子も居る。


「ありがとうございます、お陰さまで大事ありませんわ。」


  一瞬普通に話しかけてから、人目に気づいて慌てて取り繕う。ライトも、助けてくれた瞬間こそ素だったけど、今は至って皇子らしく優雅な笑みを浮かべている。

  私が改めて『ありがとうございました』と頭を下げると、『ご無事で何よりです』なんて言葉が返ってきた。約一ヶ月ぶりに近くで会った上で見せられたその大人びた笑顔に、一瞬ドキッとしてしまう。

  六年生にもなると、やっぱり雰囲気も大分変わってくるよね。でも……、なんかいつもの皆を知ってるからか、いくらカッコよくても外向きのライト達には違和感感じちゃうな。


「フローラ様、本が落ちてしまっていますよ。」


「あっ……、ありがとうございます。助かりますわ。」


  いつもと違って至って穏やかに、しかも敬語で話している彼等の姿にそんなことを思っていたら、いつの間にか鞄から飛び出してしまっていた楽譜の本を役員の男の子が拾って渡しに来てくれた。親切だなぁと思いながら受け取ったら指先が触れて、それに反応して男の子がうつ向きながら勢いよくその手を引いた。


「もっ、申し訳ありませんっ……!」


「え……っ?」


  え、ちょっと触っただけだし、貴方今普通に良いことしたでしょ。なんで謝るの?


「え、えーと……?」


  どう答えたら良いかわからずに困っている私と、未だにうつ向いたままの男の子の間に妙な空気が流れる。ど、どうしよう……。


「ーー……とりあえず、いくら大丈夫だったと言ってもちゃんと怪我がないか調べた方が良いかも知れませんね。医務室まで僕らがお送りしましょう。」


  おかしな沈黙に、被った猫はなんとかキープしながらも戸惑いまくっていたら、しばらく肩を震わせながらこちらを傍観していたフライから助け船が入った。

  もう笑いの波は収まったのか、肩も震えずに至って冷静な微笑みを浮かべるフライ。……なんか、目は笑ってないけど。


「し、しかし……」


「今日の議題はもう消化できているし、問題は無いだろう。」


「そうだね、君達は先に帰って大丈夫だよ。彼女のことは僕達に任せて。」


  ライトとクォーツもフライの言葉に乗っかり、うつ向いたままの子と他の役員の子達に解散を促す。

  正直、助けて貰えたこともあって痛いとこもないし……医務室まで送ってもらうのは申し訳ないけど、今は他にこの状況を打破する手も無さそうなので私も皆に乗っかって『ありがとうございます』とフライの提案を受け入れた。


  それでも他の役員の子達は、ライト達を置いて先に帰るのは気が引けていたようだけど。

  結局、フライの『医務室に行くにせよ、あまりに大人数だとお邪魔になってしまうから』の一言が決め手になって、彼等は下駄箱の方へと歩き始める。

  本を拾ってくれた子は、立ち去る前にチラッと私を見てすぐにまたうつ向き、そのまま駆け足で立ち去って行った……。


     ~Ep.66 何事もまず基本から!~


『昼間の女の子に続いて男子生徒まで……。これはやっぱ決定打かなぁ。』


『はぁ?』


『何々、何の話?』


『うっ、ううん、何でもない!』


『……人間、本当に何もないときは「何でもない」とは言わないんだよね。』


『ーーっっ!!』



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