Ep.357 各々の秘め事
使い魔とは、主人と魔力で繋がり悲しみも、喜びも、時にはその記憶さえ共有出来る特別な生き物。
だからこそ聖霊王様達は前世で花音と縁深かったブランを使い魔として転生させた。
つまり、私の記憶を呼び起こす要の一つがブランだったのだ。
そして、まだ私達が誰も聖霊と四大国の歴史を知らなかった頃に、魔族に魅入られた証を瞳に宿した少女がブランを狙い近づいてきた。結果的に何事も無かったとは言え見過ごせない事実なのだ。その少女の手がかりが、不自然な程に学院から消えてしまったのなら尚更。
せめてもの手がかりにと、あの日出会った少女の身体的な特徴と出来事をまとめたノートを閉じて決意を改める。もう二度とこの子を理不尽に奪われてたまるもんですか。当の本人は私の枕に丸まってスヤスヤお眠りになってますけど!
「……今度こそちゃんと守るからね」
柔らかなその額をひと撫でして、ノートをフェザー先生に届けるべくそっと私室を後にする。
熟睡していると思っていたブランの瞳が物言いたげに背中に向けられていた事には気づかなかった。
ノートの内容を一通り見たフェザー先生の表情は硬いままだった。
「やっぱり、該当しそうな生徒は居ませんか?」
「そう……だね、残念ながら。学院の生徒にはもちろん、うちの国の令嬢にも見覚えの無い容姿だなぁ」
「そうですか……」
制服がグリーン基調だったから順当に行けばスプリング国籍なはずなのだけれど、王子であったフェザー先生やフライが見覚えが無いってことは初めから貴族ですら無かったのかもしれない。あの頃、私がもっとしっかりしてれば今になって困ることはなかったかも知れないのに……。
「あぁ、そんな顔しないで。君を悲しませたら僕がフライに怒られてしまうよ。ただでさえフローラちゃんに少し避けられているせいでご機嫌斜めなのに」
「ーっ!!?」
不意に出てきた名前にドキッと心臓が跳ねる。実はあれからバタバタしっぱなしで、まだ告白の返事が出来ていない。それもあって顔が合わせづらくて、徹底的に二人になるのを避けてしまっているのだ。
(うぅ、悪いとは思ってるけど!でもやっぱりいざとなると気まずくて……)
でもやっぱり、いつまでも先延ばしには出来ない。
あぁぁぁぁ、学院の魔王の封印に大地の神具探しに未だ音沙汰のないヒロインの行方、ブランの安全確保にフライの告白の返事、考えることが多すぎてもう頭がパンクしそうです…………!
「ま、まあまあ、そんなに難しく考えないで。この少女の件と、封印と神具については僕も引き続き調べて見るから」
ね、と優しく微笑むその姿に頼もしさと若干の不安を覚える。実は研究者気質を秘めていたらしいフェザー先生が聖霊の歴史の研究にハマり、ロイドさんと白熱した議論を繰り広げた日の事は記憶に新しい。止めに入ろうとしたフライが1秒で諦めてそっと部屋の扉を閉めた位だ。あの日のフライの哀愁漂う背中は一生忘れない。
……が、実際今、一番信頼して頼れる大人がこの方である事には変わりないので。
「(くれぐれも周りにはご迷惑をかけない範囲で)よろしくお願いします」
「はは、何だか含みを感じた気がするけど了解。また何かわかれば伝えるよ。あ、そうだ。悪いんだけど、夕方時間があったら歴史資料室に来てくれないかな?資料の整理の人手が足りないんだ」
新米であり王族出身で実力も飛び抜けたフェザー先生は、逆に下手な同僚や面識のない生徒に頼み事がしづらい。私達も色々とお願いしているのだから、片付けのお手伝い位お安い御用だ。
時間と整理したい棚番号のメモを貰い、教員寮を後にした。
あまりない頭で色々考えすぎて思考回路はショート寸前❨ちょっと古いですかね?❩な私は、癒やしを求めてガーデンテラスに立ち寄った……のだけれど。
「きゃーっ!!くっ、クォーツ!どうしたの、しっかりして!?」
一番良く手入れされて一番華やかな中心の花壇の脇にて、スコップ片手に突っ伏しているクォーツの姿を発見してしまった。慌てて駆け寄り身体に触れる。体調不良ならすぐ治さなきゃと思ったから。でも……。
❨おかしい。異常や体調不良の目印になる魔力の乱れた位置がまったくない……❩
これじゃ治しようがないわ。そう困り果て助けを呼びに行こうと立ち上がった瞬間、クォーツのお腹の虫が小さく鳴いた。
「いやぁ、助かったよ。明け方から色々考え事しながら花の手入れしてたら夢中になってご飯食べてなかったこと忘れちゃっててさ」
「それでお腹空きすぎて動けなくなって倒れちゃうだなんて何考えてるの!すっっっごく心配したんだからね!!」
私のあげたサンドイッチと焼き菓子をペロッと平らげたクォーツがごめんねと可愛らしく笑った。いつもの倍近い量食べてたし、本当にお腹空いてたのね……。
「それで、こんなになっちゃうまで一体何悩んでたの?」
「んー……、もう手がかりを得てからかなり経つのに見つからないなーって。大地の神具」
そう笑ったクォーツの笑みがあまりに哀しげで、とっさに返事が出来なかった。ほっぺにパンくずついてるけど。
「他の皆の時はなんの手掛かりもない状況だったのにわりとすんなり覚醒してたのに……。今回は武器の形状までわかってるのに中々見つからないのは、僕に何かまだ至らない点があるからなのかなー……なんてね」
四大国の王族の中で、聖霊の力に目覚めていないのはアースランドだけだ。私達の力を正式に発表してしまったことで、クォーツに対する心無い噂が囁かれて居ることも知っている。
クォーツ自身だけじゃなく、アースランドと言う国自体を軽んじている様子も見受けられる今、『絶対見つかるよ!』なんて無責任な言葉での慰めは無意味だ。
となると、やっぱり一番の急務は大地の神具探しだろうか。
❨そもそも神具の覚醒条件って何なんだろう?私のときもライトの時も、フライの時だって状況はバラバラだったし……❩
指輪ははめたら反応したし、聖剣はライトが自力で封印から引っこ抜いたでしょ?フライは弓矢の祠までハイネのお姉さん達が導いてくれたみたいだけどあれは特殊なパターンだろうし……。
「あいたっ!」
「やっと気づいた。僕の声聞こえてる?」
おでこに衝撃を喰らったと思ったら、右手をデコピンの形にしたクォーツに顔を覗き込まれていた。さっきから呼んでいたのに私が気づかないから強制措置に出たようだ。
「ごめんね、気づかなかった」
「うん。……フローラがそんな真剣に悩むことないのに。結局は僕の未熟さがあらぬ噂を抑えられない原因なんだから。…って、いたたたたたっ!」
みょーんっと力いっぱい両サイドから引っ張ると、クォーツのほっぺはよく伸びた。離した反動で揺れたほっぺからようやくパンくずが落ちる。
「そういう発言禁止!クォーツがよくたって私達が認めないんだから!」
神具探しはクォーツだけの責任じゃないし、何より、彼は未熟なんかじゃない。きっと、神具が見つからないのはまだ出番じゃないからなだけだ。
「自分に自信がないと悪口に言い返せなくなっちゃうその感じはわかるからすぐに変われとは言わないけど、クォーツが怒らないなら私達が代わりに怒っちゃうんだからね!」
「…………ふふ、ははははっ!本当変わらないなぁ、フローラは」
「笑い事じゃないんだからね!怒ってるんだから!!」
「うんうん、わかってるって。全然怖くないけど。……本当、いつまでも変わらないから困るんだよ。やめてよね。勝てない勝負は、しない主義なんだから」
「……クォーツ?」
なだめるようにそっと頬に触れたクォーツの手が、余韻を残して離れていく。
何かを誤魔化すように笑ったクォーツが、思い出したように鞄から封書を取り出した。
「そうだ、この後時間があるならちょっと頼まれてくれないかな?僕はまだ手入れの続きがあるから」
「今日は日曜日だし良いけど、届け物?」
「そう、生徒会室にね。ライトも仕事で来てる筈だから」
「ーっ!わかった、預かるね!」
ライト来てるんだ!最近お互い忙しくて話せてなかったから今日なら少しゆっくり出来るかも知れない。クォーツから封書を預かって、軽い足取りで駆け出した。
「彼の名前を出しただけであんな嬉しそうな顔しちゃって。……一番初めに友達になったのは、僕だったんだけどな」
〜Ep.357 各々の秘め事〜
『伝えたいけど気付かれたくない、矛盾だらけの隠し事』




