Ep.359 戸惑う心
「どうして、ここに……?」
「どうしてって、兄さんに整理の手伝いを頼まれたからね」
やっぱりそうですよね!夕暮れに照らされ振り返ったフライから視線を逸らし、私は床に崩れ落ちた。
してやられましたよ、お膳立てって奴ですよ。フェザー先生ったら全部わかってて私とフライがふたりきりになるようにしたよね!?
脳内のイマジナリーフェザー先生が『だってやっぱり僕は可愛い弟の味方だしー』と言っている。
振り返ってドアノブを回してみるもやっぱり開かない。ですよね、さっきガチャンって言ったもん。
(ど、どうしよう……)
「心配しなくてもいいよ。資料室は盗難防止のために自動施錠だから内側から開く用の鍵があるんだ。兄さんからちゃんと預かってるよ」
「本当!?きゃっ……」
「やっとこっち見た」
いつの間に背後まで来ていたんだろう。弾かれたように振り返ると、真後ろに立っていたフライに手首を掴まれてしまった。間近でじっと見つめられてなんだかモジモジしてしまう。
「あっ、あの、これじゃ整理も出来ないし、離して……!」
「駄目だよ。今手を離したら、君はまたライトの元へ行ってしまうんでしょう?」
「……っ、そんな事……っ」
「入ってきたときから顔が赤かったのは夕陽のせいではないよね。ここに来る前に、ライトに会ってたからじゃないの?」
図星を刺されたのとさっきのライトの顔を思い出したせいでまた頬が焼けるように熱くなる。チッと、小さな舌打ちが聞こえた。
「……本当、気に入らない」
パチンとフライが指を鳴らせば、鍵は小さな竜巻に抱かれ天井まで飛んでいってしまった。フライの魔法だ、あれじゃ私には届かない。休日だから廊下を通り掛かる人も居ないだろうし、どうしたら……!
「さて、とりあえずやる事は済ませてしまおうか。僕上の方やるから、フローラは低い棚をお願い」
「……へ?」
パニックになる私を他所に、フライはさっさと私から離れ資料の整頓を始めた。拍子抜けしている私に対し、フライが悪戯な笑みで振り返る。
「どうしたの?ひょっとして何か期待した?」
「〜〜〜〜っ!?そっ、そんなことないもん!!」
プイッと顔を逸らして、一番散らかってる辺りに手をつけた。何よ意地悪な顔しちゃって、私ばっかドキドキして馬鹿みたい!整頓が終わり次第あの鍵を何とか手に入れて部屋から出ちゃうんだから!
整理整頓って、やるまでは面倒だけどいざやり始めると黙々とやっちゃうよね。
元々私もフライも整理整頓が得意な方だし、一時間位で閑散としていた資料室はほぼほぼきちんと片付いた。後は資料の振り分けがわかるように棚に表示でもつければ充分だろう。
フライも整理に集中していて鍵にかけた魔法からは意識が逸れてるし、今丁度私は脚立に乗っている。つまり鍵を手に入れるなら……。
(よし、今だ!)
竜巻が一番近くに来たタイミングで身を乗り出したけど、今一歩の所で伸ばした指先は空を切った。そのままグラッと脚立から足が離れて体が傾く。落ちる!……と思うより先に、ふわっと体が宙に浮かんだ。
そのままふわふわゆっくり降ろされて、フライの腕にお姫様抱っこの体勢で抱き止められる。
「全く……本当にお転婆だね、君は」
呆れたような口調とは裏腹に、微笑むフライの表情があんまりにも優しくて……困る。誰かに好かれた時って、どうしたら良いのかわからないよ。
少しドキドキしてるのは、脚立から落っこちたからだよね……?
何も喋らない私を、フライが優しく椅子に下ろしてくれた。
「痛いところは無い?」
「うん、ありがとう。……それで、その、片付けも済んだしそろそろ…………」
これ以上二人っきりで居るのは耐えられない。そんな気持ちでちらっと鍵を見ると、フライはまだわずかに夕陽が射している壁際に軽く、寄りかかった。
「……ふぅん、外に出たいんだ?」
どうしようかなぁ、とわざとらしく考える素振りをする姿は兄にそっくりだ。流石腹黒兄弟。
「ほら、あまり帰りが遅くなると皆心配するし……!」
「少なくとも兄さんは僕達の居場所を知っているし大丈夫だと思うよ。それよりも……このまま一晩ここに二人きりで過ごしたら、外聞的に君は僕に嫁ぐしかなくなってしまうだろうね?」
「……っ!?」
婚姻前の、しかも明らかに親しい仲の年頃の男女が密室で一夜を明かした。何かあったと周りに勘ぐらせるには十分過ぎる話題だ。噂になったらあっという間に背びれ尾びれがついて広まってしまうだろう。
そうなれば、ふしだらだと言われない為にはその噂の相手と結ばれる以外無くなってしまう。……って、そんなの困るよ!
「……っそんな意地悪言わないで、早く帰ろうよ!お願い、後で何でもするから……!!」
夕陽がよく似合う美しいその顔がニヤリと歪んだ。あ、これ、またハメられたかもしれない……!
「何でもするから……ね。良いよ、条件次第では開けてあげる」
「じ、条件……?」
まさか、結婚してとか言わないよね?ビクビクする私に、フライは心外だなと笑った。
「次の連休、視察で全員フェニックスに行くでしょう。その内の君の一日を僕に頂戴?」
「ーー……?」
言われた意味がよくわからず、こてんと首を傾げる。フライは一瞬怯んだように固まったけどすぐに気を取り直し、それはそれは優雅に微笑んだ。
「……本当、鈍いな。ハッキリ言うよ?デートしようよ、二人きりで」
〜Ep.359 戸惑う心〜
『貴方のくれるその想いを、どう受け止めれば良いですか?』




