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Ep.370 炎の告げるもの

 篝火山の天辺は高い。山道ではなく舗装された階段なだけ足場はマシとは言っても、雲に覆われたその頂に登るのはなかなかの運動量だ。


「ごめん皆、ちょっと待………っ!ボク、もう無理…………」


 山の中腹を過ぎた辺りでブランがそうへたり込んだのも無理はないと思う。


「ブラン、大丈夫?」


「無理すんな。元々普段は飛んでたし、今は不馴れな人間体だからな。しんどいのも無理ないさ」


「空気も薄くなってきたしね……、フライの魔法でどうにかならない?」


「普通の山なら下層の酸素をこちらに流して調整出来るけど、この地は他者の魔力干渉を弾き返す土地だから難しいかな。とりあえず座らせたら?」


 すぐに足を止め戻ってきてくれた皆に介抱されながら、ブランが申し訳なさげに項垂れる。


「ごめんなさい、もとはと言えばボクが原因なのに迷惑かけて……」


「僕は兄さんを探しに来たんだ、別に君の為じゃないから気にしなくていい」


「だからお前言い方!」


 頭をひっぱたこうとしたライトと軽やかにかわすフライ。身体が大人になってもいつもとなんら変わりないやり取りに小さく笑ったものの、やっぱり気落ちした様子のブラン。


「よし!じゃあ普段散々運んでもらってきたんだし、今日は私がブランを運ぶよ!」


「えっ!!?」


「「はぁ!?」」


「今のブランなら小さい子どもくらいだし、おんぶならいけるって!ほら、おい……で!?」


「フローラの体格じゃ背負えたとしても階段は難しいしブランも安心して任せられないだろ?さーお兄さんが運んでやろうなー」


「ちょっ!持ち方が雑!!いつにも増して高い高い怖い!!!」



 私の広げた両手におずおずと触れるより先にライトがブランを肩に担いで連れていってしまった。わー……、力持ちー……………。



 結局ブランは男子三人が交代しながら運んでくれることになり、考えるな登れ状態で進み続けてどれくらい経ったか。ようやく霧のかかった山頂に入った瞬間、ふっと身体が軽くなった。


「……暖かい」


「あぁ、不自然な程にな」


 ここは山頂。自然の摂理に従うならば空気は薄くなり、それに応じて気温も下がる。でも今私達が居るここは、上着すら要らないほど温かく、心地よい魔力に満ちていた。


「これ…………下から見ていたときは雲だとばかり思っていたけど違うね。この霧自体が魔力なんだ、それもかなり上質な。この感じ、まるで……」


「うん、聖霊王の魔力に似ているね」













「ーー…………………ライト、降ろして」


「ーっ!」


 皆が戸惑う中、ブランの声が静かに響いて。ライトがその小さな身体を優しく地面に降ろす。

 解放されたブランは、迷いない足取りで頂の炎に歩みよった。


 その者の魂に応じて色や形を変える、魂を誘う焔だ。


 全員が炎の前に揃ったその時、突然“聖霊女王の指輪”が目も眩むほどに瞬いて、その輝きが炎へと吸い込まれる。


 一度大きくうねった後、その向こう側に写し出されたのはフローラになる前の“私”だった。



『ねぇ、貴方最近面白いモノ飼ってるんですってね』


 そう嘲るような笑みを浮かべた茶髪の少女と、そんな彼女がつまみ上げ今にも屋上から落とされそうな白い子猫。



『かっ、返して!』


『あら、人聞き悪いわね。私はただこの小汚ない猫を拾っただけよ』


 『それとも、貴方の飼い猫だなんて証拠があるのかしら?』と言う彼女の腕の中で震える小さな身体。


『ほら、何も言えないって事はないんじゃない。だから、この猫は拾った私のモノよ』


『ブランは物じゃないわ!』


『――……はぁ?アンタ、さっきから何様のつもり?』


 そうだ、あの日。私の中途半端な抵抗が彼女の怒りを誘った。そして、結局は。


『……ねぇ、その生意気女押さえといて!』


 彼女の“友人”達に拘束されたかつての私の前で、ブランの身体がフェンスの向こう側へと吊るされる。



『さっきも言った通り、これはもう拾った私の物だからどうしようと私の自由よね』


「……っ、見ちゃ駄目!!」


 その最期の瞬間を見せないように、咄嗟にブランを抱き締める。

 屋上から放り出された私達が地面に叩きつけられる寸前で、炎による幻影は静かに消えた。


「ね、ねぇ、今のってまさか……」


「ーー…………っ」


「…………あの女か」


 顔を真っ白にしたクォーツと、痛ましげに目を伏せたフライに。わなわなと拳を震わせたライトまで、もうただの炎に戻ったそこから視線を離さない。今のがただの幻でないことは、もうわかってしまっただろう。


「…………ごめんね、嫌なもの見せて。私の魂に残った記憶が反応しちゃったのかも」


 そう苦笑いしか出来ない自分が嫌になる、本当に。

 とっくに乗り越えた気でいたのにな……。


「謝らなくていい。……それより、これがフローラとあの女の因果の起因か。だとしたらお前が恨まれる筋合いないだろうが」


「本当だよ、向こうの自業自得じゃないか。腹立たしい」


「え、あ、えぇっと……フローラの前居た世界の容姿はアースランドの特徴に近いね!文化にも馴染みがあるみたいだし、うちに嫁いできたら気持ちとしても楽なんじゃないかな?痛っっっ!!!」


 クォーツがそう言った途端にライトとフライが目にも止まらない早さでその頭をひっぱたいた。


「クォーツてめぇ…………今の流れでよく抜け駆けしようと出来たもんだな?」


「全く油断も隙もない……。第一、せっかく生まれ変わったのに見知った文化の国に嫁いだって新鮮味がないだろう?その点スプリングなら女性の好むティータイムの文化や華やかな庭園等、楽しめるものばかりだと思うけれど」


「そうかなぁ。新鮮なものってたまの旅行なんかで触れるからいいんじゃない。生活の基盤に組み込むならやっぱり新鮮味より安心感だと思うな~」



 気を遣ってくれているのか三人ともそれ以上は特に触れないまま、いつもの喧嘩が始まった。


「ブラン、大丈夫?」


「…………ん」


 流石に自分の死ぬ場面はあまりに酷かと思って咄嗟に抱き締めたけど、対応が遅かったみたいだ。ずいぶん落ち込んでしまったその様子に胸が痛む。


 座って膝に乗せたブランの背を擦りながら、今の出来事について考える。


 篝火山の炎は、その魂が行くべき道筋を導くとされる。なら、あの忌まわしい記憶が今の私達の道筋を教えてくれるのだろうか。それとも……。


「ライト、フライ!」


「どうした?」


「なんだい?」


「あの炎が私自身に反応したのか、聖霊王の神具に反応したのか確かめたいの。二人も武器を出した状態で触れてみて貰えないかしら。見られたくない記憶が写りそうで嫌だったら一旦離れておくから……」


「……そうだな。でも別に離れなくて良い、今更お前らに見せられないようなもんは無いさ」


「じゃあ僕も。少なくとも君に大して隠している感情はないからね、どこぞの馬鹿と違って」


「本っっっ当に逐一ケンカ売って来るなお前はよぉ」


 何だかよくわからないけどピリピリしたまま二人がそれぞれ炎に触れるも、ただ炎の色が変わっただけで何も映らず。聖霊王の剣も弓矢も、特に反応を見せなかった。


「ってことはやっぱり、今の幻影には何か意味があったんだ。何を伝えたかったんだろう……」


 私の転生の事?それともブランについて?もしくは、なにか別の視点から見ないといけないのかしら。


(屋上……、落下……………。地面に落ちきる前に消えた映像……)


 そう言えば、幻影の私達はまるで水面に沈んだみたいに消えて見えた。もしかしてこの山、下にも何か秘密があるのかも!


「クォーツ!この島の下……海中について何か特別な情報って聞いてない?」


「えっ!?いや特には……。あ、でも過去の一覧を見た限り、地震もないのに津波が発生した事例が何件か……フローラ!?どこ行くの!?」


「船に戻るの!あの船、潜水も出来るから!!フェザー先生とテルさん達の居場所、わかったかも!」


 驚いて顔を見合わせたライトとフライもフローラ達を追って走り出す。

 出遅れたクォーツは急ごうとしたが一旦足を止め、恐る恐る山の焔に触れた。


 しかし、何も起こらない。


「クォーツ何してる!置いてくぞ!」


「ーっ!ごめん、すぐ行く!」


 走り出したその背後で開かれた、優しい瞳には気づかずに。



     ~Ep.370 炎の告げるもの~


   『全く、こんなに騒々しいのは実に何百年ぶりか……。お陰で目が覚めてしもうたわい』

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