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Ep.362 似た者兄弟

 翌朝。ヴァイオリンのケースを片手にまだ少し霧がかった森へ向かった。ちゃんとたどり着けるか不安だったけど、意外とすぐの場所に目当ての小屋はちゃんとあった。あの頃より少し色あせた懐かしい扉を控えめに叩く。


「テル先生、お久しぶりです。いらっしゃいませんか?」


 返事がない。ほごしゃにバレると一緒に来るって言われそうだからこっそり来たんだけど流石に早朝過ぎただろうか。お爺さんだから起きてるかと思ったんだけど、そもそもアポ無しだしなー……。


 留守だった場合の事を考え用意しておいた手紙をケースから取り出す。伺いたいことがあるので近々お会いしたいと言う簡素な内容のそれをポストに入れようとして、手が止まった。

 封筒一枚ねじこむ隙間もないくらい、そこが様々な封書で溢れていたからだ。


 はみ出した封筒やハガキも目新しいものから雨風に晒され劣化した古いものまでまちまちだ。大分長いこと放置しているのだろうか。

 学院内の郵便物は全部、先生方の使い魔達が配達を請け負っている筈だけど……。


「そう言えば、最近はそもそも郵便係の使い魔の姿も見かけてないような……」


「それは教授方が昨今不定期に起きている使い魔の失踪事件を案じているからじゃないかな?」


 ぽんと背後から肩を叩かれ驚いて飛び退いた。その反動でぶつかったポストの扉が開き、大量の郵便物が辺りに飛び散る。


「ごっ、ごめんなさい!」 


「いやいや、こちらこそ驚かせて申し訳なかったね。それにしても何故フローラちゃんがここに?」


 一緒に散らばった手紙を集めながら首を傾いだフェザー先生に私は昨夜キール君から聞いた話を伝えた。


「あぁ、確かにいい目の付け所だね。フライ程ではないが、彼も中々頭が切れるから。実際良い働きをしてくれているし……あんな良い人材を虐げて失脚したアルヴァレス家は愚かとしか言いようがないな」


「キール君のご実家は確か爵位剥奪の平民落ちでしたね。大きな商団に嫁いでたお姉様はどうなったんですか?」


 そもそも、すべての原因はそのお姉様がフェザー先生にちょっかいかけて玉砕したからだよね?と何の気無しに聞いたら、フェザー先生は眼鏡を軽く押し上げニコリと笑った。


「知りたいかい?後悔しても知らないよ?」


「あ、やっぱり結構です……」


 レンズの向こうの瞳が全く笑ってない。怖い。でも……


「……ふふっ」


「どうしたの?」


 つい笑ってしまった私に目ざとく気づいたフェザー先生が眉根を寄せて首を傾いだ。その表情にやっぱり笑ってしまう。


「ふふ、ごめんなさい。フェザー先生、無理に取り繕ろわなくなってから表情や口調がフライとそっくりだからつい……」


 そうクスクスと笑う私に、フェザー先生は困ったように笑った。


「参ったな、そんなにかい?周りにはあまり似てないと評されて来たんだけどな……」


「それはフライに周りから余計な圧がかからないようフェザー先生がわざと本来の人柄を隠していたからでしょう?二人は昔からそっくりさんでしたよ」


「……っ、なんだ、バレてたかぁ。君には敵わないな」


 へにゃっと笑うその顔は、昔から変わらないいつものフェザー先生だ。

 一瞬、眼鏡の向こうの双眸が揺らいだ気がしたけど気の所為だったのかな。


「それにしてもテル先生はどこに行ってしまったんでしょう?それにこんなに郵便物が乱雑に溜まるなんて普段ならありえないし……っ!」


 そうだ、スルーしかけたけど今さっきとんでもないかつ聞き覚えのあるワードを聞かなかった!?


「フェザー先生!使い魔失踪ってどこの国で起きているお話ですか!?」


「あぁ、しまった。君が相手だとつい口が軽くなってしまうな……」


 『まだ調査中だからくれぐれも内密にね?』と小首を傾げてからフェザー先生が語った内容に、ガックリと肩を落とす。


(スプリングの港町から始まった条件も犯人の目的もわからない使い魔の失踪と、聖霊の森に通じる大樹の衰弱……。間違いない、フライルートの最終イベントの前触れだわ……!)


「不安にさせてごめんね。でも今の所被害はスプリングのみで他国や学院内での事案は聞いていないし、そんなに心配しなくてもブランは大丈夫だよ、きっと」


 打ちひしがれた様子がそう感じたのか、かけられ慰めの言葉にはてと首を傾ぐ。ブランは本来、元々ヒロインの相棒だ。そしてこの使い魔失踪事件に、何か深く関わっていたような気がするのだ。


(でも駄目ね、細かくは思い出せない。つまり今の流れは、本物の“フローラ王女”の記憶とリンクしてしまう部分があるということかしら)


 靄がかったような記憶の曖昧さがもどかしい。ついぎゅっと力の入ってしまった手元で、見覚えのある字がくしゃりと歪んだ。慌てて広げたそこに記された差出人の名に目を見開く。


「ロイドさんて……あの聖霊研究者のロイドさん?何でロイドさんがテル先生に手紙を……?あっ!」


 はてなを飛ばしまくる私の手から取り上げた手紙を迷わぬ手付きで開き、フェザー先生がふむと呟く。


「だっ、駄目ですよ!他人(ひと)様宛の手紙勝手に開けちゃ!」


「それは通常時の話でしょう?家主の居所がわからない今はその限りではないよ。責任は後で取るさ」


 それより見てご覧、と広げられたのは地図だ。位置的に多分アースランドの、しかも、国が管理している機密区域の。


「これ、篝火山(かがりびやま)……ですよね?」


「あぁ。どうやら彼は大地の神具の手掛かりがここにあると踏んだようだね。そして何の因果が、立ち入り許可を持っていたテル氏に同伴を求めたらしい」


「じゃあ、テル先生は誘いに応じてアースランドへ?」


「それはどうだろう。なにせこの手紙は未開封だったからね」


 しれっと返され、また堂々巡りになってしまった。じゃあテル先生は何処?


「でもまぁ、旅支度をして出掛けたのは違いなさそうだし拐われた可能性は低いだろう」


「え?どうしてわかるんですか?」


 問い返した私に、フェザー先生は苦笑して玄関前のスロープについたキャリーケースの車輪の跡と窓にはめられた風よけ板を指差した。なるほど。


「じゃあ、テル氏の捜索はうちの暗部とキールにでも任せるとして僕はこちらに行ってこようかな」  


「え!?」 


「篝火山は、年間ほぼ毎日のように謎の炎が揺蕩い地鳴りの響く、大陸でも有数の危険地帯だ。故にアースランド王家に認められた一定値以上の魔力を持つ()()()()しか立ち入りを許されていないことはフローラちゃんも知っているね?」


 口調も笑みも柔和だけれど、その裏にはっきりと『だから僕が行くのが一番手っ取り早いよね?』と言う圧を感じる。やっぱフライのお兄様だわ、この人。


 どうしよう。確かにロイドさんの呼び出しは気になるけど、フェザー先生に危ない目には合ってほしくない。ただ……。


(もし今本当にフライの最終イベントが始まってるなら、フライとフェザー先生を側に居させる方がもっと危険だ)


 ぎゅっと一度胸を押さえてから、まっすぐに顔を上げた。


「わかりました。よろしくお願いします!」


「お任せ下さい、お姫様」


 ふわっと頭を撫でられて一瞬ドキッとした。してやったりと笑う顔に、意趣返しされたと察する。


「……大人気ないですよ」


 細やかな私の呟きは余裕の笑みで受け流された。なんか悔しい。


「さて、話もまとまったことだし帰りなさい。明日からの連休の支度も色々あるだろう?」


「……へ?」


 急にお兄さんぶったその口調に一瞬固まる私。


「例えば何処かの王子様とのデートに着ていく装いとか……ね」


 わざわざメガネを外したフェザー先生が、瓜二つの顔で意地悪く笑う。今日一番の良い笑顔に、フライの笑みが重なった。


「わ…………忘れてたーっ!!!」


    〜Ep.362 似た者兄弟〜


  『一難去ってまた一難。王女の悩みは終わらない』


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