Ep.369 魂を導く山
「痛い痛い痛い痛い痛い!何この激痛!こんなのがあとどれくらい続くの!?」
「薬を飲んだ、のが……7時頃だった、からーー……あと、2時間位、か、な……」
「ーー……っ!」
翌日。形式ばかりの魔導省の調べをのらりくらりやり過ごした私達は、一時帰国の為用意された船から水の国で潜水艇に乗り換え、その足で篝火山に直行することになった。そして今は、クォーツの言った“奥の手”……年齢操作の秘薬を飲み、力付くで身体のみを成人させるその激痛に悶える三人がここにいる。
今の皆の肉体は十代後半。既に成長期も概ね過ぎ去ったあとに無理矢理に骨や肉を引き伸ばされるその痛みは想像し難い。普段声を荒げないフライの叫びや、息も絶え絶えで目の光がないクォーツの様子に加えて、ライトが一声も発せずに足を擦っている様を見れば、どれ程筆舌に尽くしがたい物なのかと胸が痛んだ。
クォーツが頑なに『出来ればこの手は使いたくはなかった』と渋っていた理由がよくわかる。
「『かの者達に、数多の厄を退ける光の加護を。“ディスエーブル”』」
駆け寄って翳した手のひらから、星が降る様に光が三人を包む。多少痛みが緩和され余裕の出たライトが、少し覇気のない表情で私を見上げた。
「ありがとな、ずいぶんマシになった。……痛がってるのずっと側で見てるの辛いだろ、成長が済むまで休んでていいんだぞ?」
退席を促すその気遣いに頭を振って、更に個別に痛みの酷い箇所に術の重ねがけをしていく。
「もとはと言えばブランの為にって決定した事だもの、私にも何かさせて欲しいわ。それに、三人だけにしんどい思いをしてほしくは無いもの」
私の言葉に、仕方ないなと言うようにふっとライトが笑う。『成長痛って冷やすと少し楽になるらしいよ!』と厨房から冷やしタオルを大量に貰ってきたブランとも手分けして、三人の激痛緩和に走り回りながらあっという間に時間は過ぎ去った。
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あまねく命の終焉を見届け、役目を終えた魂の道標となる。
そう伝承になっている篝火山の頂きに鎮座する炎は、見る者の魂に応じて色が変わって見える。そんな不思議な焔の麓に、一目見ただけで息を飲むような美麗な男性が三名、降り立った。
「これはこれは……本土からの調査隊のお三方ですな。お待ちしておりました」
お坊さんのような装束を纏ったお爺さん達に出迎えられて案内される先にあったのは、山の入り口を閉鎖する鋼鉄製の扉だった。
「それでは、いってらっしゃいませ」
連なった鈴付きの仗でお清めを受けた後、鈍い音を響かせながら開いた扉の奥へと足を踏み入れる。草1本無い岩肌を一歩踏みしめると、足の裏からブワッと不思議な魔力の流れ込んでくる感覚がした。
「……よし、どうやら山中の監視役も居ないようだ」
ある程度進み出入口から離れた所で、大人化した三人に囲われるようにして身を隠していた私とブランが頭から被っていた布を払いのける。それを小さく畳み、クォーツが懐にしまい込んだ。
「貸してくれてありがとう、すごい効果ね。その認識阻害マント」
「まぁね~、国の暗部が潜入調査なんかに使う物だから」
「それ勝手に持ち出しちまって大丈夫だったのか……?」
ライトの疑問に『平気平気~』と笑ってからクォーツの瞳が真剣な色に変わり、未だ人姿のままのブランを見やる。
「それよりブランはどう?変化はなさそうかな」
「うん……翼も出せないし、魔力が戻ってくる感じはないみたい」
やはり入っただけでは駄目なのか。ライト達の大人姿が持つのは僅か12時間。変貌しきってから移動で既に3時間使ってしまったのであまり猶予もない。
管理人達の話では、向かう道中に姿を消したフェザー先生の前にもう一組、入山申請があったのだそうだ。無理言って名前を確かめさせて貰った所、案の定その依頼を出したのはロイドさんと、テル先生だった。
しかし、彼等もまた、申請が受理されてからその効力を失うひと月もの間、姿を見せないままであったと言う。
「つまり、ここたった2ヶ月の間に篝火山に来ようとした者達が揃って行方不明な訳か……」
「ますますキナ臭いね。とりあえずこの中での別行動は避けた方が良さそうだ」
篝火山の内部は、螺旋状に段差が天辺まで続いており、各階に祠が立ち並んでいる。とりあえずその祠を調べながら、ブランに異変は無いか。居なくなった人達の手懸かりは無いかを調査しつつ、山頂の篝火を目指すことにした。
「あの…………皆、何か感じない?」
「ーっ!?」
山の半分位に差し掛かった頃、ぽつりと溢した一言に顔色を変えたライトとフライが反射のように私を抱き寄せた。
「あっ!違う違う違う違う!!敵意とかじゃなくて!何かこう、土地の魔力が直接流れ込んでくるって言うか……」
「何だよ紛らわしい……。確かに土地柄的に魔力値は普通の場所に比べて格段に高いなとは思うが、別にそこまでは……何か感じるか?」
「いいや?僕も特には……。聖霊王の弓矢にも反応無いし。君の剣は?」
「こっちも無反応だな、指輪は?」
その問いかけに右手を見てみたけど、聖霊女王の指輪にも特に反応は無いようだった。でも、山頂に近づくにつれて身体の内側を揺さぶられるような感覚は確かに増していて、とても気のせいとは思えない。
「……実は僕も、ここに来てから何だか妙な気配を感じるんだ。気のせいだと思おうとしていたけれど、フローラの様子を見るに勘違いじゃないみたいだね」
唯一、私に同意を示したクォーツが山頂の篝火を見る。私には深い碧色に見えるそれが、皆にはどう見えているのだろうか。
「……二人とも、その流れ込んでくる魔力で具合が悪くなったりはしてないんだな?」
「うん、それは大丈夫」
「僕も平気。ただ……何だろう、一刻も早く、あそこに行かなきゃならない気がするんだ」
クォーツのその言葉でようやく腑に落ちた。そうか、私達は“呼ばれている”のかと。
「なら尚更、急いだ方が良さそうだな」
行こうと、誰からともなく走り出す。水一滴どころか一欠片の湿気もない乾ききった山中なのに、すぐ耳元で水泡が弾ける音がしたような気がした。
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海底火山、と言うものが存在することは知っていた。
かの聖霊の巫女達による建国時代、自然の摂理に抗うかのようなその海底に、聖霊と人が密やかに神殿を建てていたと言う話を研究者であるロイドから聞き、本当にそんな神秘に溢れた地があるならばいつか訪れて見たいものだと夢想したのも記憶に新しい。
「でも、こんな形では来たく無かったなぁ……」
篝火山の遥か下に位置する深海。強固な結界により地上と違わず呼吸だけは出来るその神殿の聖堂らしき場の十字架に鎖で固定されたフェザーは、同じく左右で磔となったロイドとテルを連れどう脱出すべきかの算段を立てながら、何度目かわからないため息を溢した。
~Ep.369 魂を導く山~




