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Ep.64 台風少年の再来

  踊り場にしゃがみこんでその小さな体を丸めているのは、どうやら小さな女の子みたいだった。

  顔は膝に埋めてるから確認出来ないけど、着ている制服の色が赤だったのでフェニックス出身の子だってことはわかる。


  泣いてるってことは、転びでもしたのかな?それとも……


「ごきげんよう。こんなところでどうかいたしまして?」


「……っ!」


  出来るだけ驚かさないように、ゆっくりと近寄って優しく声をかける。と、女の子がビクリと肩を跳ねさせてから恐る恐るといった感じで顔を上げた。

  小さい子に安心して話をしてもらうには目線の高さを合わせるのが良いと聞いたことがあるので、スカートの裾が床につかないように気を付けながらそっとその場に屈む。


「あ、あの……」


「あらあら、涙で可愛いお顔が大変だわ。とりあえずお拭きなさいな。」


  近くでその可愛い顔を見てみれば、頬どころか首辺りまで涙でびっしょりだ。このままじゃあとで荒れて痛くなっちゃいそうなので、ハンカチを取り出して頬を拭いてあげる。女の子はまだ怯えながらも、特に逃げたり、嫌がるような様子は見せなかった。


「よし、綺麗になったわね……。それで、どうして泣いていたのかしら?」


「あ、あの、ここがどこかわからなくなってしまって、それで……。」


「そうだったの……。寮に帰りたいのかしら?」


  やっぱり迷子かぁ、無駄に広いもんね、校舎。

  でも、女の子は私の言葉に首を横に振った。ポニーテールにした茜色の髪が揺れて手に当たってくすぐったい。


「あの、お兄様とカフェテリアでお茶をする約束があって……、ーっ!」


「そうね、お腹も空いているようだし……。では、カフェテリアまで行ければいいのね?」


  ぐきゅる~……と響いた音が、控え目な言葉の代わりに彼女の気持ちを伝えてくる。もしかして、昼も食べてないとか……?そうだとしたら、育ち盛りなのに大変だわ。


「では、私がご案内致しますわ。参りましょう?」


「え!?で、でも……、ご迷惑じゃ……。」


「私もちょうどそちらへ向かうところでしたから大丈夫ですわ。それに、カフェテリアは隣の校舎ですからここから行くのは少々道が複雑ですの。」


  『さぁ、参りましょう』と手を差し出すと、女の子は私の手と自分の手を交互に見てから、さっき渡したハンカチでその小さな手をゴシゴシと拭いて。それから、そっと私の手のひらに自身の小さな手を重ねてくれた。


  白くてすべすべで柔らかくて、そして温かい。休みの間にクリスと会ってたときも思ったけど、小さい子の手ってマシュマロみたいだなぁ。


「ーー…………。」


「……?どうし……いえ、どうかなさいまして?」


  と、歩き始めてほんの数分で女の子の足が止まった。

  どうしたんだろうとその顔を見てみれば、涙目になりながらお腹を擦っている……。どうやら、この子のお腹の虫は大合唱の真っ最中なようだ。


  カフェテリアまで結構歩くし、このまま行かせるのはちょっと酷かなぁ……。


  あ、そうだ。


「お口に合うかはわかりませんが……、先程焼いたクッキーがありますの。よかったら召し上がってくださらない?」


「クッキー!」


  丁度良いものがあるじゃないかと、白いリボンが結ばれた小袋を取り出してみる。

  おぉ、すごい食い付きだ……!よっぽどお腹空いてたのね。


「いただきます!!」


「はい、召し上がれ。」


  袋ごと渡すと、勢いよくリボンをほどいてクッキーを口に含む。


「……っ、美味しいです!」


「それはよかったわ。」


  口の端にグラニュー糖をつけながら、女の子が満面の笑みを浮かべてくれる。

  可愛いなぁ、もう……!


  その後もクッキーを頬張る女の子に癒されながら、ゆっくり気味に歩いていく。

  小さい足でトコトコ歩く姿が微笑ましくて、自然とこちらも笑顔になる。


  この廊下を渡ればカフェテリアだ。なんか、離れるの名残惜しいなぁ……。












ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「さて、着きましたわ。ここがカフェテリアです。」


「はい!ありがとうございました、助かりました!!」


  しっかりとお辞儀をしてから、女の子が私の袖を引っ張ってしゃがませる。


「……?」


「クッキーも美味しかったです、ごちそうさまでした。」


「……!こちらこそ、食べてもらえて嬉しいですわ。」


  か、可愛い……!

  その愛らしさに、思わず小さな頭を撫でる。おぉ、髪もサラサラだ……!


「あーっっっ!!お前っ、なにしてんだ!!!」


「えっ!?」


  と、突然後ろから聞こえた叫びに反応する間もなく、撫でていた方の腕を誰かに捕まれる。

  すごい力で引っ張られるままに振り返れば、そこには……


「あ、エドガー……様。怖い顔をされて、どうなさいました?」


「どうしたじゃない!うちの妹から離れろ!!」


「妹……?痛っ……!」


  なるほど、言われてみれば確かに髪色や目の色がよく似てる。

  ……って言うか、掴まれた腕がかなり痛い!下級生のはずなのに力強いよ……っ!


「おっ、お兄様、止めてください……!」


「エミリー、黙って下がってろ!お前……、妹に何してたんだ!!」


「いや、私は……」


「君こそ何してるの?」


  とりあえず離してもらえないかと体を捩りながら反論しようとした時、私の言葉に被るように鋭い声が飛んできた。

  今度は何事……?


「……っ!」


「ーー……?」


  どんどん変わる状況に追い付けずにいると、あんなに激昂していたエドガー少年の力がすっと弛んだ。

  ばつが悪そうな顔をした彼の視線は、私の後ろに向けられている……。


「きゃっ!?」


  と、エドガーから解放されて自由になった私の腕がまた誰かに掴まれ、その人の背中に隠されるような形になった。

  戸惑いながらも、庇うように前に立つその人の顔を見てみれば……。


「クォーツ!……っ、様?」


  私の手を引っ張った主は、珍しく怒った顔をしたクォーツだった。その隣には、薄く笑みを浮かべるフライの姿もある。

  会議、もう終わったのかな?でも、ライトは居ないみたいだし……。


「お二人とも、どうされ……」


「エドガー君……だっけ?君、今彼女に何をしてたの?」


「……っ、別に、何も。」


  おーいクォーツさん、私の声聞こえてる?

  突然の二人の登場に戸惑いつつ話しかけたもののスルーされてしまい、腕を掴まれたまま私はオロオロするばかり。


  と言うか……、まず何よりもいつもと違ったクォーツの様子に混乱するばかりだ。


「答えられないの?今、フローラが痛がってたのに問答無用で怒鳴り散らしてたよね!?」


「だっ、だってその女が……!」


「“その女”……ね。以前会ったときにも感じたけど、君はどうも上級生に対する態度がなってないね。」


  クォーツの言葉に反論しようとしたエドガーを、フライの淡々と放つ言葉が静かに制する。ちょ、ちょっと待って!!

  突然の事態に女の子……もとい、エミリーちゃんまで涙目になっちゃってるよ!!


「おっ、お二人とも、お待ちになって!」


「フローラ!?」


  私の腕を掴んでいたクォーツの手を外して、二人とエドガーの間に割り込むように立つ。


「彼は何か誤解をしてしまっただけですし、特に酷いことをされた訳ではありませんわ。」


「でも、さっき確かに……っ」


「クォーツ様、確かに少々行きすぎた態度だったとは言え、それは彼が妹君を思ってしたことです。少しくらいは多目に見ても良いのではないですか?」


  私を心配してくれたであろう友達に反論するのは心苦しいけど、この事態を納めるにはこうするしかない。

  なんとか落ち着いてほしいとクォーツの瞳をまっすぐ見つめながらそう言えば、“妹”の単語に彼のまとっていた怒気が少し弱まった。


  そして、少し落ち着いたことでクォーツの瞳に私達の足元でオロオロしながら涙目になっているエミリーちゃんの姿が写る。


「あ……。ごめんね、驚かせちゃって。」


「い、いえ……!あの……」


「……本当にごめんなさいね。ここは大丈夫ですから、寮にお戻りなさいな。」


  『お兄様もご一緒にね』と、エミリーちゃんと目線を合わせてそう伝える。

  エドガーはと言うと、尊敬しているフライとクォーツからの叱責が堪えたのか、私を一瞬睨みつつも大人しく妹を連れてその場を去っていった。


  幸い今日は始業式だけで皆午前中のうちに寮に戻ってしまっていたようで、このカフェテリアはまるで人気はない。

  なので、エドガーとエミリーちゃんが立ち去れば、この場には見事なまでに私たちしか残らなかった。


「はぁ、びっくりしたぁ……。」


「驚いたのはこっちだよ……。手、大丈夫?」


「うん、ちょっと痛かったけど、すぐに二人が来てくれて力は弛んだし。ありがとう、助けてくれて。」


  一番近いテーブルにつきながらそう言えば、クォーツは『結局何も出来なかったし……』と苦笑いを浮かべ、片やフライはさっきまで浮かべていた薄い笑みを消して真顔でため息をついた。


「全く……、君の周りは本当に退屈しないね。」


「あはは……、ごめんなさい。」


  本当に、お騒がせして申し訳ない……。


「まぁまぁ、もう良いじゃない。それより、疲れたでしょ?寮まで送るから、僕たちも帰ろうよ。」


「……そうだね、行こうか。」


「うん、ありがとう。」


  帰る先は一緒だし、クッキーも渡したかったので小さな紳士の申し出に乗っかって一緒に歩き出す。


  寮までのそんなに長くない道のりで改めて感謝を伝えてクッキーを渡すと、二人ともその場で一枚食べて『美味しいよ』と言ってくれた。よかった……。


  そしてそのままクッキーの袋片手に男子寮の方へと去っていく二人の背中を見送ってから気づいた。


「しまった、ライトの分預けとけばよかった……!!」


  仕方ないや、ライトの分は予定通り明日渡そう……。


   ~Ep.64  台風少年の再来~


『お前ら、なんで俺を置いて帰ったんだよ!』


『あぁごめん、ちょっと色々あってさ……。』


『色々って何だよ!つかなんだそのクッキー!!?』


『あぁ、帰りにフローラにあったから貰ったんだ。と言うか、この学園で自主的にお菓子を作る変わり者なんかあの子しか居ないでしょ。』


『あ、あぁ……。』


『でしょ?じゃあ、おやすみ。』


『おやすみー、また明日。』


『あ、あぁ……。ーー……いや、俺の分は!?』




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