Ep.374 王の命題
「ボク達の本当の種族名は"聖獣"。
ーー聖霊とは、似て異なる者」
『王の命題に導かれ、たった一人を護る者』
空気さえ時を忘れたような、重たすぎる静寂が落ちた。
「"聖獣"……ね。そんな名称、耳にしたこともないけれど」
どれくらい経ったか、口を開いたのはフライだ。
風の国は、四大国のなかでも特に聖霊関連の文献を多く抱えている。
そこ出身の王族が言うのだから、皆が知らないのも自然なことだろう。
互いに情報を持たないから、誰も糸口を見出だせない。
そんな中。ふっと私の脳裏を在る泉が過った。
「ブランの言う"王"ってもしかして、聖霊王様と別にいらっしゃったりする?」
「「「ーっ!」」」
ライト達がハッと息を呑み、ブランは静かに頷いた。じゃあ、やっぱり……。
「……ごめんなさい、隠してて」
俯いてしまったブランの表情は見えないが、肩が震えているのがわかった。
これ以上の詰問は良くない。そう全員が判断し、ライトが一拍手を鳴らす。
「よし、一旦この話は終いだ。
変なこと聞いて悪かったな」
「……そうだね、なかなか長くなりそうだし。今は使い魔の方よりここに囚われているであろう兄さん達の救助を優先しよう」
「あぁ、長居に向かない場所なのは確かだしな。クォーツ、次どっちだ」
「左だよ!少しだけど近づいてきたみたい」
曲がった先にはまた階段、今度は下るタイプのようだ。
一度足を止めたライトが全員を留まらせてから、適当な重りになるものを放り投げる。
小気味良いリズムで全ての段を叩きながら、重りは一番下まで落っこちていった。
「ライト、どうしたの?」
「踏み込み式の罠とかが無いか念のためな。ただでさえ普通の施設じゃないんだし」
成る程、確かに階段とか壁に力を加えたらそこが凹んで……なんて言うのはファンタジー世界のお約束だ。
「とりあえず何もなさそうだな。今重りが当たった中央部分以外は踏まないように気をつけて、極力互いの距離も開けないように!」
皆から短く了解の意が上がる中、ふっと光がちらついてライトの手元に聖剣が顕現した。
フライもそれに習い、すぐ構えられるように三日月の弓を取り出す。
そうして極めて慎重に進んでいた……筈だったのだけど。
「ひゃっ!」
丁度階段を下りきった辺りで急に首筋に当たった水滴。冷たさにびっくりして変な声が出てしまった。
「おい、どうした!?」
「何か見つけたかい?」
「今何か身体に当たってたね、ちょっと見せてみて」
どうしたんだと言わんばかりに目を見開いてる皆に見られてしまい申し訳なくなる。
「ごっ、ごめんちょっとびっくりしただ……け!?」
その直後だった。
まるで一枚の幕のように一律な水が滝のように降ってきて、私達を左右へと一気に押し流したのだ。
あまりの勢いに呼吸を止めきれず、吐き出してしまった空気が泡になって水の中で砕かれていく。
隔たれた先でフライがこちらに手を伸ばしてくれているのは見えていたけど、私はブランが流されないように両手で抱きしめてたから掴めなかった。
しかも、だ。
ライトが青い顔で私の背後を身ぶりで示す。クォーツは泳げないからだ。
ハッとして振り向くと、苦しそうに顔を歪めたクォーツが既にかなり遠くに行ってしまっていた。
こうして焦っている間にも、私とフライの間を境にしてお互いの距離はどんどん離されていく。
そこで、ジュッと焼かれるような痛みが私達の手足に絡みついた。
(真っ黒い蔦みたいな手……!)
ぞわっと背中が一気に粟立つ。
一度だけ見たことがあるその魔法。
魔導省の人達が私達の実力を見るために仕掛けてきたそれと同じものだ。しかし、痛みと不快感が段違いだった。
あの時、彼等はこの魔法をーー魔族の力から解明して模倣したと言っていたのではなかったか。
ブランとクォーツは既に意識がなく、完全に黒の手に絡め取られているし、私に伸びてくる手も増える一方。
しかも、向こうでは水圧で体勢を崩したフライが壁に背中を叩きつけられてしまった姿も見えた。これだけ上下左右関係なく流されていれば当たり前だ。
(どうしよう……私も、もう息が……っ!)
諦めかけたその先で、水流を使い身を翻したライトの両腕が振り下ろされるのを見た。
ーーーキィンッ…ーーー
水の中とは思えない、涼やかな音が響く。
遠退きかけた意識を引き戻す様に、光の刃が飛び交った。
聖剣による魔を裂く一撃。黒の手が総て切り裂かれ、激流の中で泡と消えていく。
(ライト……っ!)
しかし、最早近づくことは出来ない。
私はブランとクォーツを、ライトはフライを掴んだところで、私達は完全に分断されてしまったのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
ジェットコースターが落下するその瞬間のような浮遊感。
お腹の底がぶわっとなる感じを味わった途端、あれ程私達を翻弄していた激流が泡の様に弾けて消えた。
「ゲホッ……ケホっ!」
勢いのままに投げ出され、3人揃って体勢を崩す。ようやく吸い込んだ空気に喉が刺激されて咳が出る。
大理石の床に大量の水がはけていくのを、呼吸を整えながら見ていた。
(なんだろうここ。柱しかない、ダンスホールみたいな……)
っていや、考えてる場合じゃない!
「ブランっ……クォーツも、しっかりして……!」
「……カハッ!フローラ……?」
「うっ……!あれ、ここはーー?」
飲んでしまった水を吐き出させて治癒をかければ、意識を取り戻した2人が身体を起こした。
ほっとしたその時、チリンと小さな鈴の音が静寂を刺して。
全員で弾かれるように、部屋の中心に目を向ける。
そこに居たのは、一匹の翼を持つ黒い猫。
右はエメラルド、左がアメジストの様な、形のよい2色の双眸が真っ直ぐにブランを、捉えている。
「やぁやぁこんばんわ。
聖霊の巫女様にお連れ様方、ご機嫌麗しく存じます。
ーーおっと!これはこれは、ご挨拶ですにゃ」
クォーツの大地魔法により床下から突き出した岩の柱を、その黒猫は揺らした尻尾だけで薙ぎ払った。
(やっぱり……!)
「魔族か……」
私達を背に庇うように前に出たクォーツが舌を鳴らし、黒猫が己のかけたモノクルを前足で上げ直す。
ニヤリと牙を光らせる、その子を私は知っていた。
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投げ出された先は、酷く開けた大広間だった。
嫌な浮遊感を抜けた直後、叩き付けられる前に鬱陶しい水流をぶった斬る。
弾けた水が豪雨の様に床を叩きつける中、俺とフライの靴底が地面を叩く音が響いて消えた。
「くそっ、やられたな……!背中大丈夫か?」
「……っあぁ、何とかね」
一度悔しさを誤魔化すように壁を殴り、フライが濡れた髪をかき上げる。
指を鳴らし水気を蒸発させると、『一応感謝はしてあげるよ』との言葉。
(こいつ本っっ当素直じゃねぇよな……)
「何」
「別に、何も。それより、多分これ途中で転移魔法潜らされたな」
あちらは……、フローラ達は大丈夫だろうか。
4人であるならばとバランスを見て決めた並び順が仇となった事に歯噛みするが、後悔している時間さえ惜しい。
「何にせよ、今は現在地を把握するのが最優先だ。
あっちにクォーツがいるなら向こうは俺達を探せるだろうし、下手に動くよりもこっちは居場所を固定して敵に撹乱されないようにした方が良いかもな」
「そんな悠長にしている場合!?
こうしている間にも兄さん達や彼女達にどんな脅威が迫っているかもわからないんだぞ!
逸れたのだってどう考えても人為的な罠だろう!!」
「だからこそ焦ること自体が向こうの思う壺だって言ってるんだろうが!」
互いの怒鳴りあった声が響いて、そして消えていく。
余韻が残る沈黙に、誰かが手を鳴らす音が響いた。
「ふふ、いやぁ……若さゆえの力強い感情の衝突。
実に見応えがあります」
小馬鹿にした様な拍手をして、部屋の中央に現れた男。
反射的に聖具を構えた俺達を煙に巻くようにゆらりと消えたかと思えば、次は背後に現れる。
「おやおや、血気盛んなことで」
「あぁ、生憎機嫌が良くないんでな!」
返した切っ先が、男の長髪の毛先を掠める。
当たった箇所から切られた髪は、実体を失い灰になった。
「やはり魔族か」
「しかもこの顔……見覚えがあるね。
あの勘違い女……マリンの連れていた使用人でしょ」
フライの放った弓が当たる前に、再び男がゆらりと消える。腹の立つやり方だ、明らかにおちょくられている。
気が急いている時に一番当たりたくないタイプだな。無論、わかっていての人選だろうが。
「まともにやり合うつもりは無いらしいな……、目的はなんだ」
単刀直入に問いただした先で、男の紫の双眸が鈍い銀色に変貌した。
〜Ep.374 王の命題〜
『我々は魔族』
『我らが王の命題により、任を果たしに馳せ参じた』
『未来の聖獣王足る器を』
『巫女の支えたる貴殿のお命』
『『頂戴させて頂きましょう』』




