Ep.55 噛み合わない陰謀
一方その頃フローラは……、仔猿のようにせっせと樽をよじ登っていた。
「んっ……、ごほっ……!」
ホコリっぽい空気が喉に絡んで咳き込みながら、節々が痛む身体を起こした。
「えっと……、ここは……?」
辺りを見回せば、周りには大小様々な木の樽や箱が所狭しと並べられている。まるで、貨物倉庫みたいな……って!
「間違いなく倉庫だここ‼……ごほっ、ごほごほ……っ!」
まだぼんやりしていた頭が一気に覚醒して跳ね起きると、その衝撃でホコリが舞って更に咳き込んだ。
なかなか落ち着かない咳をしながら記憶を辿ると、さっき耳にした馬の嘶きや人々の悲鳴が蘇ってくる。
そうだ、港近くで馬の暴走があって、街の人達が咄嗟に私をここに逃げ込ませてくれたんだった……。
「今何時だろ、まだ鐘は鳴ってないみたいだけど……。」
さっき飛び込んだその扉に近づいてみると、暴れ馬がぶつかったのか大きく真ん中辺りが凹んで開かなくなっていた。
これじゃあ、中から出るのは無理かなぁ……。
「すみませーんっ!誰か居ませんかーっ!?」
誰も居ない倉庫に、伸ばした『かーっ』の部分が響いて消えていく。
飛び込んだ直後の衝撃で気を失ってからどれくらい経ったかはわからないけど、外にはもう人気が無いみたいだ。騒ぎの後始末だ何だで、皆この場を離れちゃったのかな……。
「どうしよう……、ブラン怒ってるだろうなぁ。」
元々港に来る貨物は大きいものが多数だし、そう言う荷物を置く場所だからこの倉庫自体も屋根がすごく高い。
そして、その高い屋根に近い位置にある小窓からは、鮮やかな茜色の空が見えた。
……うん、明らかに夕方ですね!
と、そんな静かな空間にぐきゅる~と何とも間抜けな音が響く。
「……私の腹時計も正確だなぁ。」
何だろう、誰も聞いてないはずだけど無性に顔がとっても熱いわ……!
い、いやでもほら、王族って民の見本になるべき立場らしいから毎日の食事とかの時刻がきっちり決まってるし!だから今のだって私が食いしん坊な訳じゃなく単なる生活習慣のせいだよね!!
「さて、一人ツッコミも終わった所で……。」
とてもじゃないけど誰かが見つけてくれるのを待ってる時間なんてない。と、いう事で……。
「ちょと高いけど、幸い足場はあることだし、登りますか!」
丁度あの天窓のすぐ下までたくさんの樽が並べられてるから、多分登るのはそんなに難しくないだろうし。
行事終了の鐘が鳴るまでに、なんとか会場に帰らないとね!
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時は少々遡り、暴れ馬が街を護る衛兵によって静められた直後のまだ興奮状態の港。そこでは、一番古びた倉庫と、麻酔銃で眠らされた馬を見ながら妖しい笑みを浮かべる少女がいた。
少女は、つい先程金髪の少女が駆け込んだ倉庫の歪んだ扉が開かないことを確認すると、その側に居た二人の若い男に目配せをする。
その少女とは思えぬ視線を受けた男達は、静かに頷くと騒ぎを聞き付けた野次馬たちに混ざるようにして姿を消していった。
「はぁ……、またマリン様のワガママかよ。いい加減嫌になるよな、あんな幼い女の子ばっかり、マリン様が気に入らないからって理由だけで監禁したり痛め付けたりよ。」
「旦那様の見初めた女の娘なんだ、従うしか無いさ。それにしても、今日の子は初めてみる顔だったな…。」
そんな会話をしながら男達がその場を離れた後、マリンもまたその場を後にし、そして人気の無い裏通りまで来ると、深く被っていたフードを脱いだ。
それにより、中に隠されていた美しい水色の髪が勢いよく靡く。
「足がつかないよう鍵こそ掛けられなかったけど、あの場所なら普段から三日に一度くらいのペースでしか使われないし…あんな騒ぎがあった直後じゃ尚更次にあの場所を誰かが訪れるのは何時になるかわからないわよね。」
『薬で馬をパニックにさせた甲斐があったわ。』と笑うと、少女は懐に忍ばせていた小瓶の中の液体を排水溝へと流し捨てる。
そして、まるで罪悪感を滲ませない様子のまま、誰の目にも止まらないままその場から姿を消すのだった。
「あのガキ、きっと今頃閉じ込められて泣いてるでしょうね。ふふ…、これで懲りて、王子達にも近づかなくなるでしょ。フローラ姫、なんだか“アイツ”と似ててムカつくし……、精々怯えるといいわ。」
~Ep.55 噛み合わない陰謀~
一方その頃フローラは……、仔猿のようにせっせと樽をよじ登っていた。




