Ep. 57 星降る夜に・前編
『それにしたって、夜中ってだけでこんなに気まずいものなの……!?』
「なんっっって危ない真似をしたんですか!!」
「ごっ、ごめんなさい!!」
結局、濡れて重たくなったドレスを纏ったままブランに連れられ大急ぎで会場に戻った私は、待ち構えていたルビーや王子達に即行で保護された。鐘は丁度三回目が鳴り終わる所だったからギリギリ間に合いはしたんだけど、いかんせん頭のてっぺんから爪先に至るまでびっしょびしょだったのでそのままお父様達の元へ戻るわけにもいかなくて。結局、ライトが前に自分にしていたみたいに私の髪や服を魔法で乾かしてくれてから家の馬車へと戻ってみれば……。
「全く、私達が最初に気付いたからなんとか誤魔化せたものの、一歩間違えば本当に大問題になっていたんですからね!」
「はい、ごめんなさい。ありがとう、ハイネ……。」
私の不在に気づいていたらしいハイネに捕まり、ただいまお説教中…と、言う訳。
ちなみに、ライト達の方もそれぞれ側近の執事さんやメイドさんが異変に気づいていたそうで、会場の方で上手くサポートしてくれていたんだそうな。
その後、ハイネのお説教の内容から、私達が会場を抜け出していたことを誤魔化すためにした作り話の成り行きで、今日は四ヵ国全ての国王様、王妃様及び王子や姫まで皆、フェニックスの王城に泊まることになったことや、恐らく皆今頃私と同じようにお説教を喰らっているであろうことなどを知りつつ、私が解放されたのは会場に戻ってから凡そ一時間後のことでした。
晩餐会の時間とかがあるから一時間で済んだけど、これ時間あるときだったら軽く三時間はいってただろうなぁ……。
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「……眠れない。」
「どしたのフローラ、いつもはベッドに飛び込むなり三秒で寝入ってるのに。」
「いや、流石にそれは大袈裟だから!」
ブランにそう言い返しつつ、いつもの私のそれより大分大きなベッドの上で起き上がる。
一応曲がりなりにも私も王族なので、割り振られた客間はずいぶんと大きい。と言うか、正直ミストラル城の私の自室より大きい。まぁそもそもお城…って言うか国の大きさからして違うんだけどね。
「はぁ……、それにしたってこのベッドはちょっと大きすぎだよー。多分余裕でキングサイズ以上だよこれ。」
「ボクに言われたって人間のベッドのサイズなんかわかんないけど、まあこれひとつにフローラが五人は寝れそうな位に大きいってことはわかるよ。」
ブランにもお墨付きをもらったところで、その広すぎるベッドの上から下りる。
大きいベッドだから高さもなかなかで、普通に下りようとしたら滑って落下して背中を打ってしまった。……よかった、下がふかふかの絨毯で。
「大丈夫?」
「うん、平気。ありがとうブラン。」
ブランのピンク色の肉球がまぶしい可愛い手(と言うか前足?)に引かれて体を起こすと、丁度真正面には美しい窓枠に囲われた窓ガラス越しに写る夜空があって。
そこから薄暗い部屋に射し込む月明かりに誘われるように、私はバルコニーへと移動した。
「今日、満月だったんだ……。明るい訳だ。」
「フローラー、こんな遅くに外出てたら体冷やすよー。」
赤と白のバラの花に彩られたそこに立って暗闇に栄えるその輝きを自分の瞳に写していれば、『人間には自前の毛皮も無いんだから』と言いながらブランが私のカーディガンを持ってきてくれる。
そう言われてみれば確かにちょっと肌寒い気がして、淡い桜色にパールのような留め具の付いたそれに素直に袖を通した。
「それ、最近のお気に入りなんでしょ?」
「うん、クリスがこの間私にくれたの。次学園に戻るときに持っていくのにって、お母様と選んだみたい。」
「そうなんだ、良かったね。…ふぁ~、今日は色々あって疲れたし、ボクは先に寝るからね。君も早く寝なよー……。」
「はーい、おやすみなさい。」
会話を切り上げると、ブランはそそくさとベッド脇に置かれた小さな籠に敷かれた毛布の中へ潜り込んで寝息を立て始めた。
今日はほぼ一日中動きっぱなしだったもんね……、お疲れさま。ありがとうね、ブラン。
心の中でそう呟いて、もう一度部屋の外へと視線を移すと……
「……!?あれって……!」
丁度バルコニーからまっすぐ視線を伸ばした先に、淡く揺らめくオレンジ色の光が見えた。
「まさか火事じゃ……、大変!」
とにかく確かめに行かなきゃ!
そう思い客間を飛び出し、目的の場所へと走り出す。……が、まずこの建物から出るだけでも息が上がってしまった。
もーっ、こんな時だけはお城のこの異様な広さが辛いよ!!
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「確かこの辺りだったはず……。」
何とか目的地に辿り着いてみれば、そこは中庭にある大きな噴水の前だった。
止めどなく流れ続ける水が、降り注ぐ月明かりを吸い込んでキラキラと光を放っていてとても綺麗だ。綺麗だけど……。
「この光はオレンジって言うより白だし、炎なんか無いや……。……見間違いだったのかな。いやでも、万が一ってことも……って、あっ!!」
部屋に戻ろうか悩んでいたその時、さっきまで白しか写っていなかったそこに確かに一瞬、オレンジ色が射し込んだ。
ウサギのような形をしたそれは、くるりと身を翻して来た方向へと引き返してしまう。
「まっ、待って!」
突然の出来事に、思わずその炎のウサギを追いかける。
気分はさながら、白リボンに水色ワンピの某童話の主人公だ。まさか、追いかけた先に『eat me』と書かれたクッキーや小瓶があったりはしないよね?
「……見つけた!」
途中でたまに見失いかけつつも、何とかウサギの行き先まで追い付く。
すると、そこにはもちろん小さな扉や不思議なクッキーやジュースの小瓶は無くて、その代わりに……
「ライト……?」
月明かりによく似た色の髪をした彼が、ベンチに腰掛けながら巧みに炎を操っている姿があった。
彼の掌から生み出されるそのオレンジ色の炎は見る間に小鳥や猫、犬、そしてウサギへと姿を変え、主の周りを動き回る。
その炎の色が映り込むと、ライトのその見慣れた髪色も昼間とは違った色を見せて。
綺麗だなぁなんてぼんやりと思いながら、一歩その場から先へと進んだ。
「……っ、誰だ!!」
「きゃっ!らっ、ライト!待って!!」
「フローラ!?」
と、その時私が踏んだ小枝が僅かに音を出して、それに気付いたライトが炎ウサギをこっちにも飛ばしてきた。咄嗟に飛び退きながら名乗れば、ウサギが私に体当たりする直前でようやく目があって。術者から敵意が消えたことと、驚きで集中力が切れたことからウサギのその体は夜の闇に溶けて消えた。
「びっ、びっくりしたぁ……。」
そのことに安心して思わずその場にへたり込めば、『それはこっちのセリフだ』と怒りつつもライトが手を差し出してくれる。
「あ、ありがとう。」
「あぁ。……って、俺が驚かせた上で立ち上がらせて感謝されるってのもおかしな話だな。で、何してんだこんな夜中に。」
「寝付けないからバルコニーで外の空気に当たってたら、この辺りに炎みたいなものが見えたの。だから、火事じゃないかと心配になって様子を見にきたんだけど……。」
「なるほどな。まぁ……、とりあえず座れよ。」
私の答えに納得したのか、それ以上は詮索されずにベンチに座るよう勧められた。
用は済んだけどこのまま部屋に戻るのも何なので、お言葉に甘えてハンカチが敷かれたそこへと腰を下ろす。って言うか、ベンチにハンカチ敷いてから着席を勧めるって、然り気無い気遣いがすごいなぁ……。
「ーー……。」
「ーーー……。」
……さて、勧められるがままに腰掛けたものの話題がありません。
ど、どうしよう……!
~Ep.57 星降る夜に・前編~
『それにしたって、夜中ってだけでこんなに気まずいものなの……!?』




