Ep.50 思わぬ対面・前編
『でも、この人誰かに似てるような…?』
「皆が居なくなった!?」
「そうなんだ……、それで慌てて探していたら…」
「私と遭遇した、と。」
私のその言葉に、フェザー皇子がガックリと肩を落とす。その表情から察するに、あの三人が居なくなるのはこれが初めてじゃ無いんだろうなぁ……。
「フライもライトもクォーツも、こう言うときにいつの間にか居なくなることは度々なんだけどね。」
「そ、そうなんですか……。」
苦笑いを浮かべてため息混じりに呟かれた言葉に、ふとある疑問が浮かぶ。
「あの……、居なくなるのが度々なら、待っていれば皆その内帰ってくるのでは?」
「それはそうなんだけど、いつもは誰か一人が居なくなって、その一人を探しに行って残りの二人まで居なくなるって流れなんだよね。でも今日は、ちょっと目を離した隙に三人一緒に居なくなっちゃって。」
「なるほど、それは確かに妙ですわね……。」
詳しく聞いてみると、確かにおかしな話だ。皆してどこに行っちゃったんだろ?
「じゃあ、早く見つけないと騒ぎになっちゃうから僕は行くね。フローラちゃんも、悪いけど見かけたら連絡して!」
『もしくは捕まえといて!』と叫びながら、フェザー皇子は駆け足で去っていった。大変だなぁ、お兄ちゃん……。
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さて、これからどうしよう……。
さっきの話を聞いてしまって、探しに行かないわけにはいかないよね。ずっと一緒に居ると忘れがちだけど、ライト達の身分は“王族”であり、国の最高ランク。急に居なくなったなんて、もしかしたら何かあったのかも知れないし……。
「あっ……、フローラお姉様!!」
「ルビー……っ様!いらしてたんですね。」
とりあえず私もぐるっと会場を回って探してみようか、なんて思って歩き回っていたら、ドレス姿のルビーと遭遇した。
いつも通りに呼び捨てしそうになってから、周りが人だらけなのに気づいて慌てて敬語に直す。
今……、私に人前で接してるときのレインの気持ちがわかった気がする。なんて話はおいといて。
「ルビー様、丁度良かったですわ。少しお話が…」
「お話があるんです!ちょっとこちらへ!!」
「え!?」
何はともあれクォーツの妹のルビーなら何か知ってるかもと、話をするためにこの場を一緒に離れたいと言おうとしたんだけど……。こちらが言い切る前に、焦った様子のルビーに言葉を遮られ、人気のない通路まで引っ張られてしまった。
「る、ルビー、どうし…きゃっ!」
「フローラお姉様、大変なんです!」
そして、結局さっきフェザー皇子と話していた辺りまで移動してくると、ルビーがいきなり飛び付いてきてそう叫ぶ。この様子だと、ルビーもやっぱり何か知ってるみたいね……。
「ルビー、一旦落ち着いて。何があったか聞かせてくれる?」
なだめるようにその小さな背中をさすりながらそう言えば、強ばっていた体から少し力が抜けて。
私から数歩離れると、ルビーは静かに『お兄様が居なくなってしまったんです』と言った。
「やはりそうでしたか。」
「お姉様、ご存知だったのですか!?」
驚くルビーに『先程フェザー様から聞いたの』と答えると、納得したように頷かれた。フェザー皇子の立場って……。いや、今はそれどころじゃないか。
「それで、一体何があったの?」
「それが……、私とお兄様が会場に着いてすぐに、ライトお兄様とフライお兄様が見知らぬお嬢さんに付きまとわれている所を見かけまして。」
「うん、それで?」
「立場上、まだ幼いとは言っても女性に強くは出られないため、お二人とも困っている様子でした。なので、お兄様がご挨拶の名目でお二人をその場から連れ出そうとしたのですが……」
そこまで言って、ルビーが一度言葉を切った。その目には、まだまだ幼い少女の物とは思えない鋭い光が宿っている。
ルビーったら、可愛い顔がもったいないよ。
「る、ルビー……?大丈夫?」
「あら、失礼いたしました。思い出したら少々頭に来てしまいまして。」
「う、ううん、大丈夫よ。で、結局そのあとどうなったの?」
「私はその場で待っているように言われたので、お兄様がお二人に声をかけに行く様子を見守っていたのですが、あの女……!あろうことか、止めに入ってお二人を連れ出そうとしたお兄様の腕に自分の両腕を絡めて引き留めたんです!」
ちょっ、ルビー怖いよ!背中にメラメラと燃えたぎる炎が見えるよ!ルビーは炎の魔力は持ってないはずなのに!!
「身分が高くなるほど“体面”が大切なこの社会で、あろうことか一国の皇子にあんな無礼を働くなんて!!どう思いますか、お姉様!」
「う、うん、まぁ人前でそう言うのは確かにあまり良くはないよね。騒ぎになっちゃうかもしれないから……。」
とは言え、まだ子供なんだしそれくらいのじゃれあい良いんじゃないかと思わないでもないけど……。確かにこれだけ様々な立場の人々が集まる場で目立つようなことをするのは得策じゃない。貴族社会の噂なんて、誰かの悪意で事実とまるで違う内容にされているものがほとんどだと聞くから。
「そのあと、お兄様達は、その子のせいで自分達に集まってしまった視線から逃れようとして会場から出る送迎の馬車に乗り込んだのです。」
「送迎……、あぁ!貴族以外の招待客の為に主催者側から提供されてるって言う時刻制の馬車ね。」
所謂、シャトルバスみたいなものだ。
それにしても、なるほどね。そりゃ、三人一緒に居なくなるわけだ。
ルビーはすぐに皆を追いかけようと思ったけど、その前に護衛に見つかってしまって行けなかったらしい。
その上、今までは体が弱くて他国の正式な行事に行けず、参加するのはこれが初めてであるルビーのことを周りはずいぶんと心配していて、とてもじゃないけど会場を抜け出すなんて無理。今も、何度目かの挑戦でなんとか護衛を撒いて私のところに来たらしい。
「お兄様達が逃げたあと、あの子が後を追っていったので心配で……!お姉様、あの……」
「大丈夫、わかってるわ。私、探しに行ってくるね。」
ひとしきり怒って気持ちが落ち着いたのか、今度は不安げに肩を落としたルビーの頭を撫でる。相変わらず、この子の髪は絹糸のような手触りだ。羨ましい。
……なんてことはさておき、ルビーは私の言葉に一瞬目を見開いてから、『ありがとうございます!』と元気に頭を下げた。
「でも、お一人で大丈夫ですか……?」
「大丈夫よ、一人じゃないから。」
心配げなルビーの問いにそう答えると同時に、ブランがバッグから顔を出して見せる。
「なるほど、使い魔が一緒なら頼もしいですね!」
「そうでしょ?よろしくね、ブラン。」
「任せといて!」
耳をぱたぱたと動かしながら胸を張るブランを撫でてから、ルビーが改めて私に向き直った。
「ではお姉様、お兄様達をよろしくお願いします。ただ、もしも夕方、この宮殿の鐘が三回鳴ったら……すぐに戻ってきてくださいね。」
『例え、お兄様達が見つかっていなくても。』と付け足されて、意図がわからずに首を捻る。そんな私にルビーが補足説明をしてくれた。
「三回鳴る鐘が、イベント終了の知らせなんです。それが鳴ったら十分程度で宮殿や、会場であるこの宮殿前広場は閉鎖されてしまいますから。そうなったときお姉様のお姿がこの場になければ、余計に騒ぎになってしまいますから。」
「なるほど、わかったわ。じゃあ、私行くね!」
説明を聞くと、つまりあまり時間はないと言うことがよくわかった。
なので、すぐにルビーに背を向け駆け足……だと悪目立ちするので、はや歩きでその場を後にする。
立ち去る私の背中に、ルビーの『どうかお気をつけて!』と心配してくれる声が聞こえた。
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ルビーと別れたあと、私は一度自分が乗ってきた馬車に戻ってフードのついたケープを羽織った。ドレスのままじゃちょっと目立つもんね。
そして、ブランにはかごバッグから出てフードの中に移動してもらう。これならこっそりブランが私に話しかけやすいし、それに……。
「フローラ、かばん変えるの?」
「うん、二つじゃちょっと持ち運びにくいし、こっちには軽食が入ってるから。」
と、言うわけで、馬車に置いてあった軽食が入ったピクニックバスケットを持ち、改めてこっそりと町に出た……のは、良いんだけど。
「どう?皆の魔力とか感じる?」
「ううん、全然……。多分、この道は通って無いんじゃないかな。」
ブランの魔力察知能力ならある程度居場所を突き止められるかと思ったんだけど、そう簡単にはいかないかぁ……。でも、これだけ人が居るのにはっきり言い切れるなんてすごいよね。
前々から思ってたけど、使い魔ってなかなかチートだ。……なんて感心してる場合じゃなくて!
「やみくもに探しても無駄かぁ……。」
とりあえず、馬車の停車所からまっすぐ歩いてきちゃったけど……、ルビーの言ってた通りにあの三人が誰かから逃げてたなら、きっとその相手を撒こうとしたはずだ。
その時、皆ならどう行動するだろう?
「ーー……。」
今歩いてきた道をゆっくり戻りながら、あの三人が行きそうな道を考える。
ライトは、何事にも直球であまり凝ったことはしないタイプだ。多分、馬車から降りてすぐに走って逃げようとか考えそうな気がする。
クォーツは、控えめで目立ったりするのを避ける性格だ。きっと、クォーツ一人だったなら人通りの無い道に逃げ込んだだろう。
フライは……、一番頭が切れて抜け目無い。しかも、行動は案外大胆だ。きっとフライは、『木を隠すなら森の中』みたいに敢えて一番人通りの多い道に入って人混みに紛れようとするはず。
そして、三人一緒の時はフライの意見が通りやすいことと、停車所の側からは人通りの少ない道にはいけないことを踏まえると…………。
「多分、反対側の一番人通りが多いマーケット通りに行ったはず!」
「あっ……!」
「ーっ!?」
そう結論付けて走り出してすぐ、すれ違った女性がバランスを崩して倒れてしまった。
嘘、ぶつかっちゃった!?
「ごっ、ごめんなさい!大丈夫ですか!?」
「え、えぇ……。すみません、少し目眩が…………。」
そう言って、駆け寄った私を見上げたその女性は、女優さんみたいな美人だった……。
~Ep.50 思わぬ対面・前編~
『でも、この人誰かに似てるような…?』




