Ep.377 黒猫と元白猫
『未来の聖獣王足る器を、頂戴させていただきましょう』
そう宣言した黒猫の尻尾が、ゆらりと揺れてブランを示す。
尻尾に巻かれた艶のある黒いリボンが揺れ、鈴がチリンと小さく鳴った。
「……魔導省の人達の予想してた通り、件の使い魔連続失踪事件は魔族の仕業だったみたいだね」
「えぇ、そうみたいね……。
あなた、マリンちゃんの使い魔よね?
どうして魔族がわざわざ使い魔のフリを!?」
「ーー……」
私とクォーツがブランを背に庇いつつ、質問を投げかける。
黒猫は前足でモノクルを軽く上げながら、不快そうに目を細めた。
「"あなた"が……それを言うのか」
「えっ……?」
「フローラ、危ない!」
苦々しく吐き出された言葉の意を確かめるより速く、天井からせり出した黒い氷が私達を狙って氷柱に変わる。
落下してきたそれらはクォーツの出してくれた大きな岩でなんとかしのぐ事が出来たけど、またすぐに人ひとり分くらいの大きさの氷柱が出来てしまう。
大量の氷柱の為か、はたまた魔族特有の瘴気のせいだろうか。
一気に冷え込んだ気がして、背筋が震えた。
ぎゅっと抱きしめたブランの身体も、先程までより更に強張っている。
「大丈夫だよ、絶対渡したりしない……!」
「ーー……ん」
小さな手で私の胸元にしがみつくブランは、ただの子猫だったときと何ら変わらない。
クォーツも、黒猫からは視線を逸らさずに片手でブランを優しく撫でた。
上下から氷柱に不意打ちされないように床と頭上に岩を顕現させているクォーツに、黒猫がゆっくりと口角をあげる。
「土属性の防御力には目を瞠るものがありますが、この空間で魔術を多発するのはオススメ致しませんにゃ
あ」
わざとらしく、可愛らしく。
舌で濡らした前足でクシクシと顔を洗いながらのその言葉に、いつも穏やかなクォーツの顔に苛立ちが滲む。
「海中ではそもそもの材料が少ないからかい?その程度の不利が足枷になるとでも?」
ヒュッと、鋭い風切り音がして。
気づいたら私とブランの周りをひらひらと黒い煤みたいなものが飛んでいた。
ブランを捕らえようと伸びてきた黒い手を、クォーツが目にも留まらぬ速さで斬り刻んだのだ。
刀を一度鞘に納めながら自分を睨見つけている彼に、黒猫は動じない。
「いいえ?ただ、大地の皇子は泳げないそうですからご心配差し上げたまでですにゃ」
「……っ!」
「クォーツ、耳を貸しちゃダメ!」
つい先程、罠で分断された際に溺れてしまったばかりの彼にその言葉は痛い。
ましてやクォーツは初等科の時にマリンの執事の男に劣等感を刺激されて、ひどく気落ちさせられた時期がある。
対話であちらのペースに乗せられるのは悪手だ。
「さっきの水流トラップはあなた達の仕業ってこと?さては、魔力をたくさん使うことで発動するのね!」
「罠自体は元から神殿に備え付けられた物ですが、大体正解です。
流石巫女さまは賢いですにゃ〜」
小馬鹿にしたようにパチパチと手を鳴らす黒猫。
あの子の目的は戦いじゃない。恐らく、私達を疲弊させて……隙をついてブランを奪う事。
戦えるのは2人、でも魔力を多発出来ない上に飛び道具や武器は無い。あるのはクォーツの持つ刀だけ。
「フローラ、ちょっと耳貸して」
「ーーっ!わかった」
クォーツに腕を引っ張られて、ブランと距離が出来たその瞬間。
「えっ!?なっ、なに……!!?」
凄まじい地鳴りの音をせ、先程まで防御に使っていた岩達がブランを四方から覆い隠した。
中に閉じ込められたブランが、困惑した様子で空気穴として空いた小さな空洞から顔を覗かせる。
私も驚き、クォーツの両腕を掴んだ。
「何してるの!?あれじゃブランが……!」
「落ち着いて。あの土壁を濡らさないように気をつけて、フローラの魔力で覆うんだ。
そうすれば、あの黒い手も恐らくブランに触れることは出来ない」
「ーーっ!」
そこで丁度再び外壁から黒い手がうねり出て来たので慌てて水の膜で周りを覆う。水に手先が触れた瞬間、ジュッと焼けるようにカケラも残さず消えた。
通常の魔族の術は、聖霊女王の指輪にはーー敵わない。
それを失念してたあたり、私も大分焦ってたのね。
水膜と土壁越しに、ブランの方へと微笑みかけた。
「あの子を追い払ったらすぐに出してあげるからね、ちょっとだけいい子にしてて」
「…………っ!」
にこっとしてから、クォーツの指示を改めて聞く為に背中を向けた私。
その背中を見るブランがどんな気持ちか、なんて。
守っている気になっていた私は、想像すらしていなかった。
〜Ep.377 黒猫と元白猫〜
『待って……待ってよ!
これじゃあ❲あの日❳と、同じじゃないか……!』
弱い子猫を保護する壁に、立てた爪など意味はない。




