Ep.62 “きょうだい”について
『今こそ、流れ星に助けて欲しいよ……!!』
「あはは……、それは災難だったねぇ。」
「笑い事じゃ無いですよ……!」
満天の星が瞬く夜空の下、力なくテーブルに突っ伏す。あぁ、ガラスのテーブルだからひんやりして気持ちいい……。
「はは……。フローラちゃん、お行儀悪いよ。」
向かいに座っているフェザー皇子が、同情を滲ませた声色でやんわりと私の行動を諌める。
『失礼いたしました。』と顔を上げて姿勢を正せば、少し見上げた位置に苦笑いを浮かべたフェザー皇子の姿が見えた。
「まぁ、クォーツとルビーは本当にお互いの事をなにより大切にしてるからね。フライからも、彼の妹への溺愛っぷりはよく聞くよ。」
「そうですか……。ふふっ、なんだか想像がつきます。」
もうパーティーは終わったのでいつも通りに眼鏡をかけたフェザー皇子の穏やかな笑顔に、なんだかこちらも落ち着いて笑みが溢れる。
まぁ、いくら一時間半ぶっ続けに兄妹のろけ話をかましたからって、二人に悪気がないのはわかりきってるし。ちょっと話の時間が長かったことを除けば、幼い兄妹が幸せそうに思い出話をしてる姿はほっこりするしね。
あっ、兄妹と言えば……。
「あの、フェザーお兄様……。ちょっとお聞きしたいことがあるのですが良いですか?」
「ん?もちろん構わないよ、何でもどうぞ。」
笑顔でそう答えてくれたお言葉に甘えて、私は昼間にクォーツと話した『下の子の兄、姉離れについて』のことを話した。
「下の子の自立かぁ……。まだ幼いのに……いや、君やクォーツを馬鹿にしているわけでは無いんだけど。難しいことを考えてるなぁ。ちょっと驚いたよ。」
「こんなことを考えるのはまだ早いかなと思ったのですが、一度気になり出すとどうにも考え込んでしまって……。すみません、急にこんなこと聞いて。」
「大丈夫だよ、別に悪いことを聞いてるんじゃないんだし……。それに、そんなに固くなることないんじゃないかな。もっと、フライ達と居るときみたいに普通にしてていいんだよ?」
「ありがとうございます。」
うーん、でもフェザー皇子って、フライ達と居るときは“お兄さん”って感じだけど、それ以外の時は生徒会長とか先生みたいな雰囲気があって、『失礼が無いようにしなきゃ!』って身構えちゃうんだよね……。
この間の展覧会で会った時は、緊急事態だったからそんなこと考える間もなかったけど。
「……僕って、やっぱり取っつきにくいのかな?」
「えっ?」
つい考え込んでたら、不意に落ち込んだような声色でそんな呟きが聞こえてきて、弾かれるように顔を上げた。
改めて正面を見れば、いつも優しく細められているフェザー皇子の瞳に、僅かにだけど……。寂しさと言うか、哀しみと言うか……、なんとも言えない色が混ざっている様に見えた。
「フェザーお兄様……?」
「あっ、あぁ、ごめん!なんでもない。で、話を元に戻すけど……」
「あっ、は、はい。」
そのひどく辛そうなのに、いつも通りに装った表情が気になったけど……、そこに触れる前に話を戻される。
まだちょっと引っ掛かってはいたけど、ここは『触れないでくれ』ってことかなと思い、素直に直された話の軌道に乗っかった。
「実は……、本人が近くに居ないからバラしちゃうけど、うちもまだそんな兄離れして無いんだよね。」
「まぁ、そうなんですか!?」
その予想外の言葉に驚いて、少し離れた位置で望遠鏡を覗きながら賑わっているフライ、ライト、クォーツの方へと視線を移した。ちなみに、ルビーはもう遅いので眠たいと言うから先に部屋に戻ったらしい。
そしてフライはと言えば、望遠鏡を占領して騒いでいるライトとクォーツに星座板片手に色々と説明をしてるみたいだ。
あの姿だけ見てると、すごく大人びてるように見えるけど……
「なんか……すごく意外です。」
率直な感想を言えば、フェザー皇子が自身の口元に指を当てて『内緒だよ』と笑った。
もう、流星群が流れきってから大分経つので、この空中庭園に残っているのは私達だけだ。だから、もちろんこの話が人に聞かれている心配はない。
…し、もちろん内緒にしますとも。こんなこと人に話したら……
「あぁ、考えただけで恐ろしい……。」
「何が恐ろしいのかな?」
「きゃっ!?」
夜風の冷たさと、昼間に向けられたフライのこの夜空よりも暗い笑みを思い出してブルッと震えたら、そのタイミングで真後ろから声をかけられ跳ね上がる。
だから、どうしていつもいつもこう絶妙のタイミングで来るかな!!貴方ついさっきまでライト達と向こうに居たじゃない!
なんだ、その羨ましいほどサラサラな髪の中には『自分の噂話レーダー』でも隠れてるのか!!
フェザー皇子も苦笑いしてないで何か言ってください。貴方の弟君ですよ!!
「ライト達が二人で盛り上がってしまったし、喉が渇いたからこっちに来たんだけど……迷惑だったかな?」
「あ、そうなんだ……?じゃあ、紅茶でいいかな?」
なんだ、喉渇いただけか。変に勘ぐってごめんよ。
フライが座れるように席を移動して奥に詰めつつ、ポットを使い温めたカップに紅茶を注ぐ。よかった、まだ冷めてないみたい。
「はい、フライはお砂糖とか入れないよね?」
「よく知ってるね……。ありがとう、いただきます。」
だって、フライはいつもランチの時でもお茶の時でも、紅茶に何も入れてないもの。
お茶してるときには、初めの内はお砂糖とか添えて出してたけど……フライの砂糖は毎回結局ライトが貰って使ってたもんね。
しかもその度にフライがライトを子供扱いするもんだから、口喧嘩になってたっけ……。
そんなことを思い返しながら。斜め向かい(テーブルが円形だから)に座る形になったフェザー皇子とフライの姿を眺める。
フライもフェザー皇子も、一つ一つの仕草が流れるようと言うか、洗礼されてると言うか……。つい見とれてしまいそうな感じだ。
「……?フローラちゃん、どうかした?」
「あ、ごめんなさい。ただ、お二人とも仕草が綺麗だなと思っただけなんです。動きも似てますし。」
「まぁ、僕の礼儀作法なんかは兄様から習ってるからね。似てて当然なんじゃない?」
ーー……なるほど。確かにそうかも。
うーん、さっきのフェザー皇子の言葉といい、今の仕草の件といい……やっぱりこの二人も仲良いよね。良いなぁ……。
「で?」
「はい?」
なんだかクリスに会いたくなってきた所で、フライがソーサーにカップを戻しながらそう言った。
な、何?急に。
「『はい?』じゃないよ。結局兄様と何を話してたの?」
あっ、そのことか!うぅ、てっきりもう流されたものだと思ってたのに……!
「……さてと、じゃあ僕は二人に星座と神話について講義でもしてこようかな。」
あぁっ、待ってくださいフェザーお兄様!置いていかないで!!って言うか逃げるな!!!
「フローラ……知ってる?生き物は元来、視線からある程度の事を読み取れるんだ。」
そそくさと逃げ出したフェザー皇子を内心で呼び止めながらも、フライにそんなことを言われて俯いた。
なるほど、じゃあ読まれたくないときは視線を合わせちゃいけないのね……!
「だから、人間は知られたくないこと、やましいことがある時は決して相手の目を見ないそうだよ。」
「ーっ!!」
嵌められた!
いましがた口に含んだ紅茶が気管に入りかけたけど、なんとか噎せはせずにフライの方に向き直る。
「さて……君はなんでさっき僕から視線を逸らしたのかな?」
にこやかに言いながらその切れ長の瞳を細めて笑う彼の姿は、まるで獲物を見つけた猫か何かのようでした。
わ、私は魚じゃないよーーっっ!!
~Ep.62 “きょうだい”について~
『今こそ、流れ星に助けて欲しいよ……!!』




