Ep. 48.5 緩やかな変化(ライトside)
『自分では、自分の変化なんかわからないよな。』
久し振りに帰国した我が国は、収穫祭の時期ほどじゃないがえらく賑わっている様子で。
特に、宝石類に目がない貴族の令嬢や奥方、更には裕福である商家なんかの若い娘たちが浮き足立っているのが、街中を馬車で通るだけても手に取るようにわかった。
毎年この時期にうちで行われる宝石展は、実は国家間の財政のバランスを保つのに一役買っていると聞く。
それと言うのも、そもそもそこに出荷される宝石類は我が国で採掘された物ではないからだ。
宝石類と言うのは、地中で原石の状態で眠っているものがほとんど。そして、フェニックス、ミストラル、スプリング、アースランドの四ヵ国の中で、最も宝石類の採掘量が多いのは、鉱山や優れた土地を多く有するアースランドだ。
しかしながら、いくらすぐれた原石を採ろうがそのままじゃただの石ころだ。その為、原石を磨き、光輝く“宝石”に昇華させる必要がある。そして、まぁここまで来れば言わずもがなわかるとは思うが……この国はその原石を“磨き”、“加工する”技術に長けている。
そんなわけで、アースランドからうちが原石を入荷し、最終的には販売の場としてイベントを催していると言うわけだ。
「殿下、宮殿に着きましたのでお降りください。長旅のお疲れを癒すため、本日はゆっくり休むようにとの王妃様からの伝言を承っております。」
「……?なんだ、母上は留守なのか?」
「宝石展が間近に迫っておりますゆえ、お忙しいようでございます。夕食だけは一緒に摂れるよう、陛下も王妃様も今は執務に没頭しておられます。」
「あー、なるほど。わかった。じゃあ、夕食まで休むとするかな。」
馬車から下り立つと、ふわりと鼻を掠める祖国の空気。学園に居る間は何だかんだバタバタしていて感傷的になることはなかったが、久方ぶりに帰ってくると懐かしいもんだな。
「さて、とりあえず部屋行くか……。」
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数ヶ月ぶりに入る自室は、僅かなホコリも見られないほどに綺麗なままだった。うちのメイド達は優秀だ。
そして、シワひとつなく綺麗に張られたベッドのシーツへと体を倒した。
「殿下……、行儀が悪いですよ。」
「良いだろう別に。夕飯まで休んでていいんだろ?」
仰向けに寝そべりながらそう答えれば、付き合いの長い俺の専属執事は『では、せめて制服はお脱ぎください。』とため息混じりに俺の体をベッドから起こさせる。
まだ若い分、ベテランの執事より強引だ。ま、まだ20代だもんなぁ……。俺の専属として選ばれたときなんか、まだ十代だったし。
「殿下、聞いてますか?」
「あぁ、聞いてるよ。着替えるから、部屋着を出してくれ。」
「かしこまりました。お休みになられるならば夜着をご用意いたしますが?」
「流石にそこまで熟睡はしねーよ!!」
こんな時間に熟睡したら夜眠れなくなるだろうが、全く……。こいつの嫌味のセンスには、どこぞの腹黒王子と通じるものを感じるぜ。
それにしても……
「変わるもんだよなぁ……。」
窮屈な制服を脱ぎながら、数日前に交わした腹黒王子とのやり取りがふと頭を過る。
あれは、フェザーの誕生日を俺達だけで祝った翌日のこと……。
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「で、結局何があったんだよ?」
「だから、何も無いってば。しつこいな。」
図書室でフローラと別れたあと、俺とクォーツはフライを自習用の個室に引っ張り込んで問いただした。
昨日まではあんなに壁作って距離開けてたくせに今日になっていきなり呼び捨てだわ、普通に対等に話してるわ……、何もないわけがないだろ!
「嘘つけ!お前、俺らと打ち解けるのにすら半年近くかかったろうが!それがたった一日で、何事もなく変化するわけないだろ!!」
「あーもう、うるさいな……。」
肝心のフライはと言うと、半ば怒鳴り付けるように話す俺から顔を逸らし『あーあー、聞こえないよー。』と両手で耳を覆っている。
無礼な奴だな、人の話くらいちゃんと聞け!!
「ま、まぁまぁ、ライトもフライも落ち着いてよ。いくら防音だからって、そんなに騒いだら外まで聞こえちゃうよ?」
「……まぁ、怒鳴ったのは悪かった。」
「騒いでるのはライトだけじゃないか、僕まで一緒にしないでよ。」
「お前っ……、人が素直に謝ってるのに毒吐くなよ……。」
肩を落とす俺を見てフライは鼻で笑い、クォーツは困ったような笑みを浮かべる。
まぁ、今はその事はいいか。
「それで……」
「それでさ、結局、なんで急にフローラと仲良くしようと思ったの?」
「ーー……。」
今度は怒鳴り散らさずに普通に聞こうと口を開いたところで、クォーツに言葉を遮られる。しかも、聞いた内容も全く同じ。お前、わざとじゃないだろうな……。
「はぁ……。別に特別仲良くしようとか、そう言うことを思った訳じゃないんだけどね。ただ……、…………。」
「『ただ』、なんだよ?」
ようやく話す気になったのかと思いきや、何故か半端な所で言葉を切るフライ。変な切り方するなよ、気になるだろ。
「いや……。なんか……、どうして許可したんだろう。」
「だから、俺らはそれを聞いてるんだ!」
「えっと……、まぁ、学園だとほぼ毎日一緒に居るしね。信頼出来た……とか?」
クォーツのその言葉に、フライが首をひねる。いや、ハッキリしろよ。自分のことだろ?
しかし、そんな思いを込めた俺とクォーツの眼差しにはまるで動じず、珍しくちょっと間抜けな表情をしたフライは『まぁ……、単なる気紛れかな。』と勝手に一人納得していた。
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「だからあれは答えにはなってないだろ!」
「ーっ!?殿下、どうなさいました?」
「あぁ、悪い。何でもないんだ。」
思い出したらイラついて、思わず声を上げてしまった。
その声に反応した執事は怪訝そうな顔をするが、俺が片手を伸ばすとすぐに部屋着を差し出してくる。付き合いが長いだけあり、こちらの意図はちゃんと伝わったようだ。感心感心。
「では、私は一度下がります。ご用がございましたらお申し付けください。」
「あぁ、ありがとう。お前も疲れているだろう、少し休むといい。」
「…………っ!?」
俺が脱いだ制服を片手に出ていこうとした執事にそう答えれば、唖然とした表情になる目の前の男。
「……なんだ、その不躾な視線は。」
「殿下……。」
「だ、だからなんだよ。」
カッと見開かれた瞳に見詰められ思わず数歩後ずさるが、執事もこちらに迫ってきたため距離は変わらず。
そして、更に距離を縮めてきた執事は俺の顔を間近で見据え……
「殿下から感謝のお言葉を頂けるとは、感無量でございます。」
……そう言って、心底嬉しそうに微笑んだ。
「……大袈裟だな、そんな珍しいことでもないだろ。」
「いいえ。殿下にはずいぶんと長くお仕えしておりますが、どんな無理難題をこなした後であっても労いを頂いたことは一度足りとてありませんでした。」
「ーー……。」
……なんだろう、その物言いには腹が立つのに反論は出来ない。と、言うかなんだか背中に冷たい汗が……。
「ですが、学園に入られてから殿下はずいぶんと穏やかになられました。」
「……そうか?自分ではよくわからないな。」
嫌味を言いながら尚温かいままのその眼差しがなんだか居心地が悪くて、逃げるようなベッドに潜り込んで「少し休むからもう下がれ」と言い放った。
執事もそれ以上は言及せずに、西日が差す窓のカーテンを閉めてから、『失礼します』と去っていく。
重厚で無駄に重たいその扉が閉まる直前、『やはり出会いと言うのは人を変えるものですね』なんて呟きが聞こえた気がした……。
~Ep.48.5 緩やかな変化~
『自分では、自分の変化なんかわからないよな。』




