Ep.353 贖罪と浄化
「キャロルさん。此度の件は先程フライ·スプリング殿下とクォーツ·アースランド殿下が申し上げました通り、四大国の法に基づくならば国家反逆罪に当たります。ましてや貴女は余罪が多いようですし反省の色もない。法廷にかけられれば、まず生涯幽閉は免れません。極刑になる可能性も極めて高いでしょう」
背筋を正し淡々と事実を述べていく私を、キャロルちゃんは涙目ながらキッと睨み付けている。その態度に、やはり今のこの子に私達の声は届かないのだろうと嫌が応にも理解した。
けれど、私達には無理でも、この子をきちんと愛している人の声ならばどうだろうか。
「なっ、何よ偉そうに!幽閉なんて嫌!まして死刑だなんて、あんたが勝手に決めたってパパが助けてくれるもん。大丈夫だもん!!」
「ーー……本当に、そう思う?」
片手を空に掲げ小さく手を小招くと、目当て通りの水鏡が手元に降りてくる。そこには、キャロルちゃんの父君の元に押し掛け罵詈雑言を浴びせている島民の姿があった。そして。
『ええいっ、神具の祟りなどわしは知らん!全てはキャロルが勝手にした事、わしに責任はない!あやつを見つけ次第好きにして構わんからどこかへ行ってくれ!!』
今回島が受けた被害の責任を取れと言われてそう怒鳴り返した父の姿に、キャロルちゃんの瞳が色を失う。
酷な仕打ちだとわかっている。私まで、つられて泣いてしまいそうだ。でも泣けない。彼女は今咎人であり、私はそれを裁く者だ。
パチンと指を鳴らせば、目の前の水鏡は文字通り水泡に帰した。
「嘘……。パパはキャロルを愛してるもん、嘘だもん。あんな事、言うはずないもん……!!」
光の消えた少女の瞳から、はらはらと涙が溢れていく。それを真っ直ぐに見据え、一歩彼女に近づいた。
「残念ですが、あの水鏡に映る世界は全て現実です。これでも助けてくれると、本気で信じられますか?」
今度は、何の反論も帰ってこない。ただ、独り言のようなか細い嘆願だけが耳を掠めた。
『殺さないで』と。
「誤解の無いよう言っておきますが、私は貴女を死罪に処す気は一切ありません」
ざわっと、その場に居た全員がざわめいた。当のキャロルちゃんも、ぽかんとしてこちらを見上げている。その前にしゃがみこみ、目線を合わせた。
「確かに今回の件は重罪です。……が、ライト殿下が言った通り私達はお忍びでこの島を訪れた身。なので、この件を表沙汰にするわけには行かないんです。何よりも貴女、何が悪かったのかをまだきちんと理解していませんよね?」
ビクッと、キャロルちゃんの肩が跳ねた。怯えているその姿は、今まで見てきた狂気的な道化ではなく、ただの子供でしか無い。自分本意で、無垢で、……きっと、誰より愛に飢えていた。可哀想な、子供。
このまま死なせてしまっては、和解しないまま魔族を封じたかつての歴史の繰り返しみたいだ。
「なので命は奪いません。今回は王族としてではなく、聖霊の巫女として神域を穢した罪で裁きます」
いいですか?と振り返ると、ハイネ達が構わないと頷いてくれた。采配は全て私に任せてくれるらしい、ありがたい。
「何より、貴女の死を望んでない方がひとりだけいらっしゃいますからね」
もう一度、今度は先程よりもっと高く手を掲げる。降りてきたその鏡の光景を見て、キャロルちゃんが目を見開いた。
『すみません、妹を見ませんでしたか!?』
『あの子が許されない罪を犯した事はわかっております。ですが、それを止められずに居た私も同罪です』
『例え何が起きようとも妹です。ただひとりの、血を分けた私の妹なんです……!』
罵倒されても、足蹴にされても、どんなに無視されてもそう声を張り上げ自分を庇っている姉の姿に、絶望に沈んでいたキャロルちゃんの瞳にほんの少し光が戻る。
「お、姉さま……なんで…………?」
「……貴女を愛しているからでしょう。ほんの僅かであっても、姉として。貴女が本当に欲していたのは、これだったのでは無いですか?」
ぎゅっとボロボロのスカートを握り締めたその手は震えていた。彼女は今、何を思っているのだろうか。そう思いながら、重い吐息をひとつ吐き出した。
「では、貴女への裁きを言い渡します」
「……っ!」
立ち上がり、足元の泉に魔力を流す。映し出されたのは、津波と神龍の魔力で荒れ果て朽ちてしまった女神の森の一部だ。一部と言っても範囲が広く、しかも木々は流され殆ど更地。
「こ、これが何なの?私、何をしたらいいの?」
「簡単な話です。キャロルさん、貴女にはこの破壊された森が元に戻るまで、女神様の元で守人として働いて貰います。そして幾年かかろうとも、完全に森が蘇りかつ貴女が命の尊さを理解しない限り、一歩たりともこの森から出る事は許しません!」
キャロルちゃんは、それだけかと言いたげにぽかんとしている。だけど、これは単に寿命が尽きるまで幽閉するより、下手したら死罪より残酷な罰だ。その私の真意を誰より早く理解してくれたのは、クォーツだった。
「木々の成長は、僕達(人間)が思うよりずっと長い時間を要する。これだけ破壊されてしまっては、元に戻るまで何十年とかかるだろうね」
「……いえ、この森の木々は聖霊の森の兄弟樹。普通の人間界の木々とは訳が違います。今の王の力が弱まったこの地で育つには、百年以上はかかるのではないかと」
「それじゃあ罰が終わる前に死んじゃうじゃない!」
ハイネのその補足にキャロルちゃんが叫ぶ。それを一蹴した。
「いいえ、死と言う終わりは認めません。贖罪が済むまで、貴女の身体に流れる時を女神のお力で止めて貰います」
つまり、老いることも死ぬことも許されないまま、罪が許されるまで償い続けるのだ。誰に先立たれようとも、改心するその日まで。
その処罰の重さをようやく理解したキャロルちゃんが、バシャンと足元の泉を殴る。嫌だ、酷すぎる、今すぐ解放してと駄々をこね出した。
「やだ、やだやだやだ!何でそこまでしなきゃなんないの!今すぐ解放してよ!!罪を償え償えって、キャロルはただ寂しかったから素敵な王子様に愛されたかっただけなの!幸せになりたかっただけだもん、私は何も悪くないのに!」
「どんなに辛い過去が有ろうが、罪なき人々の命を理不尽に踏みにじろうとして悪くない訳がないでしょう。己の不幸が罪から逃れる免罪符になることはないのです、いい加減になさい!!」
今までの人生で、一番大きな声だった気がする。私に一括されたキャロルちゃんが、再びおとなしくなった。
「……わかりました。では選ばせて差し上げましょう。キャロルさん、私が提案した罰を受けるか、今の名前と記憶を全て消されて別人として生き直すか、どちらが良いですか?」
「……っ、え?」
「前者ならば、貴女は気の遠くなるような長い月日を孤独と戦うことになる。その代わり、赦されたその時には一度だけ、貴女の一番会いたい方に会えるよう魔法をかけます。逆に全ての記憶を差し出せば、貴女は全くの別人として幸せに生きて生涯を終えるかもしれませんね。ただし、その場合貴女以外の方の記憶は弄りません」
「それ、って……」
つまり、キャロルちゃんが後者を選んだ場合、サンセットさんは永遠に探し続けることになるのだ。もう何処にも居なくなった妹の幻影を。
そう説明すると、誰に何を言われる間でもなくキャロルちゃんの眼差しが水鏡越しの姉に向かった。
私は今、何て残酷な選択を与えたのだろう。でも、知りたいの。サンセットさんの愛情が
ちゃんと貴女に響いたのかを。
少しの間を置いて、キャロルちゃんが立ち上がって真っ直ぐに私を見る。
「……名前は、捨てれない。キャロルの名前は、ママがくれた大事な宝物だもん。それに全部忘れちゃったら、お姉ちゃんに、ごめんねって言えない。だから……」
『この森で、罪を償います』と、キャロルちゃんが頭を下げた。背後の皆が驚いた様子で目を見開く中、小さな彼女の頭に軽く触れる。その瞬間、彼女の身体の傷は全て消えた。
「……っ!」
「身体が痛いままでは贖罪どころではないでしょう?なので、せめてもの餞別です。……いつか、貴女がお姉様と胸を張って再会出来ます様に」
癒しの光が消えるのにあわせて、キャロルちゃんを取り込もうとしていた黒い靄も消えていた。それを確かめたパレットさんが、キャロルちゃんを連れ姿を消す。
静寂の戻った森に、全員のため息が響いた。
「……まぁ、妥当な落とし所でしょうね。島の人々の事件の記憶は私達が封じさせて貰うわ。その方が都合が良いのでしょう?」
「はい、ありがとうございます。公になると外交問題になりそうですから助かります。それとキャロルちゃんに取り憑いてたあの靄、魔族の力……ですよね?」
一瞬目を見開いて、女神3人が頷いた。やっぱりか、そうかなとは思ってたんだ。
「恐らく、母親が先に汚染されて居たのでしょうね。魔族は復活の為人の負の感情を増幅させる……。かなり深く、操られていたのでしょう。金髪に異様な執着を見せていたのも、巫女と聖騎士を狙った洗脳によるものだと思うわ」
だけど、とアリーザさんが私の手を取る。その掌は、ちょっとだけ火傷みたいになっていた。
「この傷は、取り憑いた魔族を誰かの身体から浄化した際の裂傷よ。貴女とライト王子には、魔に取り込まれた者を元に戻す力がある。薄々お気づきだったでしょう?」
そう言われて私は苦笑し、ライトはなぜかチラッとフライを見た。なんで?
「確かあの靄、学院でフローラをやたら敵視してた生徒にも憑いてたよね。でも……」
「フローラに傷や病を癒された者、そうでなくても彼女と普段から親しい者は取り憑かれていなかった。それはこの力のお陰だったんだね」
納得した様子のクォーツとフライにハイネが少しだけ笑い、それから目を伏せた。
「歪められし運命は、あなた方の力を恐れ排除しようとしています。ですが、姫様だけがその歪みを正すことが出来る。貴女に深く関わった人ほど、歪んだ運命に干渉されづらくなる。貴女が、全ての鍵です」
どうかお忘れなきように。と儚く笑ったハイネの手が離れる。それを見計らったように、アリーザさんがパンっと両手を合わせた。
「思ったより長くなってしまったわね。巫女様達もお疲れでしょうし、最後に必要な話だけ伝えてお開きにしましょう。王子様方はこちらへいらっしゃい」
アリーザさんに導かれ、ライト、フライ、クォーツの3人がパッと消えた。移動したようだ。
「アリーザ姉様が戻られるまで少々暇ですね。何かお聞きになりたいことはございますか?」
そう笑いかけてくれるハイネは、私が大好きないつものハイネだ。でも、彼女の目はきっと、私と一緒にもうひとりのフローラを見ているのだろう。だから、さっきから気になっていたことを聞いてみることにした。
「ねぇハイネ、私とフローラ様の魂は元々二つに別れてしまってたんでしょう?そして今は身体に“私”が居るわ。なら、もう片方のフローラは今どうしているの?」
「……っ、いらっしゃいますよ。ここに」
ぎゅっと、ハイネが優しく私を抱き締めた。
「貴女がこちらに来てくださる直前の時点でらフローラ様の魂は傷つき擦り切れ、消滅寸前でした。今は姫様の魂に抱かれ、ゆっくりお休みになられています。貴女様の魂は優しく温かく、万物を癒すお力に満ちて居ますから。きっと、心地が良いのでしょうね」
『もしかしたらそろそろ、一度お目覚めになるかも知れません』とハイネが笑うと、トクンと身体の内側から音がした気がした。
学院に戻れば、またゲームの時が流れ始める。
望まれないエンディングまで、あと二年と少し……。
~Ep.353 贖罪と浄化~
『私と正反対な、もうひとりの私。貴女と溶け合った時、私はどんな私になるのかな』




