Ep.380 欠けた心と重なる手
魔族を退けたは良いが、結局再び発動してしまった水流トラップによってまた別室へと押し流されてしまった俺達。
到着した部屋から水がはけて呼吸が出来るようになる為、水の滴る髪をかき上げるフライが俺に詰め寄った。
「もーっ最ッッッ悪!
結局またずぶ濡れじゃんか、散々気をつけてたくせに最後の詰めが甘いんだよ!」
「いやあれは仕方なかったろ!?
すぐ乾かすからそんな怒んなって!」
「〜〜〜っもう!寒いんだから早くしてよね!」
ーー……女子か?
そう思った瞬間ギロリと切れ長の瞳に睨まれて、誤魔化す様に笑いながら指先を振る。吹き抜けた熱風で乾いていく絹の様な翡翠の髪が艷やかに揺れた。
「……君、また何か失礼な事考えただろ」
「さて、どうかな。証拠はないだろ」
「ーー……屁理屈」
「そっちこそ」
「…………ふふっ、君たち……は、ーー全く。
こんな状況でも元気で……うらやましい、限りーーだよ……」
「「ーーっ!」」
明かりの届かぬ部屋の最奥から聞こえた、か細い第三者の声に意識を呼び戻される。
そこに倒れ伏した兄と恩師たちの姿にフライが直ぐ様駆け寄った。
「兄さんっ……!」
俺も後に続き彼等に近づく。特に奪還阻止の罠などが無い辺り、恐らくフェザー達は本当に俺達を呼び付ける"囮"だったのだろうか。
(いや、ソレにしては攫い方が随分と派手で周到だった様に思うが……)
また思考の波に入りかけて、一旦切り替えるために頭を振る。 今は3人の状態の確認が最優先だ。
座ってフェザーの手を取ると、指先が青くなるほどに冷え切っていた。他の二人も同様だ。
この底冷えする空間に、どれ程の期間捕らえられていたのだろう。
「大丈夫か?少しずつ熱を送るから、調整して欲しかったら言ってくれ」
「……ありがとう。迷惑をかけてしまって、申し訳ないね」
「そうじゃないでしょ!
無事で良かったよ、本当に……!」
弱々しく頭を下げようとした兄を叱り飛ばしつつ、フライがまだ意識のないテル先生とロイド卿の身体も俺の近くに寄せる。
極力魔力を無駄に広げないためには良い判断だった。
「どうだ?起き上がれそうか」
「あぁ、だいぶマシになったよ。ありがとう」
フェザーがやっと半身を起こした所で、建屋がぐらりと揺れた。あまり時間がなさそうだ。
脱出するにせよ、早くフローラ達も見つけないと……。
内心でやることの多さに舌を鳴らした時、丁度背後から2つ分の足音が響いて振り返った。
階段だろうか?薄暗い通行口から現れた2人が、そのままこちらに駆け寄ってくる。
「ライト!フライ!大丈夫ーっ?」
「クォーツ!」
「捕まっちゃってた皆も見つかったんだね、 良かった……」
安堵したように息をついたクォーツに、またフェザーが居た堪れない様子で眉を下げる。謝ることなど何もないのに。
フライが『謝るくらいならさっさと回復してよね』と華奢な兄の背を叩いていた。すごい音したけど大丈夫か?
「ケガの功名だったが合流出来て良かったな。そっちは大丈夫だったのか?」
「ーー……っ」
駆け寄り切る数歩手前。半端に離れた位置で足を止めていたフローラの顔をのぞき込む。
視線を合わせた途端、いつも凪いでいるその瞳が一瞬ーー波打った。
「……おい、どうした?」
少し距離を詰めて囁くと、フローラの小さな手が弱々しく俺の袖を握る。
が、手を重ねる暇もなくすぐにパッと離された。
「……っごめんね、皆が無事なの見たら安心しちゃっーー」
何かを堪えるように息を詰めた様子に、只事ではないなと嫌な予感がする。
先にフライの方に寄っていたクォーツが指先で『こっち来て』とジェスチャーした。
「ーー……何があったんだよ、ブランはどうした」
俯いたフローラに聞こえないよう抑えた声量で問いかければ、クォーツも横目にフローラを見てから頭を振って見せる。
「ーー攫われたのか」
「『ついていった』……が、正しいかな」
『でも、ごめん』 と擦れた声で続けられては、こちらも察するしかない。
俺達が話し込んでいる間に、フローラは『私は治療に回るね』とらしくない作り笑いをしてフェザー達の方に小走りしていく。
その背中から視線を逸らし、やるせなさを一緒に振り払うようにしてクォーツが乱れた髪を肩から払った。
「それで……、そっちは?」
襲われたのか、戦ったのであればなら狙いは何だったのか。
本来ならこのタイミングで互いに情報のすり合わせを済ませておくべきだろうが……。
まだフェザーの介抱に徹しているフライを横目で見ると、互いの視線が交わった。
言葉こそないが、同意する。
今は、全てを話すべきでないと。
「ーー…… 、こっちも似たようなもんだよ。
聖具が狙いだったんだろう」
「全く、口ばかり達者で癇に障る魔族だったね。
返り討ちにしてやったけど」
フライもこちらに寄ってきて、肩を竦めながら話に加わる。
「……そっか」
短くそれだけを返したクォーツが、何かを呑み込むように自身の胸元に手を当てる。こいつもこいつで何かあったらしいな……。
フライと一瞬視線を交わし、互いに一度まぶたを落とす。
再び地響きが耳を掠めて、神殿が大きく揺れた。
「……いつまでも悠長に話してられないな。
3人は大丈夫そうか?」
「うん、兄さんはフローラのお陰でめまいも収まったみたいだ。
先生達も意識が戻ったし、今なら自分で歩けるのではないかな」
「よし、なら話は後だ。まずはここから脱出するぞ!」
『了解』と声を揃え、フライはフェザーとテル先生を。クォーツが比較的大柄なロイド卿の支えに動いた。
「兄さん、先生も。少し距離があるけど大丈夫?」
「あぁ、可愛い弟達が身体を張って助けに来てくれたんだ。
歩く程度で弱音を吐いていられないよ」
「ロイドさん、足元が暗いので気をつけて……。
戻ったらしっかり医師に診てもらいましょうね、アイナ嬢が心配してますよ」
「殿下……。ご迷惑をお掛けして、本当に申し訳ない……!」
今にも泣きそうなロイド卿の背を、クォーツが優しく叩く。そんな中。
「ーー……」
患者が全員居なくなり、4人が先に歩き出した室内の真ん中で……フローラだけが。
冷たい床に座り込み、じっとしたまま動かない。
わざと靴を鳴らして近づいたが、真後ろまで近づいても無反応だった。
肩に触れようとして伸ばした指先が、半端な位置で宙を彷徨う。
代わりに、名前を呼んだ。
「……フローラ」
「ーーっ、 ライト……」
弾かれるように振り向いたタイミングで、更に激しく周りが揺れる。
もう、時間がない。
「ーー……行こう。
大丈夫だ、俺達がついてる」
差し出した俺の手を見て、フローラの肩から僅かにだが……力が抜けた。
いつもは"誰か"に差し出すために使われてきたその手が、俺の手に重なる。
「……うん、行こう」
重ねたその手を握り返して、仲間たちの後を追いかけた。
〜Ep.380 欠けた心と重なる手〜




