Ep.382 夕映えに染まる金色
王宮の私の部屋は、南東側の一番上だ。
普段は寮に行ってるからあんまり使ってないけど……、ここから見える城下と海の、コントラストが好きだった。
怒涛のすべきことをやり終えて、ぼうっとしたまま窓際に寄る。そのまま寝台に、座り込んだ。
丁度、太陽が月と交代する時間だ。
赤に飾られていた水面が、端から徐々に夜の色に変わっていく。
それを、ただ。
ーー見ていた。
人払いを頼んだから、侍女も居ない。
扉の向こうに最低限の護衛位は居るだろうけど、彼等は異常か命が無い限り中には入ってこないだろう。
……私は。
「……独り、だ」
窓も開けていないのに、出窓に置いていた写真立てが音を立てて倒れる。初等科に入ってすぐの頃、ブランを抱いて撮った写真だ。
(直さなきゃ……)
そう思ったのに、身体が全く動かない。
糸を失った絡繰人形のように、ぼんやりとベッドに座ったまま。
ふと、扉の向こう側がざわつくのを感じた。
「……通して貰えないか」
「……っ殿、これは……いや、こちらは皇女殿下の私室ですので、私共の判断では……っ」
「 通してさしあげて、大丈夫だから」
「クリス殿下……!」
護衛兵達が、弟の名を呼ぶ声がする。クリスは滅多にこの階には来ないのに、珍しい……。
「彼は僕が案内してここに来ているんだ。それに……」
「ーー彼女の実母である王妃陛下より、特別に許可を頂いている。
……頼むよ」
「この書状は……!」
困惑、焦り、……戸惑いなど。混ざり合った空気感をしばらく漂わせた後、廊下側から……扉の開く音がした。
「では、また後程。……姉上をお願いします。
君たちは僕と来て」
「はっ!」
静かに閉じる扉の音と、廊下から消える人の気配。
私の座り込むベッドに、ふっと……人影が落ちて。
そして、夕陽に反射した金色が、シワの寄ったシーツにちらちらと光を落とす。
「……懐かしい写真だな」
隣に立ったライトが、私の肩側から腕を伸ばして倒れた写真を立て直す。
靄がかかってぼんやりした視界の端に、夕日を返す金色が射し込む。
「ラ、イ… ト……」
「……うん、 どうした?」
やっと、自分の意思で声が出た。
夕映えの空を背に振り向いたライトが、私の正面に膝をつく。温かい手が、頬を包むようにそっと 触れた。
耐えきれずに顔を背ける私に、ライトの纏う空気が揺れる。
「……フローラ」
「ーー……な、に?」
「顔、……見せてくれないか」
怒っている様子はない。
幼子を、あやすような。そして、慈しむような……一切の痛みがない、優しい声でなんて呼ぶから。
限界まで大きくなった、雫が。
寝台に置かれたライトの手の甲に当たって、弾けた。
「顔は、 見ない……よー……」
「……どうして?」
頬に添えられていたライトの左手が、指先で私の目元を撫でる。
声が震えてるのは、自分でもーーわかってた。
「ライトの顔、見たら……っ!緩んじゃうっ……か、ら……っ!」
「ーー……そっか」
「……っ!」
ふっと、前に体勢が……崩れて。
何が起きたのか理解するより先に、床に落ちた自分達の影が重なっているのが、目にはいる。
抱きとめられたライトの腕のなかで、行き場の無い両手をぎゅっと握り締めた。
私の頭の後ろに回された大きな手に促されて、彼の胸元に顔を埋める。
張り詰めていた糸が、……完全に、途切れた。
「うっ ……あぁっ……
うわぁぁぁぁっ……!」
「……よし、よし。
よく頑張ったな……」
声をあげて、泣いた。
本当に、いつぶりかもわからないくらいに。
泣き声が外に聞かれないように、ライトの胸に縋り付いて……みっともなく、背中に両手でしがみ付いて。
恥も外聞もなく、押し込めてた色んな気持ちが溢れていく。
「ブランがね、攫われていく前に言ったの。
『護ってくれなんて言ってない』……っ、て……!」
「……うん」
「本心じゃないって……わかってるの、わかってるっ……けどーー……!」
私がしがみつく力が強くなったことで、ライトも更に強く、抱きしめてくれる。
「わかってるのにっ……!
それでも、『ずっと、そんな風に思ってたんだ』って……疑っちゃう自分が、嫌いだ……!!」
「ーーっ!」
その言葉を吐き出した瞬間、前世からずっと……無理矢理止血してただけの、心の傷口から。
一気に、血が噴き出したような感覚がした。
「……っ」
何かを言いかけて唇を噛みしめたライトが、その痛みを上回るくらいの力で……私を、抱きしめる。
息も、止まってしまいそうなほどに。
その痛いくらいの強さが、今は。
「……全部、聞いてくれる?」
「ーー…………っ、あぁ」
少し擦れた声のその返答で、私の身体から力が抜けて。
誰にも話さずに来た気持ちを、全部……全部ーー吐き出した。
夕暮れの漣の音が、哀しい気持ちを少しでも、攫って行ってくれることを願って。
〜Ep.382 夕映えに染まる金色〜




