Ep.365 ライト、ひとり勝ち
「……っ、濡衣などではありません!」
ライトに睨みつけられた兵士達は一瞬たじろいだけれど、そう叫んでフライへの捕縛状を高く掲げた。達筆な字体でそこに記された罪状に見覚えがある。一字一句ゲームでのイベントに使われていたそれと違わない書状が、先程の嫌な予感を裏付けた様な気がした。
「先程新たに現場から回収されたフェザー様の衣服から、弓矢による物と思しき破けた箇所と血痕が見受けられました。しかし現場は周りに足場のない海上であり、船に同乗させた者達の素性もはっきりしております。以上の事柄より、犯人は空中に一定時間留まる事の出来る高位な風の魔導師であり、弓の扱いに長けた者であると上層部は判断致しました!」
「揺れ動く船上の標的を寸分違わず一撃で仕留めたのならば武器その物の性能も通常を遥かに凌いでいた筈。フライ様は聖霊王の力を持つ弓矢の使い手となられたでしょう。今、その弓矢がどちらにあるのかお見せ頂きたいですな」
「更に言わせて頂ければ、フライ様はご自身の王位継承権を高める為にフェザー様の存在を疎ましく思われていたとの報告も上がっております。今までは城内での力関係から大人しくしていたのが、聖霊王の力を手に入れた事で魔が差したのではありませんか?」
言いたい放題の兵士達が意地悪い笑みでフライを見下す。さっき私達を保護してくれた騎士さん達とは正反対だ、嫌な感じ!
そう感じたのは私だけでは無いようで、当事者であるフライより先に他の仲間たちも立ち上がる。が、それをライトが手振りで下がらせた。
「『聖霊王の力を手に入れた』?見当違いも甚だしいな」
皆を一歩下がらせ、逆に自分は兵士達の方に力強く一歩踏み出したライトが鼻を鳴らす。威厳さえ感じさせるオーラにたじろいだのか、兵士達が一瞬で押し黙った。
「聖霊の力は本来、自然の流れを正しく保つ人智の枠を超えた神秘の力。俺達はあくまでそのほんの一部を拝借しているに過ぎない。そこを履き違えると、後々自分達が泣きを見るぞ」
静かだけど威圧感のあるその言葉に息を呑んだ一番前の兵士に、ライトが聖剣を振り下ろす。けれど確かに兵士の身体に当たったはずの刃先には血の一滴もつかず、また、斬られたその兵士も恐怖に腰を抜かしただけで無傷だった。
へたりこんだ兵士の身体から、黒い靄が勢いよく霧散して消える。
「ひぃっ……って、あれ?私は、一体……?」
「聖霊の能力で作られた武器で人体を傷つけることは出来ない。これでどうやって暗殺に使えるって?」
そう言って実演してみせたライトが慣れた手付きでくるりと剣を回して鞘に収めた。ちょっと過激なやり方だったとは思うけど、この茶番の終幕と親友を馬鹿にされた怒りの対価としては妥当だろうか。
何より、斬りかかられた当人が無傷なので他の兵士達はこれ以上食って掛かってくる言い訳を見つけられないようだった。青ざめた他の兵士達が『再度調査して参ります』と、自分が先程まで何をしていたか理解していない様子の聖剣に斬られた兵士を抱えあげる。彼等が飛び出して行こうとしたその扉を炎で塞ぎライトが叫んだ。
「フローラ、水!」
「はい!」
室内が極力濡れないよう霧状にした水で立ち往生していた兵士達を覆う。先程の比じゃない黒煙が彼等の身体から飛び出し、初めにライトに斬られた以外の全員が意識を失った。
同時に再び騒がしくなった廊下から、今倒れた兵士達と所属の違う制服をまとった騎士達が駆けつける。よく見ると、さっきライトの指示で私とフライを保護してくれた人達だった。
「王太子殿下!皆様、ご無事ですか!?何やら異常事態だと伺いまして……ーっ!」
一人装飾の凝った装いのその人が室内に倒れている四人と呆けている一人の兵士を見据え、更にまだ魔力の名残がある室内を見回す。何かを理解したように目を眇めた彼に、ライトが兵士達がフライに突きつけて来た書状を広げて見せた。
「魔族による精神汚染を受けあらぬ嫌疑でフライを害そうとした者達だ。即刻連行し治療を受けさせた後、記憶の有無と事の仔細を聴取しろ。この書状の製造元の調査は魔導省に依頼を頼む。それから、わかっていると思うがこれは外すなよ」
全員漏れず腕に着けた赤色の宝玉付のバングルをトンと指先で叩かれ、騎士さん達が真剣な面持ちで頷く。そして揃って敬礼してから、彼等は素早く持ち場へと散っていった。ようやく静寂が戻って気が緩んだのか、ついふとした疑問が口をついてしまう。
「魔導省…………?」
「あぁ、女性陣は初耳だろうな。どうせ後日行くことになるだろうし説明はするけど、今は城内に洗脳の被害者が居ないかを確認する方が先決だ。学院で使った手で行こう」
「ーーっ!そうね!私、浄化付与した水ひと通り撒いてくる!!」
「……っ、フローラ!」
ハッとした様子で飛び出して行ったフローラを追おうフライとクォーツが立ち上がりかけたが、それをライトが制した。
「待った、今スプリングやアースランドの人間が不用意に動くのは邪推を呼ぶ。フローラの護衛は俺が行くから皆はここで待機しててくれ」
「…………っ!いいの?仮にも罪人かもしれない男を、見張りひとつ付けずに置き去りにして」
一瞬悔しげに歯噛みしてからのフライの憎まれ口に、片やライトは心底わけがわからないとばかりに呆れた表情を浮かべた。
「はぁ?阿呆か。フライがフェザーを傷つける訳ないだろ」
なんの疑いもなく、さも当然と返された言葉にフライがたじろぐ間に、ライトもフローラを追いかけ居なくなってしまった。
「フローラ!」
勢いで飛び出したものの効率的に水を撒くならどこが良いかしらと城内を彷徨っていたら、追いついてきたライトに右手をパシッと掴まれた。
「ライト!どうしたの?」
「どうしたもこうしたも、お前一人じゃ城の構造わかんないだろ。一番効率の良い場所まで案内するから。全く、毎度毎度迷子になりやがって、お転婆娘め……」
「はい、お父さんの仰る通りです。お願いします……!」
いつものノリで差し出された手を握った瞬間、ライトの右手が不自然に強張った。無言で先を歩き出したその横顔を見つめていると、いつもよりいくらか低いライトの声がポツリと落ちる。
「フライにもこうやって手繋がせたのか?なんせデートだったわけだし」
「ーっ!?」
まさかの問いかけに今度は私が固まる。振り返ってこちらを見るその眼差しが、熱いのにどこか冷たくて。
「それにはちょっと、その、事情があって……」
「事情?どんな」
更に声音を下げたライトに、いつの間にか壁際に押さえ込まれていた。って言うか、この通路自体何だか隠し通路っぽいんですが……!?
「そ、れは、言えない……っけど!どうしたのライト、何か変だよ……っ!」
恐いやら近すぎてドキドキするやらで必死に声を絞り出したその途端に、ライトの眼差しが変わった。ゾクッと一瞬背筋を駆けた痺れに力が抜ける。
「お前ほんっと、鈍すぎ。嫉妬で気が狂いそうだって、言われなきゃわからねぇか?」
「……っ!!」
擦れた声で囁かれて、初めての感覚にビクッと肩が跳ねる。目を閉じたまましばらく固まっていたら、不意に小さなため息が聞こえた。
「……なんてな。悪い、やり過ぎた」
首筋にチュッと軽い感触がして、恐る恐る目を開けた先で。そう笑ったライトが拍子抜けする位いつも通りだったから、私はもう何も言えなかった。
〜Ep.365 ライト、ひとり勝ち〜




