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Ep.346 聖霊の巫女の意地

 中性的で華奢な美貌からは予想もつかない強さで抱きしめられながら、いつの間にこんなにフライが“男性”らしくなっていたんだろうと、そんな場違いなことを考えた。


 でも、そんな現実逃避めいたことを考える余裕があったのはほんの、一瞬で。フライの胸元に触れた耳元から激しく響いてくる彼の鼓動にすぐに現実に引き戻される。同時に、まだ耳の奥に余韻が残っているさっきの彼の言葉が、甦った。


       『僕は君が好きだ』


 正直な話、勘は人様よりかなり鈍い方だけれど。絞り出すような声音で耳の底まで染み込んだその一言の重みがわからないほど、馬鹿じゃない。


「フライ、あの……、……っ」


 何か答えなければと口を開くけど、ぐるぐると頭を渦巻く感情の渦に飲まれて言葉が出なかった。正面から抱きしめられているせいで顔さえ見えない。彼は今、一体どんな表情かおをしているんだろうか。


 そして、私は、散々傷つけてきてしまった大切な幼馴染みになんと答えれば良いんだろうかと。


「……っ!危ない!!」


「ーっ!?……、どうやら、悠長に話してはいられないようだね」


 他にも、一体いつから、とか、どうしてそうなったのかとか。聞きたいことも、考えなきゃならないこともたくさんあって見開いたままだったままだった視界の先で、うねる様に天に延びた海竜の口が大きく開かれるのが見えて、反射的にフライの体を押す。同時に、ギリギリで海竜の放った衝撃波をかわした私達の真横を凄まじい勢いで過った人影が、神域の洞窟“だった”はずの岩壁に思い切り叩き付けられる。砕けた岩壁の欠片の下で、血に濡れた金髪が揺れた。


「痛っ……!」


「……っ!ライト!!」


 衝撃波をもろに喰らって、沖から浜辺まで吹き飛ばされてきたらしい。ダメージが大きすぎたのか立ち上がれずに居るその姿に一気に血の気が引いて立ち上がる。『返事はあとで』と囁いたフライの声に頷きつつ、もつれそうになる足を無理やり動かして倒れているライトに駆け寄った。


「ライト、ライト!しっかりして!!大丈夫!?」


「派手に飛ばされたね、生きてる?」


「……っ、悪い、油断し…………っ!!」


「喋らないで、今治すから!!」


 縁起でもないフライの聞き方に怒ることも出来ないくらいに息も絶え絶えのライトの白い服が、傷口から流れ出る鮮血で赤く変わっていくのを見て、全力でかざした手の平に魔力を込める。



 聖霊女王タイターニアの指輪から白金色の光の粒子が溢れて消えた時には、破けた服の隙間から見えていた凄惨な傷は全て消えていた。

 血の気のないその頬に手を当てて、小さく声をかける。


「ライト、大丈夫……?」


「ああ、もう大丈夫だ、ありがとな。悪い、聖剣の攻撃が当たったと思ったら急にあいつが尋常じゃなく暴れだして……たった一撃でこの様だ。情けない」


「情けなくなんかないよ。無事で良かった……。ーっ!」


 まだ顔色はよくないけれど意識は大丈夫らしいしっかりした受け答えに安心して息をついた。ライトが服についた土を払い立ち上がると、砕けた岩の欠片がパラパラと地面に落ちる。何の気なしにそこに目を向けてハッとした。

 淡い光の膜に覆われているけれど、砕けた岩場の隙間の先に空間があるのが見えたのだ。さっきまでは確かにただの岩場だったはずなのにどうして、と考えた時、目の前をひらりと過った3匹の蝶々に気づいてハッとなる。


 艶やかな紫と、柔らかなオレンジと、鮮やかな黄色の3匹が、砂浜に落ちていた聖剣に一瞬とまってからふわりと空に舞い上がり、砕けた岩壁の前で円を描くように飛んで、消えた。


「ーっ!消えた……!?」


「あぁ……、微かだが魔力を感じた。やっぱりあいつら、唯の蝶じゃないらしい。それにしてもあっちは派手に暴れてんな……。あれだけ攻撃してもびくともしなかったのに、“一発口に入った”だけでどうして急に……」


「ーっ!口の中を痛がってるってことは、やっぱり私の予測は外れてないのね!」


「「え?」」


「予測って、また君は一体何を……」


「そうだぜ、いきなり何を……っ」


「話は後だよ、今はあの子を落ち着けましょう!ライト、お願い!」


 砂浜に落ちている聖剣を持ち上げたのと同時に、海の方で再び海竜の激しい砲口が放たれる。あまりの衝撃にビリビリゆれる地面によろけつつも、ライトに向かって聖剣と神具の貝殻を放り投げる。


 ライトは一瞬驚いた顔をしたけど、大きくヒビが入った神域を覆う岩壁を見て納得したように頷いた。



「……なるほど。この壁ぶった切ればいいんだな?」


「うん!そうすればあの神域にまた入れるわ、そしたら後は……」


「二つの神具……この貝殻を神域に返すだけ、って訳だね。でも、そう思惑通りにはさせてくれそうに無いけど?」


 そう言いながら海の方を見るフライの視線を追えば、目一杯開かれた海竜の巨大な口に燃え滾る魔力が集まっている様子が見えた。私達が神域に入る前にあれを島に向かって放たれたら一巻の終わりだ。

 だから。


「大丈夫、あっちは私が止めるから!だからフライには、風の魔力で私をあの海竜の口のなかまで飛ばして!!」


 ぎゅっと拳を握って宣言すれば、さっきまで真剣な眼差しをしていたライトとフライが面食らった様子でこちらを振り返る。らしくない動揺した二人の顔にちょっと笑って、走り出した。


「いやいやいや、何言い出すんだお前は!死ぬ気か!?」


「そうだよ!そんな命がけの勝負に君を送り出すなんて僕は絶対やらないからね!!?」


 焦った声音で私の名前を呼ぶ、二人の声が聞こえる。

 説明をしている時間はない。クォーツの魔力でまだ僅かに浮いている足場に飛び乗り、振り向いた。


「私は聖霊の巫女よ!今は信じて、力を貸して!!」


 『誰も死なせたくないのなら』

 声には出さず付け足したその一言に、ライトは笑い、フライは自棄になったようすで髪をぐしゃりとかき上げた。


「ったく、頼もしい姫様だな!神具の方は任せろ!」


「~~っ!ライトまで……!あぁもう!やるよ、やればいいんでしょ!?その変わり……っ」


「……!」


 『返事くれる前に、死なないでよね』。そのフライの囁きと同時に、春の香りがする突風で私の体が浮かぶ。

 同時にライトが、聖剣で思い切り神域の入り口をこじ開け走り出したのも見えた。


(これであっちは大丈夫だ、後はあの子の“治療”だけ!)


  もう魔力が咆哮に変わる寸前の海竜の口に飛び込んで、山みたいに長い牙を見る。予測通り、牙はボロボロだった。ライトの攻撃は、ここに当たったのだ。


「甘い餌ばっかもらって歯磨きもしないのが悪いのよ!今治してあげるから、いい加減暴れるのやめなさーいっ!!!」


 虫食いみたく黒い窪みだらけのそこにしがみついて、聖霊女王の指輪から癒しの魔力を炸裂させる。

 ライトが戻した神具の貝殻から飛んできた虹色の光と私の癒しの白金色の魔力が弾ける中で、海竜の身体はゆっくりと溶けて消えていった。



    ~Ep.346 聖霊の巫女の意地~


『か弱い天然小娘にだって、意地ってもんがあるのです』



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