Ep.376 風神と炎帝
「埒が開かねぇな……」
拘束されたフライ
攻撃の当たらぬ敵。
常に自分を追い回し続ける大量の黒い手と、動かし辛い大人化した身体。
せめてどれかひとつを崩さないと短期決着は難しそうだ。
ーーそれに。
「余程俺をフライに近づかせたくないらしい……なっ!」
隙間を縫って駆け寄ろうとするとあからさまに数の増える黒く蠢く手。
幸い聖剣には伸びてこない……いや、触れられないのか?
(ちょっと試すか)
部屋の端まで走り抜け黒い手を一挙におびき寄せる。
角で向きを変えると見せかけて足を止め、聖剣を横向きに掲げた。
「…………やっぱりな」
移動速度に対応しきれず突っ込んできた分の手が、光に焼かれて塵となる。
元より魔族の術を打ち消すための神具であることが、幸いしていた。
パチ、パチ、パチ。
「おや、やりますねぇ。
このペースのまま焼き払われ続けては先にこちらの手の内が終わってしまいそうです」
3回、不意に響く嫌に耳障りな拍手の音。
天井を見上げれば、手の甲を使い拍手をする男の姿があった。
はっと、一瞬フライの方を見る。
( 無事か…… )
まず胸を撫で下ろし、盤上を見る。
フライは悔しげに拘束の中で身を捩っているが、武器ごと縛られたせいで苦戦しているようだ。
俺は自由に動けはするが、戦闘スタイル的にどうしたって室内には向かない。
(どうする? ーーどうしたら……!)
焦りが汗となって、額を濡らす。
それを見た男の口角が、上がるのを堪えるように一瞬震えたのを見た。
その時、潮がひくように頭にのぼっていた余計な血が引いた。
あぁ、成る程な。
あれだけ気をつけていたのに分断トラップが稼働した理由、ずっと気になってたんだ。
「さあさあ、どうなさいますか。
聖なる王に認められし騎士よ!
まずはご友人を解放されたらどうです?」
再び四方八方から手が伸び始める。
「聖剣は届かずとも、貴方様の魔法ならすぐですよ!」
(その手に乗るかよ)
寸時、足を止め黒い手が自分に触れるそのギリギリまで待つ。
フライが何かを叫び、男が怪訝に眉根を寄せた。
(聞き取れんが分かるぞ、あいつ今『何やってるんだよ馬鹿!』っつったな)
馬鹿とはなんだ、こう見えてもちゃんと考えとるわ。
聖剣の切っ先を床に触れさせ、踊る様に人ひとり分の小さな円を描く。
円はふっと光を浮かばせ、そして"陣"に変貌した。
湧き出た光は筒状になり、円の内側を神域へと変える。
魔に堕ちたものは、立ち入れない。
「やっと、落ち着いて話せそうだな?」
「………賢しい若造が」
空間そのものが一度……大きく脈打つ。
明らかに、男が苛立ったのを感じた。
今度はこっちが口角を上げてやる。
「聖具じゃなく魔力を使わせたかったんだろうがーー残念だったな」
「おや、いつその様な憶測を?
馬鹿馬鹿しい、根拠も」
『ないでしょう』
そう言いかけた声音に、重ねてやった。
わざと、一際鋭く。
「"魔力濃度"、だろ」
「ーー……っ」
「通路で俺達とフローラ側を分断した、あの水流の発動条件だ」
そもそも、物理的なギミックなんぞなかったんだ。
本当に気をつけなければならなかったのは、全く違う方向性。
あの時、通路では明かり確保の為にずっと俺が炎を出していたし、クォーツが目的地確認の為の魔力網を張り続けていた。
加えてのブランによる"聖獣"の概念の提示……全員の心が揺れた事で、少なからず魔力が漏れた事で臨界点を超えたものと考えられる。
「なんの為に造ったかまでは知らないが、人が生身では到達できない深さにある海底神殿だ」
壁が壊れれば、そのまま死へと真っしぐら。
それくらい馬鹿でもわかるだろう。
「神殿自体を破壊しないよう、一箇所に許容量以上の魔力の使い手が集まった際に自動で移動させる機能が与えられていてもおかしくないよなぁ?」
「……我々が事前に組んだ魔術であるという可能性は?」
「もしそうなら、わざわざフライをこの部屋の中で拘束する必要はなかった筈だ」
自分達ではその機能を制御出来ないからこそ、俺達に魔力を使わせることで更なる分断を狙ったーーって所か。
男が舌を鳴らす。
「ようやく気色悪い笑顔が消えたな」
「えぇ。ーー……どうやら我々は、計算違いをしていたようだ」
声音が地に這う。
空気が、空間が、怯えているような圧迫感。
「本性現しやがったな」
「褒め言葉として受け取りましょう。
……おや?」
そろそろか。
ジジッと嫌な音を立てて結界が揺れる。
所詮着け焼き刃、長くは持たないのは分かっていた。
消え始める陣を見て、男の顔に笑みが戻ってきた。
「所詮若者の浅知恵でしたか。
あちらの風の皇子様と言い、人間は感情を揺らすだけで簡単に役立たずに成り下がってくださるところが可愛らしいですねぇ」
黒く塗られた爪先でフライを指差しながらの言葉に、何かが一本焼き切れた。
「……おい、もう一遍言ってみろ」
「なんです、事実でしょう?
何度でも申し上げますが、我々のお相手はあくまで貴方様だけなのです。
あちらの彼は用無し……ーッ!」
刹那、男の頬を掠める光。
伝う血が床に落ちる頃、遅れて音が追いついた。
「初めて当たったな」
「ただの不意打ちでしょう」
未だふてぶてしい其の笑顔に殊更、腹が立つ。
「お前、昔クォーツに対しても似たこと言って揺すりかけてきたよな」
「あぁ……、そんなこともございましたね。
ですが、揺るがない事実をお伝えしたまでですが?」
「事実?何がだ」
ふっと笑い指を鳴らした男の隣に、縛られたままのフライが現れる。
数分ぶりに、互いの視線が交わった。
「ラっ……ーッ!」
寸時巻き付いた黒い手がフライの声すら封じ込んだ。
「事実でしょう。
クォーツ殿下の代替などいくらでもいらっしゃることも」
いやらしく銀色を反射する眼差しが、口を塞がれたフライを捉える。
「巫女の心の中心にはライト・フェニックス……、あなたしか居ないと言う事もーーね。
ましてや恋敵だ、いっそ初めから居なければとそう考えても恥じることは無い」
「ーーですから「ふざけた事言ってんじゃねぇ!」……ッ!?」
フライが目を瞠る、それより先に。
腹から直接飛び出した叫びが世界を揺らした。
先程の男の圧など子供騙しに覚えるほどに、空気の震えが広がっていく。
「誰が必要だ、役に立つだの立たないだの。くだらねぇ」
「『くだらない』とは、コレはまたご辛辣なことで」
「勘違いするな、お前の言葉なんざお呼びでねぇって言ってんだ!」
煮えたぎる怒りが収まらない。
この際だ、言いたいこと全部言わせてもらう!
「フライとクォーツはな、市街から何もわからず王室なんぞに放り込まれた俺から見た、初めての目標だったんだよ!」
「……ッ」
フライの薄氷の様な瞳が、久方ぶりに真っ直ぐ俺を捉える。
「2人が居なかったらーーいや、違うな。
誰が欠けていたとしても今の俺達は居なかった。
必要が無いなんて、何処の誰にも言われる筋合いは無い!」
喧嘩なんて数え切れないほどしてきた。腹が立つ物言い?そんなの、お互い様で。
それでも。
『あいつらと出逢わなければ』なんて、考えたことすら一度もない。
ヒビが入るように骨が軋んで、全身に徐々に脈が広がる。
丁度いいタイミングだ。
「フローラだって同じだ。
俺達が、フライに、クォーツに、居て欲しいから一緒に来たんだ!」
叫ぶと同時に結界が完全に砕け、放たれた光に男が顔を背ける。
同時にフライの前へ放り投げた懐中時計が開き、深夜0 時を指し示した。
身体を成長させてから丁度24時間。
無理矢理伸ばされていた体躯が元の大きさに戻る。
必然、拘束と身体の間に開いた空間を利用してフライが男の腕から脱出した。
ついでに蹴り上げたフライの足が男の顎に直撃する。
気に入りのブーツのつま先が汚れたのを嫌そうにしつつ、こちらを睨んで時計を投げ返された。
「はぁ……、これを狙っていたなら初めから言って欲しかったんだけど」
「いや、言ったらバレるだろうが」
フッと、互いに少しだけ笑う。なんだか、ひどく……久しぶりだった。
片や、計画の狂った男が再びその場からゆらりと薄くなり始めた。
「ちっ……潮時ですね。お暇を」
「逃がすか……っ!」
フライが弓を構えるも、ふっと完全に消えた人影。
走って気配を追いながら、悔しげに歯噛みするフライに託した。
「フライ!影だ、本体じゃなく影を追え!」
最期の賭けだ。
一気に部屋中を照らすよう、太陽ばりの炎を天井にぶつけてやる。
浮かび上がった人影を、三日月の弓がしかと捉えた。
「ーー散々言ってくれたお返しだよ」
「ぐぁっ……!」
弓矢に影を穿たれ、男が再び姿を明かす。
同時に吹き抜けた風が、俺の背中を大きく押した。
「このっ……!誰より近くに我々の"王の器"が居るとも知らずに!!」
「負け惜しみか?
止めとけよ。
お前程度じゃうちの切り札に敵わないぜ!」
高く飛んだ俺を憎々しげに歪むそいつに、全力の一刀を振り下ろしてやった。
そして直後にこの場の魔力濃度が限界を超え、俺達は再び大量の水で別室へと押し流されるのだった。
〜Ep.376 風神と炎帝〜
『ま、まぁほら、黒い手がない分マシだったろ?』
『いいからさっさと服乾かしてよね』
肩から胸元まで裂けた燕尾服を押さえ、よろけながらも立ち上がる魔族の男。
「我等が王の双子の弟……。あいつさえ見つかれば、聖剣も脅威では無いものをーー!」
床が真っ暗な闇へと変わり、男の姿がとぷんと沈む。
不穏を孕んだその声を、聞き遂げたものは今は居ない。




