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Ep.350 抗えなかった者

『歪んだ運命の悪役を、救えなかった女性の話』

「“未来視”?先輩の侍女に対して失礼かもしれないけどにわかには信じられない。未来や過去……“時”を扱う能力は、如何に魔法に溢れたこの世界においても未だ夢物語とされてきた力なんじゃないんすか?」


 そう素直な感想をこぼしたエドにハイネが苦笑する。この世界では“人間”の扱える魔法の範囲と“聖霊”達のそれとは明確な差がある。だから人間の扱えない神々の領域に近い治癒力や時空の操作を、彼等ならば行えることを私達は知っているけれど。聖霊王(オーヴェロン)様達に直接会ったことのないエドからすればこの反応が当然だろうと。


「私だけではありません。私達四姉妹は皆それぞれが“時”を扱う能力を王より賜っております。全ては、未来に逃がした4つの魂を無事巡り合わせる為ですが」


 姉妹全員かぁ、それはすごい。ハイネが予知能力ならお姉様方の能力は何だろう?過去視とか時間停止とか、後は時間移動とか?いや、さすがに無理か……。


「はーい、ちょっと質問。さっきから姉妹揃って“4つの魂を巡り合わせる”って言ってるけどさ、そんな回りくどいことしなくても初めから4人まとめて同じ時代に送ってくれた方が確実だったんじゃないの?」


 言われてみれば確かにそうだ。と思ったけれど、授業で先生に聞くのと同じような軽さのクォーツの問いかけに苦笑したハイネ曰く、それはやりたくても出来なかったのだそうだ。何故かと言うと、初代の魔族であったあの青年は封印されて尚諦めず、生まれ変わる巫女達の魂を滅ぼさんと他の魔族達に命を下していたから。


「魔族の王となり聖霊王にも劣らぬ力を得たあの男にとって、4人の英雄の魂は唯一にして絶対の脅威」

 

 そして、とハイネの憂いを帯びた眼差しが私を捉える。


「全ての始まりである“魔王”さえ封じうる巫女の魂だけは、なんとしても傷つけさせる訳にはいかなかった。なので王は、まだ切り離したばかりの巫女の魂だけはこことは違う世界へと生まれ変わらせた」


「……っ!」


 その言葉に私は胸の前で右手を握りしめ、他の皆は怪訝そうに眉を寄せた。


「違う世界……?聖霊の森ってことか?」


 ライトの言葉にハイネが頭を振る。その隣に、姿を眩ませていたアリーザさんが光の粒子と共に舞い降りた。


「いいえ、それとは少々異なるわね。炎の皇子様」


「アリーザ姉様、一体どちらへ……」


「ふふ、急に居なくなってごめんなさいね。きちんとお話をするならこの子も居た方が良いかと思って」


 艶やかな笑みを浮かべてアリーザさんのその胸前で抱えたブランを撫でる。ブランはちょっと恥ずかしそうにそこから逃れて私に向かい飛び込んできた。『フラれてしまったわ』と、お茶目にアリーザさんが肩を竦めて笑う。


「それで、違う世界って一体何?」


「人間として今生まれた世界の記憶しか引き継がない人間の皆さまには信じがたいお話でしょうが、本来“世界”と言うものは一枚岩ではないのです」


「シンシアお姉様まで……!」


「彼等は既に世界の理を理解出来る粋に至っているわ、ハイネ」


 次に現れた次女であるシンシアさんが指を鳴らすと色々な“世界”の景色の映る水泡が辺りに現れた。その一番高い位置にある水泡には、懐かしい現代日本の景色もある。


「この星には幾重にも重なる時空に点在した様々な“世界”があり、そのそれぞれにその場所に生きる魂を見守る管理者が置かれている。私達の世界で言えば聖霊王様がその立ち位置ですね」


 その“管理者”……要は端的に言えば“神”のようなものだろうか。彼等は互いに各々の世界を守りながら、時折己が抱えた世界で一生を終えた魂を違う世界に転生させる。それは異世界同士の文化や知識、価値観が他の世界にどんな影響を与えるか見るためであったり、目的は様々なようだけれど。


「そして、どんなにその“世界”の数が変動しようともひとつの星が抱えるべき魂の総数は決まっております。ひとつの世界が滅びてしまえば、そこにあった数多の魂が無理矢理他の世界に詰め込まれる形になる。そうなれば居住地不足、食料難……等色々な弊害が起きてしまいます。そうならない為に、管理者は時に世界の理を弄れる程の能力を与えられているのですわ」


 とシンシアさん。これはエドに対する説明だろう。エドはわかっているのかいないのか、頭を抱えたまま小さく唸っている。


「色々壮大な話だが……まぁ理解は出来る。要はその数多ある異世界の何処かに巫女の魂を預けたわけだな。初代の魔族が彼女に手出し出来ないように」


「貴方は本当に理解早いわね、助かるわ」


「パレット姉様!」


 軽やかにトンと降りたパレットさん。これで再び女神が4人揃った。こうして朝日の注ぐ泉に立ち並ぶ姿を見ると、改めてすごい光景に立ち会っている気持ちになる。でもハイネはいつも私達の暴走を諌めている時みたいに眉根を寄せて『お姉様達は少し黙っていてください』と怒った。


「話が逸れてしまい申し訳ありません」


 戻しましょう、と今度こそハイネが本題に切り込んだ。


 英雄達から切り離したばかりの私達の魂は小さく弱く、非力で。その魂が再び育ちうるまでには長い長い年月が必要になる。だから彼女たちは待つことにした。気が遠くなる程の月日をかけ育った4つの魂が、再び同じ時代に集うまで。


「ですが、一度聖霊王様の管理下から離れた巫女様の魂だけはいつ生まれ変わるかがこちらにも予測不可能。なので私に未来視を与えたのです。我々の悲願叶うその時が、一体いつになるか視る為に」


「そしてハイネが視たその時間に、私が受けた天啓の力でこの子を飛ばしたのよ。巫女の力を受け継ぐフローラ皇女、彼女の侍女としてね」


「同時期に三人の英雄の力を継ぐ者も生まれ、これでこの世界も大丈夫な筈でした。それなのに……」


 おかしな事が起こり始めた。ハイネが転移する前に視た私達の運命が、大きく異なり始めたのだ。具体的には、フローラが6歳になる年。ミストラルの王妃がフェニックスにて賊に教われ鬼籍に入った事が始まりだ。


「母君を幼くして亡くした姫様は、父である陛下のご乱心にも当てられ心を病んでしまわれた。私が始めに視た道筋にあんな悲劇は無かったのに……っ」


 本当ならば。フローラは優しい両親と穏やかな国に育まれ巫女として正しく育ち、いずれかつての仲間であった三人の皇子達と再会を果たす。そして彼等の誰かと愛を育み、封印が解かれた魔族を再び封じて世界を平和に出来た……筈だった。だけど、その道は閉ざされてしまったのだ。


「王妃様の死と、あの異端の少女……マリンと言いましたか。あの女が現れてから、私は未来を視ることが出来なくなってしまいました。特に皇子殿下方に関わることには、一切の干渉が出来なくなってしまった」


 そこからハイネが“経験”したと言う話は、概ね乙女ゲームのシナリオの通りで。6歳でフローラが母を亡くしたあの日、マリンはライトと運命的な出会いをし。4人の英雄の再会となる筈だったイノセント学院で、フローラはついぞ彼等と絆を結ぶことはなかったのだ。いくらハイネが動こうにも、フローラはその時には既に母が亡くなったのは自分が“巫女”の生まれ変わりでその為に魔族が賊を使い母を屠ったのだと気づいて、どんな悪手にまみれても聖霊女王の指輪を手に入れなければと躍起になってしまっており。その心は深い深い絶望に沈んでいて。


「唯一姫様の心を救えたかもしれない殿下達のお心は、マリンが……忌まわしいあの娘が薄っぺらな甘言と誘惑で浚っていってしまった。聖霊女王の指輪さえあの娘に……!」


 悔しげにハイネが唇を噛む。そこからフローラは、最後の心の縁だった指輪を得ることも出来ず心を折られてしまったのだろう。小さな液晶越しに見た、誰も隣に居ないまま学院を追い出される小さな少女の孤独な背中。あれを、ハイネは何度も見送ってきたのだろうか。


「どんなに道を踏み外そうと姫様はお優しい方でした。それを、どんなに誤解されようが私は、私だけが、知っていたのに」


 ポツ、ポツリとハイネの瞳から雫がこぼれて、泉に波紋を広げていく。


 光刺さないカビた牢獄。血と金髪の絡み付いた短刀と、投げ出された白い小さな手。ゲームで見たフローラの最期は、そんな凄惨なものだった。たぶん彼女は見てしまったのだ。液晶越しじゃない、自分のその目で。


「新たな“聖霊の巫女”を陥れた罪で捕らわれた姫様を、ようやく見つけ助けに行くも、既に姫様は、姫様は……っ!自ら命を、絶たれた後で……!!」


 そこまで話して限界が来たのか、糸が切れたようにハイネの身体が崩れ落ちる。初めて見るいつも頼りっぱなしだったハイネが号泣するその様子が堪らず、私はただ彼女を抱き締めるしか出来なかった。


    ~Ep.350 抗えなかった者~


『歪んだ運命(シナリオ)悪役(いけにえ)を、救えなかった女性の話』



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― 新着の感想 ―
[一言] ゲームの主人公は本来なら存在しなかったのですかね。 これも作為的か? 花音が、フローラになる魂だったのですかね。 一緒に巻き込まれた魂のあるようですが。 外からの魂か。 花音達以外の転生者…
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