Ep.360 ロマンス小説
結局受けてしまった…………!
デートを承諾するなり渡された予定のメモを握りしめて自室の机に突っ伏す。
「断りきれなくて了承しちゃったけど……でもこうするより他無かったですよね!!?」
誰が聞いてる訳でもないけどすごくすごく、何故だがすっごく後ろめたい気持ちを振り払う様にパンッと自分の頬を叩く。
(はぁ、告白の返事どうしよう……)
流されたのが丸わかりの態度でデートを了承した時の、フライの何とも言えない儚げな笑みを思い出す。小さく胸が痛んだ。
あぁ、駄目だ。こう言う時は考えれば考えるほどドツボにはまってっちゃうし止めた方が良いのはわかっているのに、このまま寝ようとしたらきっとひと晩中この事考えちゃう。
こう言う時は、ひたすら他の事に没頭してしまうに限るのだ。そう自分に言い聞かせた私は、6歳から書き続けてきた古びたノートと新しいノートを並べて机の上に広げた。
「ふぁぁ、おはよう……って何事!?」
翌朝、寝ぼけ眼のブランが見たのは徹夜で机にかじりついていた私とその周りに散乱する紙の束だった。パタパタと飛びながら私の手元を覗き込んだブランが不思議そうに首を傾げる。
「これ……“乙女ゲーム”の方のこの先の未来の内容?」
「そうよ。一度子供の頃に書いたメモをもう一度時系列に合わせて書き直したいと前々から思ってたの。昨夜は寝付けなかったからいい機会だと思って始めたら終わらなくなっちゃって……」
聖霊王様達としてはこの世界が乙女ゲームのシナリオに流されないことを望んでいる様だし、これまで生きてきた感じは正直私もシナリオの強制力のような物を感じたことはない。けれど……。
「今は高等科二年生の後期。ゲームでは丁度ヒロインが選んだキャラのルートに合わせて様々なイベントや事件が起こり始める正に分岐点なの。用心しておくに越したことはないと思うわ」
そもそも乙女ゲームの舞台自体高等科のみだ。今まで影響を受けずに私達が動けたのは単にまだその期間に入っていなかったからではないかとも取れる。そもそも一年生の期間の大半私達は学院に居なかったし、ヒロインであるマリンちゃんは行方知れずのまま。だから、影響を受けていない今の状況を楽観し切れない。最悪の事態に備えた対策は必須だ。なんせ高等科終盤に起きる事件は規模が大きく、犠牲が多い。
幸か不幸か、それぞれのルートの最大事件はネットのファンやアニメ、攻略本に付いてた短編やネタバレ等でたくさん情報を目にしてたし、内容自体がかなり印象的だったので時期と概要は大体覚えてる。
「ただ問題は、どの順序で起きるかまでが不明確って事なのよね……」
季節のみに割り振れば、フライルートとクォーツルートの最大事件が秋。フェザー先生ルートとエドルートの最大事件が冬。ライトルートの最大事件が春だ。隠しキャラはもう知らない。顔もわかんないし。執事さんキャラだったらしいけど。
何にせよ、くどい様だけどこれらの最大事件は無事解決出来るかどうかでエンディングも分岐する山場。失敗すれば多大な被害者が出てバッドエンドまっしぐらだ。なのに、それなのに…………!
「あくまで“二年生以降のこの季節”ってしか決まってないから何月に、季節が被った事件はどの順番で起きるのかの目処が立てられないんだよーっ!大体一つでもかなり大規模なのに同じ時期に被ってる2つが同時に起きることはあり得るの!?」
「ぐぇっ!ちょっ、胸、胸!胸に殺される……!」
「あっ、ごめん!」
「全く気をつけてよね。ライト達に話してみたら?」
「話したよ、前世の話を改めて説明した時にね」
でも、私の説明やこのノートはあくまで箇条書きにした“情報資料”であって、小説みたいにそこに至った経緯や関係者の物語を記した物じゃない。
皆真剣に聞いてくれたし地頭が良いから漠然とは理解してくれたみたいだけど、やっぱりピンとは来ていないんだと思う。
「本物の“フローラ”の哀しい記憶を引き継がない為に花音の前世の記憶には王様が所々鍵をかけちゃってるからね。明確に思い出せないのも無理ないかも知れないけど……」
「そうだよね。いっそあの乙女ゲームの内容が1から10までわかるような小説とかがあればいいのだけど……」
「そんなのあるわけないよ」
「そうよね。いけない、そろそろ学校行かなきゃ……ーっ!」
と、立ち上がった瞬間目眩がして床にへたり込んだ。
「ちょっと大丈夫!?徹夜なんかするからだよ、今日はお休みして寝たら?」
「駄目よ、私だって王族なんだから、他の子たちの規範になるように授業はきちんと出ないとね」
とはブランに言ったものの。
(さ、流石に無理しすぎちゃったかな……。これは駄目だ、帰る前に一旦仮眠を取らないと)
周りに人がいる間は大丈夫だったんだけど、一日のスケジュールが終わって人気の無い場所に来た瞬間にぐらっと視界が回った。立っていられなくなって、壁伝いに何とか医務室を目指す。ここから一番近いのは確か図書館の手前の西棟だっけ。人気も少ない棟だし途中で倒れないようにしないと。
何とか辿り着いた医務室はもぬけの殻だった。
先生が戻るのを待ちたかったけどもう身体が限界だ。教員宛用のメモ紙に体調不良で寝台を借りる旨と自分の名前を書き込んで、そのまま意識を手放す。そよ風に揺られたカーテンが机に乗せていたメモを飛ばした。
「私許せませんわ!なんて不埒な内容なんでしょう!こんなものお兄様達やフローラお姉様への侮辱ではありませんの!!」
ガラッと扉の開いた音と怒気に満ちた声に微睡んでいた意識が浮上する。時計を見たらベッドに倒れてから既に一時間経っていた。うん、少しは楽になったしこれで無事帰れそうだ。
ところでさっきの声は……。
「落ち着いてルビー。誰かに聞かれたらどうするの?噂になったらフローラの目に入る前にわざわざ図書館に入っていた分を纏めて回収してきた意味がなくなってしまうわ」
「構いませんわ、だから人気のないここまで来たのでしょう?西棟の医務室は一番使用頻度も低いですし、先生は今会議中の筈ですもの!フローラお姉様のクラスの方に伺ったらお姉様は今日はもうお帰りになられたそうですし問題ありませんわ」
ところがどっこい、きちんとカーテンに仕切られたベッドの中に居る私。先生に宛てたメモを見落として私がいることに気づかないルビーとレインは、どうやら図書館からここまで移動してきたようだった。憤りながら手にしていた本を開こうとしたルビーの手をレインが掴んで止める。
「駄目よ。ライト様が仰っていたでしょう。どんな悪影響を受けるか未知数だから無闇にこの本を読まないようにって。誰が書いたかもわからないし……」
「誰って!名前こそ変えてありますが、明らかにお兄様達がモデルの王子達が特待生の平民娘に入れあげて婚約者だった水の国の姫君を断罪する話ですのよ!?こんな不躾な内容、あのマリン・クロスフィードが書いたに決まっていますわ!」
あぁ、なるほど。そこでようやく話が見えてきたので身なりを整えてそっとカーテンを開く。私の姿を見たレインがぎょっとした顔になった。
ルビーはベッド側に背を向けて居るのでまだ気づいていないようだ。その背中に近づいて、そっと耳元に囁く。
「随分面白そうな本ね、私にも貸してもらえるかしら?」
「ーっ!!!?フローラお姉様!?どうして……っ」
「少し具合が悪くなっちゃってベッドで仮眠を取っていたの。盗み聞きしちゃってごめんね」
『だけど……』と言葉を切ってルビーの抱いている本を見ると、二人がさっとそれを自分の背に隠した。
「随分興味深い内容だったからつい聞き入っちゃって。ねぇ二人とも、私、仲間はずれは寂しいなぁ」
しゅんとした表情で見つめれば、途端に罪悪感を顔に出す二人。そんな友人達に向かい、真っ直ぐ右手を差し出した。
「だから、ね?もちろん貸してくれるよね」
いつかのフライのように、優雅に微笑み首を傾ぐ。顔色を無くした二人が観念したように一冊の本を私の手に乗せる。
それは、純白の表紙に色とりどりの花と金の縁取りの装飾が付いた『恋の花道』と言うタイトルのロマンス小説だった。
〜Ep.360 ロマンス小説〜




