表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
374/399

Ep.348 四人目の女神

「かつて聖霊の森より力を与えられた聖なる森の守り人が一人、長女・アリーザ」


「次女・シンシア」


「三女・パレット」


「「「我等、大聖霊()姉妹。我々がこちらに残ったのは、ある契約の為でした」」」


 祠が浮かぶ澄んだ泉の水面に立ち、美しき女神達が声を揃えてそう言った。



「契約、ですか?」


「はい。……かつて一人の人間に恋をした聖霊が禁忌を侵し、闇に呑まれて魔に堕ちた。その過ちを正すために聖霊王(オーヴェロン)様が四人の人間を選び、彼等が初代の魔族を封じた話はもうご存じですね?……初代の巫女、フローリア様が、どんな悲惨な最期を迎えられたかも」


 シンシアさんの静かな語り口に、業火に焼かれ散っていった初代の巫女様の姿が鮮明に脳裏に浮かぶ。ふるりと小さく震えた手を、ぎゅっと握りしめられた。


 ハッとして顔を上げれば、暖かい紅い瞳と視線が重なる。彼はすぐに前を向いてしまったから、言葉は交わさなかったけど。一瞬だけ見えたライトの『大丈夫だ』と言わんばかりの眼差しと笑顔に、今はまっすぐ前を見据えてるその横顔に不安が溶けて消えていった。


「はい、存じております」


 一度固く閉じた瞳を開いてアリーザさんを見つめて頷くと、三人は『あぁ、やはりよく似ていますね』と微笑んだ。何かを、いや、誰かを、懐かしむように。


「詳細は省くけれど、簡潔に言って魔族との戦いは私達聖霊側が勝利したのよ。聖霊王(オーヴェロン)様が選んだ若者達は立派に役目を果たし、初代の魔族足る魔王の封印に成功したのだから」


「そっ。彼等は本当に可哀想な散り方をしたけれど……それでも悪者は倒され、聖霊(わたしたち)も人間達も滅ばなかった。だからこそ、今貴方達が暮らす四大国がこうして栄えてるんだものね」


「アリーザ姉様とパレットが言う通りです。聖霊の巫女が儚くなった後、彼女を心から愛した“彼等”は魔王に封印を施した。()()()()()()()()()


 シンシアさんの静かな言葉に、全員がハッと息を飲む。それを見て、女神様達はフッと目を細めた。


「魔王の封印を強固にすべく、4人の魂は封印の中心を囲むよう四ヶ所に分かれ大陸の底に眠った。聖霊王の加護を受けた彼等の魂は眠りについて尚力を失わず、各々の眠り場所に暮らす国の民達に魔力を与え続けている。本人の魔力と同じ属性の力をね」


 そう話してくれたのはアリーザさんだ。そうか、だから四大国にはそれぞれ、ひとつの属性を持つ人間しか居ないんだ。


(あれ、でもつまりそれって……)


 ふと気づいた違和感に首を傾げる私。それに気づいたシンシアさんが、ほんの少し眉尻を下げて微笑んだ。


「フローラ様はお気づきになられたようですね。……そう。不思議だとは思いませんか?子孫も遺さずに命を散らした彼等の血を、何故あなた方が受け継いでいるのか」


 皆の動揺に呼応するように強い風が森を吹き抜けて、辺りの木々が一斉に揺れる。ひらっと一枚の葉が水面に落ちたタイミングで、ようやく皆が小さく息を吐き出した。


「……その不可解な点が、貴女方が始めに言っていた“契約”の話に繋がるんだな?」


 いつもよりずっと大人びた静かな声音で核心を突いたライトが、聖剣の鞘に刻まれた名前の所を私と繋いでいない方の手の指先でそっとなぞる。かつては以前の持ち主の名が記されていた場所を。


「ええ、その通りです。最後に魔王の封印を強化する直前、巫女様を失った三人はこの森にお越しになりました」


「『もう二度と同じ悲劇が起きぬよう、魔王の魂は自分達が何としても封じ込める』……ってね。私達は一度は止めたのよ。あくまで封印自体は既に成功していたのだから、何もあなた方まで犠牲になることは無いとね。けれど……」


 言葉を切ったアリーザさんが、切なげな眼差しで遠い空を見上げた。それだけで、なんとなくわかってしまった。


「……引き留められても、彼等は譲らなかったのだろうね。僕にもその気持ちは理解出来るよ。何より大切な者を理不尽に奪われて、自分だけがのうのうと生き残るだなんて耐えられない」


 らしくなくはっきりした物言いで言い放つフライの眼差しが真っ直ぐ私に向けられる。ぼっと熱を帯びた頬に気づかれないようについ顔を背けてしまった。うぅ、どうしよう、フライの顔見れない……!


「…………フライと何かあったのか」


「ーっ!!」


 繋ぐ手の力を急に強められて驚いて顔を上げたら、今度は不機嫌丸出しのライトと視線が重なった。さっきまで全然普通にしてたのに、今は私からフライが見えない位置に移動して、じっと私を見つめている。怒っているような、悲しんでいるような……どこか縋るようなその表情に戸惑ってしまう。

 逆にライトの向こう側にいるであろうフライからも火花でも散りそうな鋭い視線を感じるし、どうしよう。告白されたなんて皆の前で、しかもライトにだなんて言えないし……!


「あ、あの、私……」


「はいはいはい、その話はあとにしましょうね!フライも、下手にフローラを追い詰めないのー。狩りじゃないんだから!」


 と、私とライトの間に割って入ってきたクォーツが至っていつも通りの口調で言えば、一瞬ポカンとしたあとでライトとフライのピリピリした空気が消えた。


「あー……そうだよな、悪い。今は何よりも、女神達の話が優先だ。申し訳なかった」


「僕も軽率でしたね、話の腰を折ってしまい大変失礼致しました」


「あれーっ、もう終わりなの?私むしろもっとバチバチに取り合って欲し……あいたぁっ!」


 謝罪したライトとフライに何かを言おうとしたパレットさんの頭にアリーザさんのかかとが落ちた。わぁ、痛そう……!


「焚き付けるような真似はよしなさいパレット。かつての彼等が巫女を失ったそもそもの原因を忘れたの?」


「えっ……?」


「ーっ!ごめんなさいアリーザ姉様。……でもやっぱかかと落としは酷くない!」


 『貴女が悪いのでしょう』と突っぱねられたパレットさんがガーンとなって、酷い酷いとアリーザさんをポカポカ叩き始める。戸惑う私達の意識を、シンシアさんが『いつものことですから』とやんわり自分の方に向けさせた。

 この人強い、おっとりして見えて侮れないな……。


「ふふ、そう警戒なさらないでくださいませ。私達は嬉しいのです、フローラ様。貴女が“こちらの世界”に来てくださったお陰で、ようやく我々は契約を果たせたのですから」


「“契約”……、その“契約”とは、一体……?」


「『この土地に巣食う闇は、俺達が封じよう。その代わり、一度でいい。いつかもう一度、彼女と共に生きたい』」


 穏やかで耳当たりが良いシンシアさんの声に、その言葉の時だけ別の……若く力強い男性の声が重なった。驚く私達に、やっぱり微笑んだままのシンシアさんが続ける。


「これが、彼等が私達に望んだことです。だから私達は、彼等と聖霊の巫女様の魂を2つに分断しました」


 ……え?今、シンシアさんは何と言った?魂を分断?


「驚かれるのも無理はありませんね。ですが、彼等のあの切なる願いを叶えるにはこれしかなかったのです」


 聖霊王から授かり長い月日で育て上げた力と、愛する者達との大切な記憶(おもいで)。それを深く刻まれた魂は肉体と共に封印の要として深い地の底へ。そして。


「記憶は一欠片もなくほんの少しだけ聖なる力の源を抱き締めた彼等と巫女様の魂の“種”。それを、私達は未来へと放ったのです。いつか育ったその魂の主が皆揃って再会出来るその時まで、かならず見届けると誓って」


 『例えどれだけかかろうとも、必ず貴女方は出会うと信じていましたよ』と、シンシアさん。


 まるで幼子を見守る母のようなその眼差しに、ほわっと胸が暖かくなった。


「さて、ここからの説明にはフローラ様の過去も関わって参りますし、私達より“あの子”の方が説明には適任ですね。いい加減出ていらっしゃい?」


 そうシンシアさんが呼び掛けた瞬間、サワッと柔らかくまた風が吹き抜けた。白い花吹雪に眩んだ目をそっと開くと、いつの間にか女神様三人はまた姿を消していて。代わりに、この島で一番最初に見かけた白銀の蝶々が湖の上に佇んでいた。


(あぁそうか、貴女だったのね)


 日差しを浴びて柔らかく煌めくその白銀に、懐かしい人の髪色が重なる。ストンと全部が府に落ちて、私は両手でそっと白銀の蝶々を……いや、四人目の女神を包んだ。

 そうだ、はじめから彼女達は、『四姉妹』と名乗っていたじゃない。


「私をずっと見守っていてくれたのは貴女だったのね。ありがとう、ハイネ」


 背後でライトや皆が驚いている中、パァと輝いた白銀の蝶々が消える。代わりに音もなく現れたハイネが、力強く私を抱き締めた。


     ~Ep.348 四人目の女神~


『ずっと、ずっと待ちわびていた。まだ見ぬ貴女が現れる日を』


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] あのメイドの正体は 人間でなかったですか。 でも、使命とか抜きでフローラを大事に思ってるのは分かります。 で、悪魔 魔族のあの執事か、の関係が気になるのですが。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ