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Ep.345 潮騒に弾ける想い

 指輪の力での飛行はあくまでかなり落ち着いた場所と状態でしか使えないから、急な落下には対応出来ない。それでも、落ちる!!とは思わなかった。それより先に、ガクンと下に向かって傾いた筈の体が誰かに抱き止められたからだ。

 島から離れた位置なせいだろうか、顔をあげると、魔力が使えるようになったことで風をまとい落下速度を和らげているフライが優しく微笑んでいた。


「大丈夫かい?このまま足場まで飛ぶよ、しっかり掴まっていて」


「フライ!!え、でっ、でもここ大海原のど真ん中だよ!?足場なんかない……きゃあっ!!」


 正面から抱えてくれるフライの腕にしがみつきながら叫ぶのと同時に、凄まじい唸り声をあげた竜が大きな口を開く。その口から放たれた大きな衝撃波を聖剣で一刀両断したライトがチラとこちらを見て、私とフライの姿を見て一瞬だけ眉を寄せながら言った。


「無いなら作れる奴が……、大陸をも操る魔力の持ち主がうちに居るだろ?」


 そうライトが天を指差す。そこには、クォーツが居る屋敷と通信が繋がったままの“聖霊の巫女の水鏡”が浮かんでいた。


「え?……あっ、もしかして!」


「あぁ、この場に居なくても、この水鏡を通じて僕達が空間を移動出来たなら、魔力の遠隔制御だって出来るよね?クォーツ!」


『あぁ、もちろん!ただ、微調整までは効かないから君たちの真下に造るのは難しいよ?』


 鏡からクォーツの返事が聞こえたと同時に地響きがして、荒れ狂う海原にいくつかの岩場が現れる。クォーツが造ってくれた即席の足場だ。ただ、本人が言った通り、私達の位置からは少し遠い。


「問題ないよ、位置調整は僕がやる」


 そう冷静に答えたフライが軽く指を鳴らした。巻き起こった旋風にさらわれて、私とフライは一番大きな岩場に、ライトは私達より少し小さな岩場に着地する。


「流石、コントロール力は抜群だな。ありがとう、助かった!」


「どういたしまして。それより気を緩めないで、来るよ!!」


 一撃目の衝撃波をライトに斬られたことでこちらを敵と認識したらしい。竜が天を仰いで、空間をも裂くような大きな唸り声を再び上げると、衝撃で島の方に向かう高波の速度が増した。


「ーっ!波が……っ!」


「う、海が相手なら水の魔力で多少相殺出来るかもしれない!私がいくわ!!」


「一人じゃ無理だよ!第一あれだけの物量、相殺するだなんてまず不可能だ!」


「無理でも私達がやらなきゃ他に誰がやるの!待ってたって誰も奇跡なんか起こしてくれないもの!!……っフライ後ろ!!!」


 海に飛び出そうとした私をフライが引き留める。と同時に、私達が居る岩場の前に一際大きな波が現れた。その波に向かい手をかざして、魔力を込める。『相殺は無理だ』とフライは言った。なら、あの波を『私の波』に作り替える!!


 わずかな抵抗力を感じつつも魔力を送り続けると、じんわりとその波に私の魔力が網のように広がっていくのを感じる。ふっと完全に抵抗力を感じなくなったタイミングで、波は緩やかにただの水面に戻った。やった、成功だわ!ただ、結構時間がかかってしまいそうだけど……!


「やるじゃないか、フローラ!」


 私の制御した波はひとつだけ。絶え間なく押し寄せる波に削られた岩場の破片を聖剣で弾き返してついでに聖霊の巫女の水鏡を回収したライトがこっちの足場に飛び移り、島に迫る大波を見ながら言う。


「まずはあの大波を今の要領で消して、それから例の洞窟の祭壇に神具の貝殻を戻そう。クォーツ!聞こえるか?」


『聞こえてるよ!』


「大波の高さが届かないギリギリの位置に少し間隔を開けて岩を出してくれ!フライにそれを足場に飛びながらフローラを波の近くに運んでもらう」


『了解!』


「わ、わかった!頑張るけど、それじゃあライトは……」


 ライトの指示に驚いて彼を見る。バチッと視線が合うと、ライトが少し寂しそうに笑った。ぽんと優しく頭に彼の手が乗る。


「……本当は俺が連れて行きたいけどな。あの波にお前が呑まれちゃ元も子もない。魔力を送る最中波に襲われるのを避けたいなら、被害が届かない空から仕掛けるのが一番だ。それに最適なのは……」


 そこで言葉を切ったライトが真っ直ぐにフライを見る。フライがしっかり頷いて、私を抱き抱えた。


「島も助けて、僕らも生き残る。その為に最善を尽くすなら、感情だけで物事を判断しちゃいけないってことだね。意外と強かなんだから。……あの竜はどうする気?」


「お褒めに預かりどうも。決まってるだろ、寝起きの運動で人様の島を破壊するようなやんちゃには、ちょっとお灸を据えてやらないとな!」


 咆哮をあげた竜に向かいライトが聖剣を振る。曇天の下でもわかる光の波長が切っ先から飛んで竜の体を掠めると、黒ずんでた鱗がそこだけ淡い水色に変わる。でも、またすぐ周りの色と同化して黒に戻ってしまった。聖剣が効かない、つまりあれは……!


「ライト、あれ魔物じゃないよ……!」


「わかってる。倒す訳じゃない、食い止めるだけだ。無茶はしないから、お前も安心して行ってこい!クォーツ、足場頼むぞ!」


 『任せて!』と水鏡から声がして、フライが足場にして宙を舞えそうな抜群の間隔で空にたくさんの岩が現れる。私達が居る岩場から階段上に飛び飛びで出現した岩のひとつに、私を抱えたフライが飛び移った。

 私達が飛んだことに気づいた竜が攻撃をいくつも飛ばしてくるけど、それを一瞬で凪ぎ払ったライトがこちらを真剣な顔で見上げた。


「フライ……、頼むぞ」


「言われる間でも無いよ、僕が彼女を危険な目に合わせると思うの?」


 フライはまるでいつも通りの口調だ。それで力が抜けたのか『そうだな』とライトが笑った。視線が重なったので、私もしっかりと頷く。絶対、あの波は食い止めると。


「さぁ、行こうか」


「うん!」


 フライに抱えられたまま、体が空へと舞い上がった。








 岩から岩の間を縦横無尽に飛び回るフライに抱えてもらいながら、私は大波に魔力を送る。時間がないから全部は消せない。島に当たりそうな、波の中央だけに集中して思い切り力を注ぐ。あまりに一気に魔力を消費していることで見る間に自分の体温が下がるのがわかった。辺りが曇り空で真っ暗なこともあって寒い。かじかんだ手が震える。それでも、諦めなんて微塵も起きなかったのは、背後で竜を食い止め戦うライトの剣の光や、クォーツが壊されても壊されても出してくれる足場、そして、暴風にも怯まずにしっかり私を支えてくれるフライの顔が見えるからだ。


(皆精一杯やってくれてる。私だって、絶対やりとげるんだ……!)


 なけなしの残っていた魔力と、指輪に前に三人がそれぞれ込めてくれた魔力。全部をあわせて、もうありったけの力を大波に注ぐと、大波が中央から崩れ落ち始めた。島まではあと僅か数km、ギリギリだけど、間に合ったと安心した途端、体に力が入らなくなる。私の異変に気づいたフライが、安全に戻った島の浜辺に降り立った。


「良かった、間に、合っ…た……!」


「あぁ、よく頑張ったね」


 脱力した私の額にフライの額が当たる。そこからじんわりと、温かい力が流れ込んできて体調が少し回復した。フライが魔力を分けてくれたのだ。


「フライ、ありがとう」


「どういたしまして。立てそうかい?」


 頷くと、フライが穏やかに笑って私を砂浜に優しく下ろした。あとは神具を戻すだけだ、急がなきゃ一人で竜を食い止めてるライトが危ない……!

 ここから神具の洞窟まではあと少しだ。道は私がわかるので、二人で目的の場所まで走る。たどり着いて、言葉を失った。


「洞窟の入り口がない……!どうして……!?」


「荒波や地震の影響で埋まってしまった……、と言うわけでもなさそうだね」


 フライがそっと手を当てている一枚岩の岩肌。丁度そこが、確かにあの洞窟の入り口があった場所だった。瓦礫とかで埋まったわけじゃない。まるで最初からそんなもの存在しなかったみたいに、そこはなんの跡形もなくただの岩となっていた。

 愕然としつつ振り向くと、ライトの聖剣の光が段々弱くなっていってるのがわかった。使い手であるライト自身が弱ってきてる証拠だ。

 居てもたってもいられなくて、私は落ちていた大きな石を両手で振り上げて洞窟の入り口だったはずの場所をガンガンと殴る。割れた石が飛び散って指やほっぺたが切れるけど、気にもならなかった。

 でも、そんな私をフライが止めようとして腕を掴んできた。


「……っ!何をしているんだ、やめろ!!!」


「離して!このままじゃライトが……っ!」


「離すわけないだろ!」


「んっ……!」


  叫ぼうとしていた言葉がかき消えて、驚きに呼吸が止まる。一瞬、時間が止まったような気さえした。

 感じるのは、背中に回った腕に抱き締められる感じと、密着した体から伝わる、いつも涼しげな顔をしてる彼からは想像つかないくらいの激しい鼓動。そして、私の唇に重なる、フライの唇の感触だけだった。その甘い脱力感に一瞬身を委ねそうになったけど、すぐハッとしてフライの胸板を押す。唇が離れた隙に、何を考えてるのかわからないフライの顔をキッと睨み付けた。


「こんなときにふざけてる場合じゃないでしょう!?あの竜を落ち着かせられなきゃライトがやられちゃうよ、もうクォーツも魔力切れであの場所までの足場だって出せないのに……っ!」


「ライトが心配なのはわかってるよ。でもそれを理由に君が傷ついていくのを黙って見ていられるわけないだろう!?」


「私のこんな擦り傷たいしたこと無いじゃない!フライはライトが心配じゃないの!?良いから離して!!」


「……っ、嫌だ!心配はしてるけど、それでも君が傷を負ってまで無茶をする気ならこの手を離すつもりはないよ」


 私の両手を掴んだままのフライの手の力が、痛いくらいに強くなる。振りほどこうとしてもびくともしないその拘束に押さえ込まれたままフライを見上げる瞳に涙がにじんだ。


「どうしてこんな邪魔す……っ「好きだからだよ!!」……えっ?」


 張り上げようとしてた怒りの声が、初めて聞くフライの大声にかき消される。呆気に取られた私を正面から抱き締めるフライの息は、全力疾走した後みたいにあがっていた。伝わってくる彼の鼓動は、狂ったように暴れている。


「他の男の為に傷つく姿なんか見たくないんだよ。僕は君が好きだ、好きなんだ……!」


 耳元で、絞り出すように響いた声が、切なく掠れて潮騒に消えた。



    ~Ep.345 潮騒に弾ける想い~




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