Ep.356 尋ね人は見つからず
「はい、異常はありませんね。では最後に瞳の色を見せてください」
向かいに座っている一年生の少女が前髪をあげる。間近で見る虹彩は鮮やかなオレンジ色一色だった。小さくお辞儀して部屋を出ていった少女を見送り、ライトが検査の為に貸し切った医務室の鍵を閉める。
「今回も全員ハズレかぁ」
「ハズレって言い方で良いのかもイマイチ微妙だけどな。どちらの色が見つかるかにもよるだろ」
クォーツの愚痴めいた言葉を嗜めるライトもどことなく疲れた様子に見える。無理もない。
学院生活が再開してすぐから、私達は生徒会の発案として全校生徒の定期的な健康診断を始めた。診察はお医者様ではなく私だ。
目的は2つ……いや、3つかな。1つ目は、生徒の中に魔族に取り憑かれた子が居ないか確かめる為。学院の地下に古の魔が眠っているとハッキリした今、フライの時みたいに無意識に蝕まれて居る子がいる可能性が高いから。
2つ目の理由は、健康診断ならば生徒達の瞳の色を怪しまれず観察出来るから。。と言うのも、聖霊や魔族の力を手にした人間は必ず虹彩にある色が刻まれることをアリーザさんから聞いたからだ。
『聖霊の加護を受けた者は、星が如く煌めく琥珀が。そして、魔に身を堕とせし者には、鈍く反射する銀色が、瞳の一部に現れる』
その言葉の通り、私とライト、そして先日女神から弓矢と“危険予知”と言う天啓を授かったフライの瞳には、それぞれ皆どこかに鮮やかな琥珀色が混じっている。と言っても、私達自身気づいたのは指摘されてからやっとだったんだけど。
「色の入る位置も各々違うし俺やフローラの元の瞳の色だと琥珀が負けて目立たないからな」
「そうだね、鏡も最早通信機代わりで姿を見るのにはあんまり使ってなかったから尚更かも。でもフライの瞳は水面に反射した星みたいで綺麗ね」
「そうかい?なら……もっと近くで見てみる?」
「きゃっ!」
ぐっと腕を引かれたと思ったらフライの膝に乗せられていた。慌てる私の肩に腕を回してフライが妖艶な笑みを浮かべる。
「ほら、これならよく見えるでしょう?」
「いや、見えるけどそう言う話じゃなくて、あの、下ろして……!」
「えぇ、どうしようかな」
抵抗したら何故か逆に拘束が強まった。ど、どうしたら……
「……っ、おい、いい加減にしろよ」
バンと机を叩いて立ち上がったライトが私を抱き上げる形でフライの膝から退かす。ライトの苛立った様子も何のそのでフライは軽く肩を竦めた。
「もう待たないって言ったでしょ?何か文句があるのかな、保護者さん?」
「てめぇ……本当いい性格してるよな」
い、一触即発……!
しかし、ピリピリを絵に書いたその空気をぶち壊すようにそれまで黙っていたクォーツが声を上げた。
「はい!急ですが僕はその瞳の色の件について気になる事があります!」
皆の注目の中、クォーツが鏡から神妙な面持ちで視線を上げる。
「その色の変化ってさ、僕の場合どうなるの?」
「「「「「「あぁー…………」」」」」」
クォーツが自身の琥珀色の瞳を指差しながら問えば、全員から何とも言えない感嘆が漏れた。
「うーん、一部だけ色が濃くなる……とか?」
「別に良いじゃない色くらい。うじうじ悩むだなんて下らない」
「えーっ、なんかヤダ!寂しいじゃない仲間はずれみたいで!」
「落ち着けって。別に仲間はずれにはなんねーよ」
これまでの結果をまとめた資料を閉じながらのフライが失笑し、クォーツが嘆いてライトがなだめる。と、不意に鍵の開く音がして誰かが中に入ってきた。
「こーら、やかましいですよ皆さん。君達は生徒達の模範になる立場なんだから気をつけないとね、生徒会諸君?」
「兄さん!」
「こらこら、学内では“先生”だろう」
「フェザー兄久しぶり、教員服似合ってるじゃん」
「だから先生だって。でも本当久しぶりだよね。皆僕の事覚えてるかな……………」
「そんな悲しいこと言うなよ……」
「今なんか妙な副音声聞こえなかった?」
イノセント学院の教員服を纏い遠い目をしているこの人は、スプリング王国第一皇子にしてフライの実のお兄様。フェザー・スプリング殿下……改め、フェザー先生である。
実は新学期開始直前に行われた四大国の国王会議の結果、国家の基盤の安定と大地の神具の手がかりを集めやすくする為に、聖霊と建国の歴史、並びに神具の加護の話を公表する事が決定。
混乱や能力の悪用を企てる者が出ないように能力の内容こそ伏せられたままだけど、私、ライト、フライの名前は正式に加護持ちとして四大国全土に知れ渡った。
それに伴いフライが力を得たことで国内での新たな権力争いが起きかねないと懸念したフェザー皇子は、真に四大国の力関係が対等である為には王位には加護持ちであるフライが就くべきであると主張し正式にスプリングの王位継承権を放棄。勢力争いに自分を利用しようとしていた貴族たちからの追跡を振り切る為、自治権の与えられている学院に教員として飛び込んだと言う訳だ。
「イノセント学院の教員は名誉な職種だし、自治権のお陰で無闇に手出しされなくなったから楽でいいよ。それにこの立場なら学院に潜む危険因子の処理も何かとしやすそうだし……ね?」
おかしい、至って穏やかな口調と微笑みなのにゾクッとするのは何故かしら。
『やっぱフライの兄貴なんだよなこの人』と言うライトの呟きには誰も何も言えなかった。
「人聞きが悪いなあ皆して。……ところで、フローラちゃんから聞いていた例の少女についてなんだけど」
「ーっ!見つかりましたか!?」
神妙な面持ちでフェザー先生が首を横に振る。
「教員権限で過去の生徒一覧にすべて目を通したけれど該当する子は居なかったよ」
その言葉に、落胆とも安堵とも言えない複雑な気持ちになる。“先生”の立場から探しても駄目かぁ……。
話は初等科に遡り、ブランが一時行方知れずになった日の話だ。実はあの時、私とブランに接触してきていたスプリングの制服をまとった銀髪の少女。
顔すらうろ覚えなのに、あの子の翡翠の瞳に煌めいていた銀色を、今更鮮明に思い出す。
あの子の正体を探り、ブランを狙った理由を聞き出す。それがこの全校健康診断の3つ目の理由。なのだけど。
あの子の記録はどこにもなく、煙のように学院から姿を消してしまっていた。
〜Ep.356 尋ね人は見つからず〜




