Ep.59 星降る夜に・後編
「お昼って言うか、夕方はバタバタしててちゃんと話せなかったから丁度良かったけど……。ライトは結局何してたの?こんな夜更けに、魔力で動物なんか出して。」
「んー?あぁ、あれは……何でも良いだろ別に。」
『もう遅いから寝ようぜ』と立ち上がろうとしたライトの上着を引っ張って、『ちょっと待った!』と引き留める。
「なんで逃げるの?」
「お前こそ、何で引き留めるんだよ!」
「ライトが逃げるからじゃない!何か聞かれて不都合なことがあるわけ?」
振りほどかれないようにしっかりとその腕を引っ張る私の手に、ライトの寝間着(?)のなめらかな手触りが伝わってくる。
おぉ、すっごいツルツルだ……!シルクかな…なんて考えてる場合じゃなくて!
「私はちゃんと話したんだからね。ライトだってこっちの聞いたことに答えてくれなきゃ不公平よ。」
「ーー……っ!」
引き留める力はそのままに、口調を落ち着かせてそう言えば、ライトの整った顔がバツが悪そうに歪んで。私を振り払おうと強ばっていた彼の腕から、すっと力が抜けた。
「はぁ……、わかったよ。」
わざとらしいほど盛大にため息をついて、ライトがもう一度ベンチに座り直す。私は立ったままだったので、自然と座った彼と向き合うような立ち位置になった。
ライトはと言うと、まだ不満げな様子を見せつつも、その手のひらを広げてそこに炎を揺らめかせている。
「まぁ、別に何してたわけじゃないんだが……。」
そう呟いた彼が指を鳴らすと、揺らめいていた炎がパッと散り散りになって、一部は小鳥に、また別の一部はさっき見たようなうさぎに、更に別の一部は、可愛らしい猫の姿になった。しかも、形になっただけじゃなく、それぞれ“その動物らしい”仕草をしている。
「可愛い!これ……、撫でたら火傷する?」
「するに決まってるだろが、手延ばすなよ。」
「そっか……、残念。」
その体が炎で出来てるのに、目の前で毛繕いをしてる猫や、駆け回ってるうさぎたちはとっても可愛い。まるで本物みたいだわ。
「この際火傷しても良いから触りたい……!」
「おいっ、危ないから止めろよ!?」
「わ、わかってるよー。で、この動物ちゃん達がなんなの?って言うか、どうやったらこんなことが出来るの!?」
「お前ホント動物好きだな……。今日はたまたま動物だっただけで、時間ある日はたまに暇潰しに魔力のコントロール力磨いてんだよ。」
「……?要は、自主練習ってこと?」
「……たんなる暇潰しだ。」
あくまで“暇潰し”を強調しながら、ライトは更に炎の動物を増やしていく。
小さいものは仔犬やリス、大きなものは羊や馬まで。
夜の闇の中で淡いオレンジ色に輝く動物達の姿は、なんだかとても幻想的で綺麗で……思わず感嘆のため息が漏れる。
「はぁ……、それにしてもすごいね!練習を重ねれば、こんなことも出来るようになるんだ……!」
「だから練習じゃないって……。ま、まぁ、この年で一度にこれだけの数を操れるのは俺と……、フライやクォーツ位なもんだろうな。」
「そうなんだ!……?」
はしゃぐ私を見ながら一瞬自慢げな笑みを浮かべたライトの語気が、親友達の名前を出すなり勢いを落とす。
そのらしくない姿に首を傾げる間に、動物たちは闇に溶けていくように姿を消してしまった。術者が魔力を解いたらしい。
「あー…、消えちゃった……。」
「もう十分だろ?お前、このこと誰かに話したら怒るからな!」
『いっそ絶交だからな!!』と言われ、頷きながらも何をそんなに隠すことがあるんだろうと疑問を覚える。
「『話すな』って言うなら話さないけど……、別に誰かに知られて困るようなことじゃ……。」
「俺は困るんだ。一人で夜な夜な練習なんて……格好つかないだろうが。」
「……なんで?」
眉間にシワを寄せて苦々しく呟いたライトにそう返せば、ライトは『なんでって、努力しなきゃ出来ない奴って駄目な奴みたいで……。』と俯く。
何をどうして、そんな風に思ってるのか、わからないけど……。
「何がカッコ悪いの?」
「いや、だから……」
「……努力する人の何が駄目なの。」
ベンチに腰かけているライトの正面にしゃがみこみ、下から彼の目をじっと見つめる。(※ライトが俯いてて、下からじゃないと目が合わないから。)
ライトはと言うと、目を逸らさないものの、私の言葉に何も答えないまま。……でも、逸らされないのを良いことに、勝手に話し続ける。
「私、一年生からずっとガーデン係でお花とか育ててるんだけど……、寒さとか水不足とかにならないように、快適に快適に育ったお花って、綺麗だけどちょっと弱いんだよね。」
「……何の話だ?」
「逆に、ちょっと寒さや風に当てられちゃったお花は、根が深く張ってて強くて…、とっても綺麗なんだよね。」
ライトは『いや、聞いたことに答えろよ……』と言いつつ首を傾げつつも、ちゃんと私の言葉を聞いてくれている。
「それって、私達の力じゃなくて…お花自身が『負けるもんか』って、頑張ったからなんじゃないかと思うんだ。」
「ーー……。」
「人間だって、同じだと思わない?練習も勉強もせずに、何でも上手くをこなせるような人…確かにすごいとは思うよ。でも……、そういう人の力って、なんか脆い感じがしない?」
「……まぁ、なんか、挫折したらポッキリ行きそうな気はしないでもないけど……。」
片手で頬を掻きながらそう呟いたライトに、『そうでしょ?』と微笑む。
「努力は時にその人の風であり、雨であり、寒さであり、肥料なんだよ。だから私は……、頑張れる人の方が素敵だと思うな。」
「……ははっ、なんだそりゃ……。ホントに、お前訳わかんねー……。」
「え!?ここで笑うの!!?」
こちらとしては至って真面目に話したつもりなのに、突然お腹を抱えて笑いだしたライトに今度は私が唖然とする番だ。
とりあえず、どうしたら良いかわからずただ彼の顔を見上げていると……、視界の端に、一筋の白い光が流れた。
「あっ、流れ星!」
「え……?あぁ、α流星群だろ?この時期、フェニックスから順に、アースランド、スプリングと回ってミストラルの上空から見えるようになる移動性の流星群だ。」
「そんなのあるんだ、知らなかった!流星群なんて初めて見るなぁ……!」
ライトの言う通り、立ち上がって空を見上げた私の目に、降り注ぐように流れ出す流星達が飛び込んでくる。
「すごいね!流れ星ってこんな綺麗に見えるんだ!!」
「そんなはしゃぐようなことか?てか、お前大人びてんのかガキなのかわかんねーな……。」
「ねぇねぇ、願い事って一つの流れ星が消えるまでに三回言えなきゃ駄目なのかな?」
「聞けよ!!!」
「え?あ、ごめん!何か言ってた……?」
いやぁ、現世と前世と合わせても人生初の流れ星にはしゃいじゃって聞いてなかったよ。ごめん!
ライトはそんな私を見て小さくため息をつき、『まぁいいや』と視線を空に移した。
「ま、願いたいだけ願えよ。来週にはフェザー兄の誕生パーティーの夜には天体観測でまたこの流星群見るけどな。」
「うん!ライトも何か願えば?」
「俺はいい。星頼みより自分の力信じた方が早いだろ。それに……、多分これ見てたら小さな願いなんか気にならなくなると思うぜ。」
子供なのに夢の無いこと言ってるなぁ……。いいんだよ、こう言うのは気分の問題なんだから。
そんな風に思いつつも改めて流星群に意識を移すと、確かにライトの言う通り願い事すら浮かばなくなるくらいに、白く輝く星達が延々と降り注いできている。
私達は、ただそれをずっと眺めていた。
~Ep.59 星降る夜に・後編~
『……ありがとな。』
『ん?ライト、なんか言った?』
『いーや、何も。てか結局お前何も願ってねーじゃんかよ……。』




