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Ep.361 目から鱗

「これ、なーんだ?」


 私が目の前に掲げた華やかなその本を見たライトが頭を抱えた。


「お前……、どっから手に入れたんだよ」


「昨日ルビーとレインから借りたの。ライトがこの間読んでた本もこれだよね?」 


 クラスで流行ってた、なんて嘘。厚いカバーはどんな本か見られないように。あの時話をはぐらかしたのは、私に内容を教えたくなかったからだ。


「申し訳ありませんライト様!」


「まさかあんな形でバレてしまうとは思いませんでしたの!許してくださいませ!!」


「いや……まぁ、うん。仕方ないさ、当事者だもんな。遅かれ早かれバレてたさ」


 口々に謝った二人に苦笑を向けてから、ライトが気まずそうに頭をかく。


「……どこまで読んだ?」


「もちろん、最初から最後まで」


「だから言ったじゃないか。一度上がった火の手は鎮火は難しいって」


 だよな、とライトが力無く笑うしかないのも頷ける。

 ロマンス小説はいわゆるロマンチックな恋愛を題材にした、こちらの世界で言う少女漫画だ。実際は小説だけど。故に若い世代に浸透しやすく広まりやすい。人気作品なんて市場に出回るのもあっという間だ。フライの言い分も最もだろう。でも、問題はそこじゃない。


 『恋の花道』と言うタイトルをつけられたこの本の内容が、そっくりそのままこの世界(乙女ゲーム)の筋書きを記していることが問題なのだ。

 

 主要キャラや国名等はきちんと変えられているけれど、ヒロインと炎の皇子の運命的な出会いから始まり、2種類の魔法が扱える特異性から貴族しか通えない筈の学院への入学。

 更に大地と風の国の皇子ややんちゃな後輩、温和で知的な教師も加えた男性陣から溺れるように愛されるヒロインと、その対極として彼女を虐め抜く水の魔力を持つ悪役皇女。どの配役が誰を指し示すかなんて、初等科の生徒にすらわかるだろう。


「明らかに俺達だとわかる書き方でこの内容だ、野放しにすれば混乱を呼ぶ。一刻も早い回収が必要なのは明白だろう」


「そうね。でもそれなら、全部の国で一斉に回収を働きかけなきゃ非効率だった筈だわ。それなのに皆がこれの存在を私に内緒で消し去ろうとしたのは、小説の“悪役皇女”の印象と私へのイメージを重ねて攻撃されたり傷つく事が無いようにする為。違う?」


 全員が気まずそうに視線を泳がせた。図星なんだろう。


「……っ、参った、降参だ。全部お前の読み通りだよ。それで?わざわざ人払いしてから話を持ち出したんだ。何か考えがあるんだろ?」


「えぇ。この本の著者がわかっても、捕まえずにしばらく泳がせておいて欲しいの」


 全員がぎょっと目を見開いた。さっきから揃って似た顔してるよ?仲いいなぁ、もう。


「皆、大丈夫?」


「あ、あぁ。悪い、お前がそんな事言うのはあまりに意外で……」


 そうだろうなと自分でも思う。

 明らかに罪だとわかっている事を見逃して泳がせると言うのは、その泳がせた期間に犯人に罪を重ねさせてしまう事だから。

 

 でも、この小説は明らかにゲーム経験者にしか書けないレベルで細かく書き込まれていて、しかも情景から時間の流れまでがわかりやすい。渡りに船とはこの事だ。誰が何の目的で書いたにせよ、先の展開がわかるこれはきっと武器になる。まだ未完結のようだし、完結までは書いて貰わなくては。


「ずるいやり方なのはわかってるよ。……でも、ライトがキャロルちゃんを殴りそうになっちゃったって話を聞いた時に思ったの。私の為に、大切な人達の手が汚れちゃうのは嫌」


 それなら、自分の手を汚す方がずっとマシだ。だから。


「使えるものは使うし、ちょっと位のズルはするよ。大切な者を理不尽に奪われない為の覚悟は私だってちゃんと出来てるから。だから、護ってくれようとして蚊帳の外にしないで」


「………………はぁ、いつの間にか本当にたくましくなっちまってまぁ」


「そりゃあ、散々色々乗り越えたもん。皆と一緒に」


 そうだな、と自然に笑い合って、次の瞬間空気が切り替わった。


「著者に関してはキールが探ってる。不敬罪と国家内乱罪になりかねない内容だからね。作者はもちろんだけど製本をして売り出した者達もまともじゃないだろうから。以前ライトが誹謗中傷を受けた時に潰した新聞社と繋がっていた裏の印刷所を当たると言っていたよ」


 流石フライだ、仕事が速い。目の付け所もバッチリだ。


「分かったわ、名前がわかったら教えてもらえるようにキール君に伝えてくれる?」


「わかった」


「後の問題は作者の意図だな。皆はどう見る?」


 そうね。考えられる理由はいくつかあるけど……。


「『これから起きる危険を喚起して私達に警告する為』か、もしくは……」


「『真実と偽りを混ぜ込んだ情報を流すことでこっちの混乱を誘ってる』とかですかね」


 私の言葉を引き継いだエドがうんざりした顔になる。

 前者なら味方、後者なら敵の確率が高いからね。出来れば味方だと良いんだけれど。


「当面の方向は決まったな。作者に直接手出しはしないが、混乱を防ぐ為に本の回収は継続。確認用の一冊を残して破棄するが、皆くれぐれも無闇にこの本を読まないように。いいな?」


 ライトのその念押しにふと違和を覚えた。


「読んだ人に何かあったの?」 


「……あぁ。普通の人間は何ともないだろうが、確認の為に仲間内全員で読んだ時にな。物語の方の人格に意識を引っ張られて錯乱状態になった。すぐ収まったけどな」


 シナリオの強制力……!まさか今更、こんな形で出てくるなんて。


「錯乱状態って、誰が……」


 一瞬、ライトがクォーツの方を見た。クォーツが頷いたのを受けてから、私の問いに答える。


「俺とフライは大丈夫だった。錯乱したのはクォーツとエドガー、ルビーとレインは気分を悪くして立っていられなくなった」


 フライが神妙に頷き、クォーツとエドは不甲斐ないと拳を握る。ルビーとレインは、まるで頭の中をかき混ぜられるような不快感を味わったと口にした。


「フローラも読んで何ともなかったのなら多分影響の有無を分ける線引きは聖霊の加護だ。当面、本の内容を確かめるのは俺、フローラ、フライのみとし、他の面々は引き続きこいつの作者と大地の神具の情報集めに徹してほしい。以上、解散!」


 ライトの宣言でピリッとしていた空気は霧散した。

 それでも浮かない顔の私に、クォーツが穏やかに微笑む。


「そんな顔をしないで、フローラ。逆に考えれば、この本みたいな切っ掛け(トリガー)がなければシナリオの強制力とやらも僕等に干渉出来ないって事でしょう?」


 『大丈夫、負けないから』。その一言と凪いだ眼差しが『信じて』と言っている。私が頷くと、クォーツは嬉しそうに笑った。















 しばらく過ぎた頃。帰る直前に不意に物陰から声をかけられた。


「フローラ様、ご報告に参りました」


「キール君!作者さん見つかったの!?」


「申し訳ありません、名前まではまだ……。ですが、出版元はどうやら風の国(スプリング)のようです」


 そうか……、やっぱり簡単には見つからないのね。


「情報集めって大変なんだねぇ。何も出来ないのが歯がゆいわ」 


「そんなことはありませんよ。フローラ様が校内や寮水に浄化魔法をかけて下さったことで魔族による汚染は順調に回復しておりますから」


「あはは、ありがとう。……でもやっぱり、大地の神具が未だに見つからないのが気がかりだわ。あんなに色々な文献を読んだのに一文字も記載がないなんて」


 つい溢した愚痴にふむと考え込んでから、キール君は何かを思い出した顔になった。


「では、全く違う方向で調べてみてはいかがでしょう」


「違う方向?」 


「はい。これだけ徹底的に紙面に記録がないのであれば、意図的に消された可能性が高い。文献への期待は出来ないでしょう。ですが……お伽話や口伝では如何です?」


 目から鱗だった。確かに、人の口ほど軽いものはない。調べてみる価値はある!


「でも、絵本はともかく口伝はねぇ。その土地まで行かないと中々……」


「わざわざ各地を回らずとも、各地を巡り伝承を弾き語る吟遊詩人でも探せば良いのでは。昨今はあまり見かけませんが、私は王宮で幼い頃に一度お会いしたことがありますよ。ヴァイオリンのお好きな……確か、テル先生とおっしゃいましたか」


 そのあまりに懐かしい名前に、本日何枚目がわからない鱗が私の目から零れ落ちた。


     〜Ep.361 目から鱗〜




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