Ep.368 変革の兆し
飛び起きた勢いで、慣れない寝台から転がり落ちた。鈍い痛みに呻きながら半身を起こして、辺りの様子を確かめる。
ここは魔導省の施設に用意された来賓用の一室だ。小さなデスクとランプ、寝台と、人の出入りは不可能な小ささの窓があるだけの。更には唯一の小窓に鉄格子まではめられていては、他者の侵入は絶対的に無理。牢獄の様でもあるけれど、裏を返せば扉に鍵を掛けている限り安全地帯の筈なのだ。
朝日が射し込んで明るい以外は就寝前と何ら変わり無い部屋に安堵してベッドから降りようとして、ぎゅうっと腰にしがみつかれる感触に引き留められた。
驚いて視線を腰に向ければ、毛布の下から伸びて私に絡みついている白魚のような小さな手。そう言えば、明らかに布団の下が私の体積を上回るサイズに膨らんでいる……。
(……い、いやでも!悪夢で寝相が悪くなってタオルケットか何かが丸まっちゃったのかも知れないし!)
意を決して両手で布団を捲ると、そこにあったのは丸まったタオルケット!なんて訳はなく。現れたのは、私にしがみつくように丸まって眠る白髪の美少年でした。
「だっ……誰ーーーーっ!!!?」
「フローラ!大丈夫か!?」
「何々、どうしたの!?」
「まさか魔道省の奴らに何かされたんじゃないだろうね、そうなら容赦しないよ?」
私の力一杯の叫びに気がつき数分せず飛び込んできたライト、クォーツ、フライの3人が状況を見て固まる。その美麗な顔から、表情が消えた。
一度大きく深呼吸をしたライトが、白髪の美少年を見ながら私に囁く。
「……念のために聞くが、知り合いか?」
「いや、初対面の筈なんだけど……???」
「ーー……だよな、やっぱ」
そんな中、騒がしさで目を覚ました美少年が目蓋を擦りながら起き上がった。
「なぁにぃ~……?朝っぱらからうるさいなぁ、もう……」
「……っ!何がうるさいなぁだ!お前……見ず知らずの女性の部屋に侵入してあまつさえ寝台に入り込むなんざ、余程命が惜しくないらしいな!」
「本当に、笑っちゃう。部屋に入れたってことは魔道省の差し金?こーんなお子様を刺客に使うなんて、僕らも舐められたものだよね。覚悟はいいかい?」
「君が何者なのかは知らないけど、流石にこれは見過ごせないよね。子供だから許されるとでも思ったの?残念だったね」
ライトに肩を掴まれ両脇からフライとクォーツに挟まれ、威圧感で一気に覚醒した美少年が悲鳴を上げる。
「ひっ……!ヤダヤダヤダ!!3人とも何そんなに怒ってるのさ!僕はただいつも通りに寝てただけなのに!!」
「はぁ?口から出任せも大概に……っ」
涙いっぱいで開かれた、金色と瑠璃色のオッドアイ。世にも珍しいその光彩に、その場の全員が理解した。
「ブラン……?」
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「全くもう!起きた途端激昂した男3人に取り囲まれてた僕の気持ち少しは考えてよね!ましてや変質者扱いだなんて失礼しちゃう!」
「いやあれは仕方ないだろう……悪かったよ」
『ほらお食べ』とライトに差し出された賄賂にかぶりつく美少年……改めブランの人間姿に、クォーツが困惑した声を溢す。
「それにしても、使い魔が人の姿になるだなんて聞いたこと無いよ。一体どうなってるの?」
「そうだね……誘拐騒ぎと言い、“使い魔”と言う種族に何か変革の時が来ているのは間違いないように思う。フローラ、ブランも、何か心当たりはないのかい?」
「ブランが人間化したことに直接的な関係があるかはわからないんだけど、実は夕べ…………」
聖霊の森にある、夢境の泉とそこに暮らす一角獣の事。聖霊側からは指輪を通じて私の意識をあちらに呼ぶことが出来る旨を含め昨晩見た夢の仔細を話す。
「聖霊の森の一角獣……、実在したのか……」
「えぇ、聖霊の巫女の試練でバラバラになってた時に出会ったの。それから音沙汰がなかったと思ったら……」
「昨晩、夢を通じて助けを求めてきた……って訳か。それで、当の一角獣はどうした?」
その問いかけに頭を振る。皆が落胆したように、そうかと短く呟いた。
「……そもそもずっと不思議だったんだけど、考えてみれば“使い魔”って何なの?どうして遮断されてしまった聖霊の森と人間界を行き来できるんだろう?」
「それについてはこれまで起きた諸々でまぁ検討がつかない事は無いが……」
「本当!?」
食い付いたクォーツに着席を促し、ライトがブランを立ち上がらせる。
「だが確証は無いし、今は後にしよう。それよりブラン、お前……今魔力使えるか?」
『ちょっと消してみな』と、ライトが小さな火球を掌に浮かべる。
使い魔は、産まれた際に聖霊王様から与えられた一属性の魔力と、召喚主である契約者から供給されている魔力の二属性を扱うことが出来る。他にも物質や空間に残る魔力の残り香をかぎ分けたり動物と会話が出来たり、主人に対する他者の感情を目視出来たりとか様々な力を秘めていたりするのだけど、実際の所は身体が小さいこともあり、使える魔術自体は初級の弱いものだけだ。
とはいえ、あれくらい小さな火なら問題なく消せる筈。ブランの主属性は風、もうひとつは私の魔力である水だもの。……と、思いきや。
「~っ!発動しない……!?」
猫姿の時と同じ構えで、魔力が出ないことに困惑するブラン。更にライトに翼は出せるか等のいくつかの問いを掛けられるも、全滅だった。
「……予感的中かよ。いつもならどんなに姿形が変わろうが魔力でブランだって気付けた筈なんだよな。それがまるで感知出来なかったからおかしいと思ったんだ」
「と、言うことはつまり……」
「あぁ。今のブランには魔力がない。つまり、この人間化が変身魔術にせよ呪詛の類いにせよ、まずは魔力を取り戻さないと元に戻しようがないってことだ。使い魔の生命線は魔力そのものだから、無魔力のまま戻したら死ぬぞ」
「それに、ブランは元々が純白の使い魔……誘拐事件の対象だ。その姿で勘づかれる事はなかなか無いとは思うけど、万が一にもいざ狙われた際に魔力が無いのでは自衛の術も無い。不安が多いね」
ライトとフライの分析に、ブランが怯えた様子でぎゅっと私の腰にしがみつく。
「ちょっと2人とも……!」
「ーっ!悪い、一番不安なのはブランだよな。悪かった、脅したい訳じゃなかったんだ」
「……うん、僕も、困らせてごめんなさい」
「謝ることねえって。とにかく当面は、ブランは常にフローラか俺達と一緒にいること。ただし……」
べりっと私から引き剥がしたブランを、ライトの手が高々と持ち上げる。
「人間の姿のままでフローラに必要以上にフローラにベタベタしないように。いいな?」
「え~?僕こどもだからわかんなーい!男の嫉妬は見苦しいよ?」
「ほう……良い度胸だ、命がご入り用では無い様だな?」
「わーっ!!嘘ですごめんなさいごめんなさいごめんなさい燃やさないで!熱っ!……く、ない?」
ライトの怒りで揺らいだ炎の一部が、暴れたブランの右手を掠める。その瞬間だけ、猫に戻った。と言っても、またすぐ人間の手になっちゃったけど。
「ーっ!ライトの魔力が効いたなら、やっぱり呪いの類い……?なら、篝火山に入れれば……」
死者の魂を導く焔を讃えるあの地には、浄化や解呪にまつわる知識も多いと聞く。フェザー皇子の手懸かりや、氷漬けになった使い魔達を救う手だての記述もあるかもしれない。
でも彼処は女人禁制で、成人男性しか入れない場所だ。今の私達では八方塞がりである。
「……よし!行こうよ篝火山!書状はどうにだってなるし。姿は……出来れば使いたくなかったけど、奥の手があるんだ」
重たい空気を切り裂くように、クォーツが明るくそう言った。
~Ep.368 変革の兆し~




