Ep.379 突き刺さる棘
「ーー……っ!」
やり場のない感情のまま、振り上げた拳が床を叩いた。
溶けて濁った水が飛沫になって顔や服を濡らす。それでも、止められなかった。
「ーーっ! フローラ……っ!」
何回目か分からないくらい続けて、私の手に青痣を見たクォーツがハッとしたように駆け寄ってきて腕を掴む。
痛くないが振り払えない程度に押さえられて、ふっと力が抜けた。
片側が真っ青になった手からじんとした痛みがようやく滲み始めるけれど、そんな事は……少しも気にならなくて。
今にも叫びだしそうな気持ちを抑え込むように、一度強く唇を噛み締める。
少し鉄の味が滲んだ頃。やっと声を出せた。
「……っごめんね、もう大丈夫だから」
だから、離して。
わざわざ口にしなくても察してくれたのだろう。
痣の部分を見て琥珀色の瞳を揺らしたクォーツが、私を押さえる手から力を抜いた。
すっとお互いに離れて、改めて室内を見回す。
魔族の気配なんて、既に皆無だった。
『守ってくれだなんて頼んでない!』
(ずっと、そんな風に思ってたんだ……)
ついうつむきかけて、慌てて顔をあげる。油断したら、自分の意思に反して涙が出てしまいそうだ。
一部が砕けた土の塔と、無残に割れた水鏡の枠。水溜りに沈んだそれを拾い上げてぎゅっと、胸に抱く。
(絶対、見つけなきゃ。このままお別れなんて嫌だ……!)
少しばかり逡巡して、クォーツが原型を留めていない水鏡の様子に触れた。
「鏡の枠、壊れちゃったね……。どうしようか」
「今は直す手段もないし、これの話はもう一旦置いておいて次の手を考えましょう。
とは言っても手掛かりもないし……、追いかけるのは難しそうね」
「うん……現実的じゃないだろうね。
それに、ライトとフライも心配だよ。僕らみたく襲われて無いといいけど……。
居場所を探ってみようか」
クォーツがそう言いながら足をつき、両の手のひらで床にそっと触れた時だ。
何か鈍い爆発音と共に、神殿自体が大きく揺れた。
「きゃっ……!」
「フローラ!」
振動に耐えるように咄嗟にお互いを掴んで顔を見合わせる。
「あ、ありがとう。 今のって……!」
「派手に戦ってしまった魔力の余波で、周りの海底火山がまた噴火を始めたのかもしれないね」
「ーー……っ、それなら尚の事。急いでここから脱出しないとね。ライト達の魔力は見つかった?」
クォーツは一度目を閉じて、そして真っ直ぐに下を指差した。
「幸か不幸か、どうやらここの真下に居るみたいだね。
強い熱の力を感じる。しかも、多分だけど人質になった人達も一緒かも」
「本当?よかった……!」
とは言え床をぶち破るわけにはいかないので進路を求めて室内を彷徨う。戦闘中はそれどころじゃなくて気が付かなかったけど、一面壁で扉すら無いのだ。
私は壁際を、クォーツは天井や床を調べてみるも仕掛けらしい仕掛けは見当たらない。
(……枠は壊れかけだけど)
"聖霊王の水鏡は、現世の全てを透過する"
割れた箇所からこぼれないよう気をつけながら魔力水を張った枠を通して、順々に壁を観察していく。
ゆらゆらと蜃気楼の様に揺れる何かに覆われて、階下に繋がる階段があった。
「ーー見つけた」
「っ本当!?」
駆け寄ってきたクォーツにも、水鏡越しの風景を見せる。
2人で頷いて、私が枠の中に手を突っ込み……掴んだ結界をカーテンを開くように手繰り寄せた。
レースのカーテンみたいだったそれがパキパキと固まり、小さな音を立てて崩れ去る。
「……魔族側が隠していた、のかな?」
「触っても痛くなかったし、魔力の質から見ると昔に聖霊が仕込んだ物だったかも知れないわね。
よし、行こう!」
「あっ、待って!何があるかわからないし僕が先に……っ」
『中途半端な役立たずの癖に』
「 自覚はあったけど、身内から言われると堪えるな……」
無意識に握り締めた拳が白く色を失う。
自嘲気味にクォーツがそう零した時だった。
カラン……と、無機質な落下音か不意に室内に響く。
振り返れば、先程まで何もなかったはずの部屋の中心に淡く光る鉱石が落ちていた。
(何だろう、これは…………琥珀?)
中に星を閉じ込めたような、綺麗な六角形をした琥珀だ。大きさも上等なもので、クォーツの拳大ほど。
光にかざすとほんの少し深緑色が見える。形も相俟って、なんだか亀の甲羅から剥がれ落ちたみたいだ。
そのまま天井を見てみる。しかし、何処かが割れている様子は見受けられない。
そりゃそうだ、と頷いてしまう。
海底神殿の素材は見た所水晶と大理石。
そもそも、琥珀は建材には向かない。
(でもそれなら、これは一体どこから……?)
「クォーツ!この階段そんなに長くないみたい、行こう!」
「ーっ!うん、 今行く!」
呼ばれたことでハッとなり、駆け出そうとして足を止める。
この琥珀は一体どうしたものかと。
(何かこの神殿に重要なものだったら……、でも)
何となく、置いていってはいけないような気がして。
丁寧にハンカチで包み、胸ポケットへとしまい込んだ。
再び少し辺りが揺れて、『急いで!』と発破をかけられる。
琥珀をしまった胸元に手を当て、クォーツも後を追いかけた。
〜Ep.379 突き刺さる棘〜
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一難去ってまた一難、不穏がなかなか終わりませんが連載を追いかけていただきありがとうございます。
ひとりひとりが苦しい佳境に差し掛かっているタイミングですので、ひと言でも響いた所など応援いただけますと嬉しいです(.❛ᴗ❛.)




