Ep.352 断罪
『すみません、妹を見ませんでしたか!?』
『あの子が許されない罪を犯した事はわかっております。ですが、それを止められずに居た私も同罪です』
『例え何が起きようとも妹です。ただひとりの、血を分けた私の妹なんです……!』
島の方の様子を移す数多の水鏡のひとつから響いてくるその声に、強く胸が痛んだ。
本当の意味で愛してくれるその人ともっと早く向き合えて居たならば、あの子にも、もっと違う道があったはずなのに。
でも、もうやり直す事は出来ないから。私に出来るのは、せめていつか罪を償ったあの子が姉に再会出来るよう、裁きを与えることだけだった。
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キャロルちゃんはどうやら屋敷にあった聖霊王の水鏡をくぐってここにやって来たようだ。戦闘時に空間を繋げた後そのままになっていたらしい。
「ごめん、意識が無かったとは言え拘束しておくべきだった」
「別にクォーツのせいでは無いだろ。丁度良い、この女への処罰もこの場で決めてしまおう」
苦々しく言葉を交わすクォーツとライトに、身なりをパパっと手で整えたキャロルちゃんが目を瞬かせる。
「しょ、ばつ……?やだライト様ったら、悪女は居なくなったのにまだ騙されてるのね!」
その“悪女”とはもしかしなくても私のことかしら……と対処に困る私を仲間達がサッと囲った。また何かされたら堪ったものじゃないと言った感じで。
それを見て異変に気付いたキャロルちゃんの瞳が、ライトの隣に立つ私を捉える。そしてその小さな唇が、声なく『どうして生きてるの』と動いた。
「そう、貴女が生きてたせいでこんなことになったのね。じゃなきゃ島の皆やライト様がキャロルを好きにならないわけないもの。そうだ、全部キャロルじゃなくてその女が悪いんだ!」
ざわっと、キャロルちゃんの纏う空気だけが黒く淀みざわついた気がした。それに気づいていないのか、ただ一人その中心に立つ本人だけが頭を振り乱し甲高い叫びを上げ続ける。
「どうしてキャロルがひどい目にあってあなたがライト様の隣に居るの!何でキャロルのお洋服は島の奴等に破かれてボロボロなのにあなたは綺麗なドレスを着てるの!!大体崖から落っこちたのに無傷なんて気持ち悪い!!謝れ、謝れ!上手く死ななくてごめんなさいってキャロルに謝って……よ!!?」
ドン……っと重たい振動が響いて、辺りが熱気に包まれた。
「ーー……もう良い、黙れ。それ以上お前の穢れた言葉をフローラに聞かせるな」
ぐっと胸元に抱き寄せられ、耳を塞がれたままライトの顔を見上げる。こんな激昂した姿は、今まで見たことがなかった。
彼の怒りに呼応して、空気が、大地が、灼熱の熱気に揺らぐ。そのあまりの迫力に、キャロルちゃんがヒッと悲鳴を上げた。
「ライト殿下、どうか気をお鎮めに。このままではわたくし共の森が焼けてしまいます」
いつの間に着替えたのか、いつものお仕着せを纏ったハイネがあくまで侍女の呈でライトを諌める。その“殿下”と言う単語を耳敏く捉えたキャロルちゃんの目が妖しく光った。
「ね、ねぇ、殿下って王子様の事よね!やっぱり、ライト様は本物の王子様だったんだわ!素敵!!」
殺伐としたこの空気の中あんまり無邪気にはしゃぐその姿は、いっそ狂気さえ感じる気がした。まるで、生前の未練に取り付かれた悪霊のようだ。
それは皆も同じなようで、ただただ信じられないものを見るようにキャロルちゃんを見ている。
「ライトの身分を知って尚、己の無礼さにもまるで気がつかないだなんて……。救いようがない」
「何言ってるの、情状酌量の余地なんて端からなかったでしょう。さぁどうする?ライト·フェニックス殿下。彼女は一応君の国の国民な訳だけど」
うんざりした様子のフライとクォーツに水を向けられ、ライトが小さく息をついた。
「俺達が身分を隠していた事もあり、今回は不敬罪は適応されない。だが、それを差し引いても神域への無断侵入。紳具の強奪に使用、神域の破壊行為。そして何より……」
カツン、と一歩前に踏み出したライトの深紅の瞳に、怒りの炎が大きく揺らいだ。
「この世界で最も手を出しちゃならねぇ女に手出したんだ。ただで済むと思うな……!」
怒りのあまり王子としての体面さえかなぐり捨てた最後の言葉と共に、私を抱き寄せている腕の力が強くなる。それに同意するように頷き、フライが愉快そうに自分の顎に手を添えた。
「まぁ、今上げた分だけでも十二分に死罪に当たるよね。何せ島ひとつ滅ぼしかけた訳だし」
「そうだねぇ。その上未成年で、しかも更正の余地なしと来たら本人だけへの裁きじゃ生ぬるいかな。この場合は一族もろとも流刑か、悪ければ親も処刑だろうけれど……果たしてあの自分本意な父親が君の罪を一緒に背負ってくれるかな?」
「し、死罪……っ?い、嫌、やだ!なんでキャロルが死ななきゃいけないの!!ライト様!助けてライト様!!」
「……お前がしたのはそれだけの重罪だ。如何に愚かな行いだったかわかったか」
「……っ!!」
自分の想像を絶する裁きを示され、キャロルちゃんがその場に崩れ落ちる。何より、私も驚いた。皆がこんな事を口にするなんて、思っていなかったから。
今の彼等の態度は、ゲームでの悪役王女への断罪よりもずっと厳しい。だって、あの世界線で彼女が可哀想だと、命までは奪わず“幽閉”にと温情を示したのは、この3人だった。
でもそれは、あくまで悪役王女の罪が学内での範疇に過ぎなかったからで。
今回の件がそれとは比べ物にならない事を、私の中の“王女”は、きちんとわかっている。
多くの命を危険に晒した者を野放しにしてはならない。王族には、それを阻止して数多の民の命を護る責があるのだから。
私も、彼等も。そう言った誰かの命を背負う裁きを示す覚悟を持って、生きていかねばならない。そして彼等は、きっと、私よりずっと強く、既に、他人の命を握るその覚悟を持っているのだろう。
だからこそ。このまま彼等に甘えて裁きを下して貰っては駄目だ……!
「……待ってください」
その私の声は、事の他辺りにしっかり響いた。驚いた皆の眼差しを浴びながら、ライトから離れしっかり背筋を正す。
「今回、彼女の被害を受けたのは私です。それにライトの言った通り、今回は王族の立場からは彼女を裁き辛い。だから、私に任せて貰えませんか」
ぎょっと、皆が目を見開いた。
「ち、ちょっと、フローラ。自分が何言ってるかわかってる!?」
焦ったクォーツの問いにしっかり頷く。
「……裁きを下すって言うのは、今この時だけの出来事としては終わらないよ。この先のあの子の苦しみの一端を、罪人の家族からの恨みを、裁いた者はずっと背負って行かねばならない。悪いことは言わない、君には無理だよ」
痛ましい顔をしたフライの苦言に首を横に振る。心配してくれてるのはわかる。でも、ここで退いたら、駄目だから。
温かい炎のような眼差しと、真っ直ぐに視線が交わる。頷くと、ライトは片手で自分の目元を覆って深いため息をついた。
「本音を言えばな、俺達はお前にこんなものは背負ってほしくないよ」
「……うん」
わかってるよ、ありがとう、ごめんね。そう思うけど、口にはしない。したら覚悟が揺らぐから。
「全部覚悟した上で、決めたんだな」
静かに問われ、しっかり頷く。ならやってみろと、ライトがキャロルちゃんの前から退いてくれた。
しゃがみこんだその少女の前に立ち、大きく息を吸う。
「キャロルさん。水の国ミストラルの第一王女として、そして、聖霊の巫女として。貴女が犯した罪への裁きは、私が下します」
~Ep.352 断罪~
『それは裁きを下すと共に、己も罪を背負う覚悟』




