Ep.38 友達の変化(クォーツside )
『それにしても、同じような被害にあってるのにライトは咳だけなんだね……。』
「あー、寒いっ!」
体をブルッと震えさせてそう言った僕を見て、隣でルビーかクスクスと笑った。
昨日、一昨日の週末に積もった雪がまだチラホラ残る中庭で花壇の様子を見ながら、もう一度寒さに身体を震わせる。なんか、昨日や一昨日は積もりたての雪で遊んでたからそんなに寒く感じなかったけど、今日は普通に授業だからか寒さが寝起きの身体に染みる。
「ではお兄様、そろそろ朝礼が始まりますから教室に参りましょうか。」
「そうだね、じゃあまた放課後に。」
寒さから逃げるように校舎に駆け込んで、ルビーと階段の手前で別れる。小さな手を振って僕の姿が見えなくなるまで見送ってくれる妹は、贔屓目抜きにとっても可愛い。
……そんなルビーの可愛い姿をチラチラ見ながら歩いていった同じクラスの子には、休み時間をフルに活用してしっかり釘を刺しておいた。
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放課後、いつも通りに二階の食堂でルビーが来るのを待っていたら、ライトとフライがなんかピリピリしながらやって来た。
土曜日のケンカは、フローラの機転のお陰で仲直り済みなんじゃなかったっけ?まさか、また別件でケンカしてる!?
「らっライト!フライ!どうしたの?」
「あぁ?別に、何でもねーよ。」
「いや、どう見ても何でもなくないから聞いてるんだけど……。」
チラホラ居る他の生徒の人達に迷惑にならないように、入り口辺りで火花を散らしていた二人の腕を引っ張って奥の席まで誘導する。
僕の質問に答えるライトの眉間にはちょっとシワが寄ってて、明らかにご機嫌斜めだ。フライも笑顔じゃなく真顔だし、絶対ケンカ中でしょ……。
「ーー……。」
「……。」
「……はぁ。」
今も、三人でテーブルについてるのに、ただただ無言だ。
き……気まずい!生まれた時からの付き合いなのに、ライトはともかくフライがこんな風に気持ちを表に出す姿を僕はほとんど見たことがない。それに、ライトも人目があるところではもう少し猫被ってた……って言うか、悪い言い方になっちゃうけど、マセてる感じの子だった筈だ。まぁ、もちろん僕らの地位や立場を考えればそっちが当たり前なんだけどね。
「ーー……全くもう。」
テーブルを挟んで向かい側に並んで座りながらお互いそっぽを向いてる親友ふたりを見て、何でか思わず笑いが漏れてしまった。
いつからだろう、最近、昔からちょっとだけ僕らの間にあった“壁”みたいなものが崩れて、ライトもフライもすごく“自分らしく”話してくれるようになった気がする。
「……おいクォーツ、何笑ってんだよ!」
「あはは、別にー?で、何でケンカしたの?」
「あぁ、それが……クシッ!」
あれ、くしゃみ?
話の途中で咳き込んだライトに、フライが苦笑いを浮かべながら僕の方を見て肩を竦めた。
あぁ、土曜日に雪溶け水被ってたね。もしかして風邪?
「風邪?大丈夫??」
「あぁ、咳が少し出るだけだ。そんなことより……!」
「……?フライ、ライトに何か言ったの?」
咳き込んで喉が痛くなったのか、紅茶を一口飲んでからフライを睨み付けるライト。
片やフライは、好きな紅茶で気持ちが落ち着いたのか、余裕な笑顔に戻ってライトの視線を物ともせずにカップ片手に微笑んでいる。
そんな二人を見て首を傾げる僕を見て、フライが何でもない事のように口を開いた。
「僕はただ、ライトが風邪をひいたようだから『良かったね。』と言ってあげた
だけだよ?」
「はい?」
いや、具合悪くなってるんだから良くはないでしょ。そりゃ怒るよ……。
「フライ、それは流石に……。ーー……あ。」
あぁ、あれか。『馬鹿は風邪を引かない』=『風邪をひいたなら馬鹿じゃないって事だね』って意味か!
「……そうだろうな。失礼な話だろ!?フライもだが、一昨日のフローラも人のこと馬鹿呼ばわりしやがって……!」
僕の指摘にそう答えて、ライトは悔しそうに紅茶を飲み干して紅茶を淹れなおしに立ち上がった。
その一言に、一昨日皆で遊んだ時の事が頭に浮かぶ。そう言えば、盛大にケンカしてたなぁ……。
「ふふっ……。」
あのときは正直、すっごく驚いたよ。初対面の時にも盛大にケンカしたとは手紙で聞いてはいたけど、実際に揉めるふたりを見たのはあの日が初めてだったし。
それに、僕が知ってるフローラは滅多なことじゃ怒らない、ニコニコしてて可愛い女の子だったし。ライトはともかく、フローラの怒った声なんてこの数年付き合ってきて初めて聞いたよ。
あー、思い出すと今でも笑っちゃうよ。
「……あれ?」
「……?どうかした?」
「いや、そう言えば今日は、フローラに会ってないなと思って。」
朝も花壇の所に来てなかったし。昨日も会わなかったけど、それは日曜日だからだと思ってた。
うーん、気になるけどわざわざフローラのクラスまで行くのも変だよね。まぁ、学園は広いし、会わない日もあるかぁ……。
なんか、入学してからずっと何だかんだで毎日会ってた気がして落ち着かないなぁ……。
「おいクォーツ、ルビーが入り口の所来てるぞ。」
「えっ?あぁ、ホントだ。」
ぼんやり考え込んでたら、淹れ直した紅茶を片手にライトが僕の肩を叩いた。
言われた通り入り口の辺りでキョロキョロしているルビーを見つけて、立ち上がって小さく手招きをする。
すると、僕らに気付いたルビーが二つに結った髪を揺らしながらこっちに急ぎ足でやって来た。
いつもは僕を見るなり天使のような笑顔になるのに、今日はなんだか険しい顔をしている。何かあったのかな?
「ルビー、どうしたの?」
「お兄様!それにライトお兄様、フライお兄様も……。ごきげんよう。」
「あぁ。」
「何かあったの?顔色悪いね。」
膝を折って挨拶するルビーに、立ったままだったライトが然り気無く椅子を引いてくれたので、改めて皆でテーブルにつく。
……うん、今のはライトじゃなく僕が引くべきだったんじゃないかなんて思ってないよ?
「あっ、あの、お兄様達はもうお聞きになられました?」
「……?何を??」
神妙な面持ちでそんなことを言い出したルビーに、僕らはお互いに顔を見合わせてから首を傾げた。
そんな僕らを見つめながら、ルビーは『ランチの時にレイン様からお聞きしたんですが……』と切り出した。あぁ、最近はレインとフローラとお昼食べてたもんね。
「フローラお姉様、昨日から高熱を出されて今日は授業もお休みされているそうなんです。」
「ーっ!」
「ルビー、それ本当?」
「はい……。」
なるほど、会わないわけだ!
フローラの体調不良の報告に、僕とフライの視線が自然とライトに向かう。
「なっ何だよ、俺のせいだって言うのか!?」
「うん、だって……ねぇ?」
「辺り一面雪化粧の中、頭から冷水を被ったんだから、寝込むのも当たり前だよね。」
言葉を濁した僕に代わって放たれたフライの辛辣かつ的を得た一言に、ライトが言葉に詰まった。
いやぁ、僕の方を見られても、やっぱ原因は土曜日の一件だと思うよ。
「……。」
「ーー……。」
「わっ、わかったよ!謝りに行けばいいんだろ!?」
僕とフライの視線にたじろいで、ライトはそんな捨て台詞と共にこの場から逃げ出した。
「それじゃ、僕らもお見舞いに行こうか?」
~Ep.38 友達の変化(クォーツside)~
『それにしても、同じような被害にあってるのにライトは咳だけなんだね……。』