Ep.364 キナ臭い話
フェニックスの王宮は、朝までと違いどこか騒然としていた。表向きはそうと気づかれないよう体面を整えているが、明らかに城内を守る騎士団のようすがピリピリしている。
私とフライが案内された先は厳重に警備された応接室だった。
「殿下!フローラ様、フライ様、お二人を無事保護致しました!」
「あぁ、ご苦労!忙しなくてすまないがすぐに持ち場に戻ってくれ。何か情報が入り次第すぐに連絡を頼む!」
「御意!」
ライトの指示に声を揃えて応じた騎士さん達が退室し、広い応接室にはいつもの仲間のみが残った。今日は私の侍女として同伴していた筈のレインまで私服で呼び出されている時点でただ事じゃないのは丸わかりだろう。
「ライト……」
「聞きたいことはわかってる。順を追って話すからまずはクォーツを手当してやってくれ」
「ーっ!?」
そう言われ弾かれた様にライトの指し示した先を見れば、いつもよりぎこちない笑みを浮かべたクォーツが軽く片手を上げた。その手に巻かれた包帯に滲んだ赤色に血の気が引く。
ルビーに付き添われ腰掛けているクォーツの正面に駆け寄り、指輪から傷口に魔力を流す。癒しの力の副産物で有る金色の粒子が部屋に柔らかく舞い散る中、フライが焦れた様にライトの肩を掴んだ。
「……っ、君達の身にも何かが起きたことはわかったよ。でもまずは兄さんの件の詳細を聞かせてくれないか!」
「あぁ、勿論そのつもりだった。実は……」
明らかに顔に血の気がないフライを然りげ無くソファーに座らせながら、報告書らしき紙束を片手にライトが語りだす。
元々、休み前にテル先生が行方不明となった事を得てフェザー先生はアースランド領地である篝火山に調査に向かう手筈になっていた。私には正確な日取りは教えて貰えていなかったけれど、その調査日が今日からであった事。そして、予定通りにスプリングを出立した筈のフェザー先生の乗った船が予定の時刻に現れず、様子を見に放った使い魔が上空から海に浮かぶ船の残骸と、焼け焦げたスプリングの国章入のマストを目視したと言う事を聞き、フライは膝の上で拳を握りしめた。
「何だよ、それ……!篝火山云々は疎か、先生が居なくなったって話すら聞いてないよ。そもそも篝火山に立ち入るには申請書にアースランド以外の2カ国の王族の署名が居るのではないの……!?」
「その申請書へのサインは俺がした」
「……っ!!?」
目を見開いたフライが勢いよく立ち上がるけれど、精神的な疲労のせいか盛大によろける。その身体を支えたのは、治療を終え完全回復したクォーツだった。
「気落ちしてる時にあまり派手に動かない方がいいよ、大丈夫?」
「……あぁ、ごめん。君は?」
「僕はただの切り傷だったから平気。ほら、フローラのお陰でもう完治だし!……ただ、襲ってきた奴等が問題なんだよね」
含みのある物言いにフライが目を細め、私は首を傾ぐ。一体どう言うこと?
詳しく聞いたところ、小一時間程前の話だ。薬の取引の為に薬草園に向かっていたクォーツ達の馬車が、日中の町中にも関わらず激しい旋風に襲われ、その隙に中に押し入ってきた賊と戦闘。狭い場所だった上に御者を人質に取られたクォーツは一瞬の不意を突かれ傷を負ってしまった訳だけど、その話の不自然さに皆で眉をひそめる。
「まさか……」
「そのまさかだ。クォーツが返り討ちにしたそいつらの中に、風の魔力を持つスプリングの元貴族が……いや、はっきり言おう。キールの父親である、元アルヴァレス侯爵が居た」
驚いたようにフライが目を見開き、ライトは溜め息をこぼしてから取り出した折曲げられた矢を軽く揺らして見せた。
「更に同時刻、俺に向かって一斉に飛んで来やがったこれはアースランドにしかない特殊な製法の弓矢。そして船の残骸から見て、恐らくフェザー達を襲ったのは……」
「……水に満ちた海上で大した燃料もなく炎を大きくするのは難しい。船を一隻燃やし尽くすほどの威力だったのなら炎の魔力の使い手が敵に居たと見なすのが自然。……だよね?」
「……っ、あぁ、なるほど。それでわざわざこの事態にご丁寧に全員集合させたわけ」
ライトの後を引き継いで私が推察をし、それをうけたフライが頭を抱えてソファーに崩れ落ちる。皆が険しい顔をしている中、エドが皆の顔を見回しながら肩身が狭そうに手をあげた。
「あの……すみません。俺には今の情報から何がわかったのかさっぱりなんですけど……」
「貴方、それでも貴族ですの?曲がりにもお兄様達の側付きであるのならこれ位察せるようにおなりなさいな」
「なっ、何だよ!だから恥を偲んで……っ「エド?」……すみません何でもないです!」
ルビーと言い争いかけたエドにしっかり圧をかけてから、クォーツが端的に話をまとめる。
「今の状況を表面だけで見れば、フェニックスの者がスプリングの王族を、スプリングの者がアースランドの王族を、そしてアースランドの者がフェニックスの王族を攻撃したと疑われる事態だ。つまり今回の黒幕さんの狙いは四大国の仲違いって訳さ」
「…………っ!」
絶句したエドの手から落っこちた写真がビロードの絨毯に広がる。それを広い集めながらライトが『キナ臭い話になってきたな』と呟いた。
「まぁ、犯人に思い当たる節が無いわけじゃないが」
ぎょっとした皆の視線を一身に浴びながら、ライトが聖剣を取り出しダンっと床に突き立てた。
「別れ際にハイネ達が言ってたろ、『魔族の力の源は人間達の負の感情だ』ってな。王家同士の諍いは悪化すれば最悪戦争に繋がる。そうなったとき、一体どれ程の人間が絶望に苛まれるだろうな」
問いかける形ではあったけど、実質断定的なその言葉に誰もがハッとする。
実行犯がどうなっているかはまだわからない。けれど、今回の黒幕は恐らく、魔族だ。
冷え切っていく脳裏に、行方の知れない本来のヒロインの姿が一瞬過ぎった。
❨いや、でも彼女が魔族と関わり合いがある証拠は無いし……。それに、暗殺イベントから遠ざける為にわざわざスプリングから離れて貰った筈のフェザー先生がこんな形で行方知れずだなんてどうして……❩
フライは大丈夫かと横目で見てみるけど、ソファーで項垂れている彼の表情は読めなかった。せめて、フライがフェザー先生暗殺の容疑をかけられずに済んでいることがせめてもの救いだろうか。
「いけしゃあしゃあと……!言っとくけど僕、書類のサインの件は君を許さないから!ライトがそんな奴だったなんて……っ」
「おいおい、お前な……それは誤解だろ。俺は……っ!」
呆れ気味のライトが怒りを燃やしているフライに説明しようとした口を不自然につぐみ、途端に廊下が騒がしくなる。
荘厳な王宮内に相応しくない剣や鎧がぶつかり合う耳障りな金属音に、嫌な予感がした。
その喧騒はあっという間にこの部屋の前に来て、止まり、そして盛大に扉を開け放した。飛び込んできた見慣れない制服の騎士達が、各国の王族集まる室内へ異居丈高に叫ぶ。
「御前失礼致しますがお許し下さい皆様!我々は今、フェザー・スプリング殿下暗殺の容疑者であるフライ・スプリングの身柄を拘束しに参りました!」
「ーー……は?」
たっっぷり間を開けてからフライが掠れた一文字を吐き出す。瞬間的に、騎士たちは一斉に呆然としているフライを取り囲もうとした。
しかし、それは叶わず一瞬の風を切る音に隊長らしき男が動きを止める。
「不躾だな、お前達。誰の友にあらぬ疑いをかけているか理解してるんだろうな」
フライの前に立ち隊長の喉元に聖剣の切っ先を突きつけたライトが、ドスの効いた声で呟いた。
〜Ep.364 キナ臭い話〜
『燻る火種は、まだしぶとい』




