Ep.40 素直なんだか、意地っ張りなんだか
『ちょっとだけ“可愛い”と思っちゃったことは秘密にしとこう。』
翌朝、私は数日ぶりに制服に袖を通すと、久しぶりに花壇を見に行く為に早めに登校した。
「おはようフローラ、もう登校して大丈夫なの?」
「ーっ!おはようレイン。お陰さまで、身体はすっかり良くなったよ。」
『身体は……ね。』と苦笑する私を見て、レインが首をかしげながら私の隣にしゃがみこむ。
「何かあったの?」
「いやぁ、まぁ大したことじゃ無いんだけど、ちょっと気疲れしちゃって……。実は昨日、ライトとクォーツがお見舞いに来てくれたのよ。」
「そうなんだ、お二人でいらしたの?」
「ううん、それがさ……」
まだ朝早いお陰で人目も無いので、今のうちに昨日のクォーツが着替え中に部屋に入って来ちゃった件と、ライトによる部屋破壊事件をレインに話す。
昨日の今日でまだダメージが癒えないままに話したからどこまで上手く伝えられたかはわからないけど、優しいレインは私の背中を擦りながら最後まで聞いてくれた。
「それはまた災難だったね……。あれ?でもさ、フローラは熱気に当たってそのまま倒れたんでしょ?」
「うん、熱がぶり返しちゃったみたいで。」
一時的なものだったからすぐに下がったけどね。
「じゃあ、ドア燃やした人の顔とか見てないよね?なんでやったのがライト様だってわかったの??」
「あぁ、それはね……」
レインのごもっともな質問に、私は昨日の記憶を辿りだした。
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「たいへん申し訳ございませんでした!」
「ちょっクォーツ、もういいから!」
「いや、でも……」
「ちゃんと謝ってくれたし、今回はこっちにも非があったから。だから土下座はいらないから!とりあえず立とう!ね!!怒鳴っちゃってごめんね!」
目の前で正座して頭を下げるクォーツの背中を擦って、とりあえず椅子に座るように勧める。
クォーツはまだ気にしてる様子だったけど、私の勢いに押されてしぶしぶ腰掛けた。
「クォーツ様、お飲み物は紅茶でよろしいですか?」
「あ、はい。いただきます……。」
様子を見ていたハイネが、いいタイミングで紅茶を淹れて私とクォーツに渡してくれる。私はいつも通りミルクティー、クォーツはストレートだ。
「あれ、クォーツはお砂糖入れないの?」
「うん。甘いお茶ってなんか好きになれなくて……。」
「そっか、アースランドは緑茶が主流だもんね。」
そういえば、“フローラ”になってから紅茶以外のお茶あんまり飲んでないな。そう気づいたら麦茶とか烏龍茶とか飲みたくなってきた。
なんて事を考えながらも、大好きなミルクティーを飲んでほっと一息。クォーツは喉が渇いてたのか、一気に紅茶をカップの半分くらい飲み干してテーブルに置いた。
「クォーツ……、熱くないの?」
「うん、大丈夫。あっ、熱いと言えば、フローラはもう熱下がったの?」
「えぇ、もう大丈夫よ。さっき誰かの炎魔法に当たってまたちょっと上がっちゃったけど、すぐに下がったし。」
『結構な威力だったんだよ~』なんて笑いながらクォーツにその件を話してたら、ハイネに『笑い事ではございません』とため息をつかれた。クォーツはそんな私とハイネを数回交互に見てから、苦笑いを浮かべて私の目を見てきた。
「あのさ、その炎の魔法の使い手なんだけど……。顔、見た?」
「えっ?ううん、誰かが駆け寄って来てたのはわかったけど、すぐに気絶しちゃったから……。」
「あ、そ、そうなんだ……。」
私の返事を聞いたクォーツは、挙動不審に目を泳がせる。
「ーー……?どうかしたの??」
「その……怒らないで聞いて欲しいんだけどさ。」
「怒るか怒らないかは内容聞かないとわかんないから何とも言えないんだけど……。とりあえず、何??」
首を傾げる私を見て、クォーツが小さくため息をつく。
「……フローラって本当に素直と言うか、正直だよね。」
「そうかな?」
「うん、王族の子にしては珍しいよ。……って、その話は置いといて、話を元に戻すけど。」
「はい。」
「あれの犯人……、実はライトなんだよね。」
「はい。」
「ごめんね、びっくりしたでしょ……って、『はい』?」
『えっ?まさか気づいてたの!?』なんてにわかに慌て出したクォーツが私の肩を掴んで、すぐにハイネに引き剥がされた。ハイネったら過保護だなぁ。子供同士だしこれくらい大丈夫なのに。
「確証は持てなかったけど、ハイネと話してる声で男の子なのはわかってたし……。そもそも、私の友達の炎使いなんてライトしか居ないもの。」
「そ、そうなんだ……。」
やっぱりライトの仕業だったのかと一人納得する私を見て、片やクォーツはガックリと肩を落とした。
結構意を決して話してくれたのかな。なんかごめんね……。
「あれ?そういえば、その肝心のライトは?」
「ライト様は、部屋を破壊させた件により校長室行きになられました。」
「えっ、校長室!?それは流石に可哀想なんじゃ……。」
「大丈夫だよフローラ、今に始まったことじゃないから。」
……左様でございますか。
「まあ、きっと流石に今日はもうライトはこっちに来られないだろうし……明日改めて話そうか。ライトもちゃんと謝りたいだろうしね。」
「謝る?」
「ほら、この間の雪遊びした日の件と、今日の件だよ。元々、お見舞いに来たのも謝る為だしね。」
「そうだったんだ、そこまで気にしてくれなくても大丈夫だよ?」
もう身体も大分楽になったしね。明日には学校行けるかなー……。
「まぁでも、一応ライト本人は多分謝らないと気が済まないだろうから。明日は学校来れそう?」
「うん、多分大丈夫。」
「じゃあ、明日の昼休みに皆でランチにしようよ。僕がライトとフライと一緒にそっち行くから。」
「わかった。じゃあ、レインには私から話しておくね。」
と、言う話になりまして……。
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「そんな訳で、今日のランチはクォーツ達と一緒にって話になっちゃってるんだけど、いいかな?」
私とクォーツだけで勝手に決めちゃったけど、考えてみたらルビーはともかくレインは皇子トリオとあんまり関わって無いもんね。今さらだけど、もしレインが嫌だって言うなら話は放課後に回してもらおうかな……。
「フローラ……、フローラっ、聞いてる?」
「あっ、ごめん!何?」
「もう……。だから、私は別に構わないわよって言ったの。」
えっ、良いの!?レインにとっても、昼休みは学園生活の中で素で居られる僅かな時間なのに……。
「ほ、本当に良いの?」
「うん、せっかくだから久しぶりにクォーツ様ともお話ししたいし。それに……私が側に居れば、フローラがハプニングにあう確率も下がるんじゃない?」
「ーー……!レイン、ありがとう!!」
その優しさに感極まって思わず抱きついたら、『風邪移っちゃうでしょ!』と引き剥がされた。なんか悲しかった。
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で、時は流れて昼休み。いつも通りに私とレインとルビーが定位置のテーブルについていると、にこやかなフライ皇子と苦笑いのクォーツに引っ張られて、仏頂面をしたライトがやって来た。
「ルビー、フローラ、レインも、お待たせ!さぁ、ご飯にしようか!」
クォーツが然り気無くルビーの隣に座り、フライ皇子を自分の隣の席に着かせた。そして、そのフライ皇子の隣の空席にライトが座る……訳なんだけど。
私たちが使っているこのテーブル、実は円形なのであって。つまりそれは、使う人達は当然輪の形に座ると言うことなのでして。
更に補足の為に説明すると、テーブルに沿って円形に並べられた椅子は全部で六つ。そこに時計回りに、私→レイン→ルビー→クォーツ→フライ皇子が座って、残す空席は私とフライ皇子の間のみ。この状況で、ライトがフライ皇子の隣に座ると言うことは……。
「……隣、良いか?」
「あっ、うん、どうぞ!」
まぁ、当然の如く、私の隣にもなるわけなのですよ。
何だかちょっと気まずい私とライトを華麗にスルーして、クォーツが両手を合わせて『いただきます!』の号令をかける。
あぁ、なんか懐かしい。給食みたいだなぁ、……空気は気まずいけども。
食事が始まるやいなや、レインはルビーとクォーツとガーデニングの話で盛り上がり出してしまった。ちょっと、私も同じガーデン係なのにズルいよ。仲間に入れて!
そう心の中で叫ぶけど、私はテレパシーの魔法は使えないので当然伝わらない。
ライトとフライ皇子は結局ほぼ無言でご飯食べてるし、話したとしてもたまに二人で言葉を交わしているくらいだ。……なんだろうこの孤独感。
「……なぁ。」
「ーー……。」
せっかく久しぶりの学園でのランチなのに、この状況じゃあんまり美味しく感じない。
「おい、無視かよ?」
「はぁ……。」
おかしいな、そもそも私と話しに来たんじゃないの?まぁ、レインがすごく楽しそうなのはいいんだけどさ。でも、やっぱりさみしい……。
「おい、フローラ!」
「はいっ!えっ、何!?」
一人でパンを咀嚼しながらこっそりと拗ねていたら、急に大きな声で名前を呼ばれて思わず体が跳ねた。
そんな私の姿を見ながら、隣でライトが呆れたようにため息をつく。
「何じゃないだろ、何回も呼んだのに……。無視するほど怒ってんのか?」
「違うよ!考え事してたから気づかなかっただけで……。」
慌てて弁解する私をしらけた目で見ながら、ライトは『ふーん……。』と呟く。
「ご、ごめんね……。」
「あぁ。……もう大丈夫なのか?」
「はい?」
えっと……何が?
「はぁ……。体調の話だ、熱は下がったってクォーツから聞きはしたけど……まだ声が少し風邪声だな。」
「あ……うん。」
あぁ、その話か。自分ではわからないけど、ハイネにも『数日はあまり喉を使わないようにしてください。』とか言われた位だし、喉はまだそんな回復してないのかな?
でも私としては、もう咳も止まってるし話すのにも支障は無いから全然気にならないんだけどね。まぁとりあえず……
「多分あと数日もすれば全快するよ。寧ろゆっくり寝たからか今日だってすごく元気だし!」
「ーー……。」
ライトの性格上『気にしないで』なんて言うと却って怒られそうだから、とりあえずもう大丈夫だと言うことだけアピールしてみる。
と、ライトは少しだけ表情を歪めてこちらをじっと見つめてきた。
「ーー……??」
なんだかいきなり逸らすのも失礼な気がして、必然的に私もライトの顔を見つめることになる。沈黙が痛い。
……それにしても、綺麗な目してるなぁ。じっと見てると、宝石みたいな深紅の瞳に吸い込まれそうに感じる。
なんて、昔のドラマか何かで聞いたような事を考えてたら、ライトの右手が私の頬にそっと触れた。
「えっ……?」
身体を退いて避けようにも、すぐ隣はレインの席だからほとんど動けない。
驚きと焦りで挙動不審になる私を他所に、ライトの指先が少しだけ私の頬をなぞり……
「いひゃいっ!!(訳;痛い!!)」
ぎゅっとつまんで引っ張った。
「……何でヘラヘラしてんだよ。つか、全然元気じゃん。」
だから、私さっきそう言ったじゃん!?
しばらくつねられてから解放された私は、ヒリヒリするそこを擦りながら目の前の男子をじっとりとした目で見る。
ライトはそんな私のジト目をものともせずに、自分の食事のサラダからかいわれ大根を取り除き始めた。好き嫌いすると大きくなれないぞ!現時点で既にライトの方が私より背高いけど!!
「……はぁ。」
なんて、心の中で悪態づいてもなんの意味もなく、ついため息が漏れる。
まったくもう、一瞬まだ小学生なのにドキドキしちゃったじゃん!
「ん?」
「……やる。」
「あ、ありがとう。」
まぁ、ときめいたのは一応今(現世)の私は一応ライト達と同い年だからだなんて一人で勝手に言い訳してたら、不意に私のトレーにティラミスが乗せられた。
透明なガラス容器に入れられたティラミスは、中が何層にもなっていて見た目にも楽しい。
……でも、なに急に。
「……悪かったな、色々と。」
「……っ!ーー……うん。」
もらったティラミスを片手に隣を見ていたら、ライトが小さな声でそう呟いた。
澄ました顔してるのに、綺麗な金髪の合間から覗く耳だけが異様に赤くて、何だか……。
「……ふふっ。」
「わっ、笑ってんじゃねーよ!とっとと食え、もう昼休み終わるぞ!」
「はーい。」
その言葉に時計を見れば、確かに昼休みはもうあと十数分で終わりだった。
周りを見れば、私たちが話している間に食べたのか皆はもう食べ終わってるみたいだった。私もいそいでこれ(ティラミス)食べちゃわなきゃ!
~Ep.40 素直なんだか、意地っ張りなんだか~
『ちょっとだけ“可愛い”と思っちゃったことは秘密にしとこう。』