Ep. 54 姫と王子と飼い猫と(ルビーside )
『でも……、この胸騒ぎはなんなのでしょうか。』
フローラお姉様が、変な水色髪の少女から逃げる為会場から飛び出して行ってしまったお兄様達を探しに行ってからもう大分時が過ぎた。丁度頭の真上にあった筈の太陽はすっかり傾いて、熟れたリンゴの様な赤色に染まっている。
「展覧会終了の鐘が鳴るまであと一時間も無い……。ルビーちゃん、フローラちゃんは本当にフライ達を探しに行ったんだね?」
「はい、お昼過ぎに出て行かれたまま、お帰りになられていません。行事終了の鐘の件は、お伝えしてあるのですが……。」
お姉様を見送り、時間稼ぎの為護衛の騎士達と会場を見て回っていた私を、数時間前にフライお兄様の実の兄君であるフェザー様に偶然お会いして。フェザー様はまだお若いながらも周りから一目置かれるお方なので、彼と一緒に回ると言うと護衛達も納得してくた。流石です、フェザーお兄様。
そして私は現在、そんなフェザーお兄様と二人で会場の門の近くで皆様の帰りをお待ちしている。
「こちらに戻る馬車はあと残り三本のみ。時間的にも僕らが誤魔化すのも既に限界に近い、次の便では帰ってきてくれないとまずいな……。」
「そうですね……。あっ、フェザーお兄様っ、馬車が来ました!」
難しい顔をしたフェザーお兄様が、私の言葉に反応してたった今会場に入ってきたその馬車に視線を移す。
そして、いつも私達が利用するよりは大分質素なその馬車はゆっくりと停車し、丁度私達の目の前に来てその扉を開いた。
「お兄様……!」
「ルビー!!」
「なんだルビー、出迎えか?お前は相変わらずクォーツにべったりだな。」
「ライト…、君の頭じゃわからないのかも知れないから言うけど、普通今回みたいな状況なら探しに来るなり迎えが来て当然だからね。」
開かれたその小さな扉から、大好きなお兄様、そしてお兄様の親友であらせられるライトお兄様とフライお兄様が現れたことで、私はようやく安堵の息を吐く。
でも、嫌味に怒ったライトお兄様を軽く受け流しながらフェザーお兄様に『ご迷惑をお掛けしました。』と頭を下げているフライお兄様の後ろで馬車が去っていく姿を見て、この場に足りない方が居ることに気づいた。
「あっ、あの、お兄様方……、フローラお姉様とお会いしませんでしたか!?」
「「「フローラ?」」」
「……見事に声が重なったね、君達。で、その様子だと…やっぱり会ってない?」
苦笑いを浮かべつつそう問い掛けたフェザーお兄様の言葉に、フライお兄様が『会ってないです』と僅かに眉を寄せる。そんなお二人を見ながら、ライトお兄様が『アイツに何かあったのか?』と疑問を口にした。
と、フェザーお兄様から視線を移したフライお兄様がそんなライトお兄様に向き直り、深くため息を溢す。
「はぁ………、事情を知ってるなら、彼女が僕たちを探すために街に出たことくらい予想がつくでしょ?」
『本当に、浅はかなんだから。』と続けられた言葉にまたライトお兄様がお怒りになられるのではと焦ったけど、予想に反してライトお兄様は小さく舌打ちをするに止まった。
なんとも珍しいなぁと思っていると、お兄様がこっそりと『今日はほぼ一日中ケンカしてたから疲れたんだと思うよ』と教えてくれる。そんなお兄様自身も、会場を出る前よりやつれて居るような気がした。今日は散々ですね、お兄様……。
「……で、アイツはまだ帰ってきてないんだな?」
「はっはい!」
「フローラは会場の閉まる時間は知ってるの?」
「ルビーちゃんが話してから行かせたらしいよ。多分、鐘が鳴るギリギリまで君達を探すつもりでいるんだろうね。何とか、皆が帰ってきたことをあの子に知らせないと……。」
「もう鐘が鳴るまで30分も無いからな。じゃあ、誰かがもう一度抜け出して探しに行くか?」
「いや、それは難しいと思うよ。時間も無いし、何より探しに行こうにも、彼女の正確な居場所がわからない限り結局入れ違ってしまうんじゃないかな。」
フライお兄様の冷静なその言葉に『じゃあどうすんだよ!』とライトお兄様が声を荒げる。
どうしましょう……、こんなことなら、お姉様に無理なお願いをしなきゃよかったわ……。
「まぁまぁ、二人とも落ち着きなよ。そんなに焦らなくても、フローラならちゃんと自分で方法を探してるはずだって。」
「いやぁ、アイツなかなかボケた奴だから安心は出来ねーと思うぞ!?」
「まぁ、それに関しては否定はしないけどさ。ところで……、さっきから僕達を見ている君は何なのかな?」
「にゃっ!?」
「ブランちゃん!!」
話の途中で顔を上げて頭上を指したフライお兄様の指先を見れば、なんとそこにはフローラお姉様の使い魔のブランちゃんが
!
「ルビーーっ!」
「きゃっ!」
「はぁっ!?ちょっ、何なのこの猫!!」
と、私に気づいたブランちゃんが勢いよく私に抱きついて来る。でも、それを見てすぐに駆け寄って来たお兄様がブランちゃんの首もとをつかんで引き剥がす。
そんなお兄様のヤキモチに口元が緩みつつ、流石にその掴まれ方はブランちゃんが可哀想だと思ってその子を解放してほしいと口を開いた。
「お兄様、その子はフローラお姉様の使い魔さんです。離してあげてくださいな。」
「ルビーがそう言うなら離すけど……。でも、抱き締めるのは駄目だからね!」
「クォーツ、うるさい。で、君はフローラの使い魔なの?」
「うん、ブランだよ!」
「アイツ、この年で使い魔持ちかよ。地味にやるな……。」
私は知っていたけど、はじめてブランちゃんの存在を知ったであろうお兄様方は驚いた顔でブランちゃんを囲んで口々に感想を言っている。
「まぁ、今は細かいところは置いておこう。改めてブラン君、君は今一人かい?」
「うん、一人だよ!フローラに頼まれて、皆が無事会場に帰ったかを確かめに来たんだ。」
「……“一匹”じゃなくて?」
「……クォーツ、そこは言葉のあやだ。」
ゴタゴタした流れを打ち切るようにフェザーお兄様がブランちゃんと話し、そんなブランちゃんをお兄様がこっそりと罵る。
あぁ、久方ぶりにお兄様の愛を感じます……!じゃなくて!!
「ブランちゃん、貴方確かフローラお姉様と一緒に会場を出ましたよね。では、お姉様は今どうされて居るのですか?」
「まだ街で王子様達を探してるよ。」
「おいおい……。じゃあ、早く迎えに行かないとマズイんじゃないか?」
ライトお兄様が、ブランちゃんの小さなお耳をそっと指でなぞりながらそう呟く。
撫でられているブランちゃんはちょとくすぐったそうにしつつも、『待ち合わせ場所は決めてあるから大丈夫』だと元気よく胸を張った。ふかふかのお腹が眩しいですわ。
「じゃあ、皆の無事も確認出来たことだし、僕はフローラを迎えに行ってくるね!」
「一人……いや、一匹で大丈夫か?なんならうちから遣いを出すぞ。」
「ありがとう!でも大丈夫、フローラ一人なら僕が持って飛べるし。じゃあ、行ってきまーす!!」
ライトお兄様の提案を笑顔で断って、ブランちゃんは背中の翼を使いあっという間に飛んでいってしまった。
行事終了まであと20分……。地上経由なら大変でしょうが、空からなら充分間に合うだけの時間はある。
これで、お姉様もすぐ帰ってくるはずだと、私たちは茜色に染まる街を見下ろした……。
~Ep.54 姫と王子と飼い猫と(ルビーside)~
『でも……、この胸騒ぎはなんなのでしょうか。』




