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Ep.344 フローラの信念

 まるで、映画でも見ている気分だ。それくらい、聖霊の巫女の水鏡に写し出された光景は衝撃的だった。


 水面から長いその身を天へと突き上げた竜が尾をひと振り動かせば、途端に波打った海水が大波になって島へと向かいだす。幸い竜が居る位置が島から大分遠いみたいだけど、あんな大波がこの防波堤ひとつない島に直撃したら一溜りもないわ……!


「なんだあれ、今この島の近くに居るのか!?」


「……よく見なよ。鏡越しに見えている天候が全く同じだし、あの竜が居る先にある巨大な低気圧の渦がこの小屋の窓からも見える。ーー……残念だけど、この景色は紛れもなく現実だ」


「……っ!」


 冷静なフライの分析に、絶句した。あの波の勢いは最早津波に近い。魔力も使えない普通の人々が巻き込まれたらまず、助からない……!


 もう一度鏡を見ると、写し出されていた悪夢のような光景がぐにゃりと歪んで、また風景が切り替わった。散らかったボールや泡立て器に、壁にかけられた折り紙で作った輪飾りから、私達が泊まるように借りていたお屋敷の広間が見えてるのだと気づく。飾りつけは、ルビー達が今朝私の誕生日祝いの為にやってくれたもの。つまり、今こうして見えてるこの景色も、現実だ。なら……!


「クォーツ!ルビーっ、レイン、エド!聞こえる!?」


 ダメ元で鏡を掴んで大声で呼び掛ける。この鏡は元々、聖霊の森との“通信機器”だ。私の狙いがわかったのか、ライトとフライも固唾を呑んで鏡面を見つめる。

 数秒の間の後、私がはめてる聖霊女王の指輪と、いつ何が現れても応戦できるようにってライトが腰に下げていた聖剣、そしてフライが片手に持っていた三日月の弓がそれぞれ淡く輝いたかと思うと、鏡面にひょこっと茶髪のふんわりくせ毛が現れた。


「「「クォーツ!」」」


『フローラ!フライにライトも!無事でよかった!』


「うん、心配かけてごめんね。この通り無傷だから安心して!」


『あはは、顔見ればわかるよー……って待った!これ一体どうなってるの!?』


 クォーツの驚いた顔がズイッと鏡面に近づいた。多分、この水鏡と繋がっている別の何かに彼が顔を近づけたんだろうけどそんなことは今はどうでもいいと割りきった。


「説明は後よ!それより、今皆お屋敷に居る!?居るなら、確かめてほしいことがあるの!」


『ごめんね、色々あって今は“僕達”しかここには居ないんだ。ただ……君達が確かめたいことの大体の予想はつくよ』


 見た感じ一人きりなのに“僕達”とちょっと気になる言い方をしたクォーツが、ばつが悪そうな顔をしたまま立ち上がりフレームアウトした。その後、ガタンっと水鏡に写し出された景色が車窓からの眺めのように流れ始める。水鏡との通信媒体になった鏡を、クォーツが持ち上げ移動させたのだ。

 シャッとレースのカーテンを開く軽い音が響いて現れたのは、窓辺からこの1ヶ月毎日のように眺めていた海。灰色に淀み濁りきったその水平線が、長い距離に渡って白く波立っているのがわかった。やっぱり……と焦りと落胆に呑まれてしまう私達の前に、鏡越しに再びクォーツが顔を見せる。


『今は海にまた潜ってしまったようで姿が見えないけれど……、あの大波の原因は島の神域にあった竜への供物をキャロルさんが取ってしまった事らしいね。エドはその供物の貝殻を探しに海へ、ルビーとレインは、パニックになっている街の人々を逃がすための船の手配に行っているよ』


「ーっ!クォーツ、その話知ってたの!?」


『知ってたんじゃない、聞いたんだ。この島に元から暮らしていたって言う長老のおばあ様にね。ほら、フローラと一緒に荷物運ぶのを手伝ってあげたらお礼にミカンと絵本くれた人。お陰で街は今大騒ぎだよ』


「あぁ、あのおばあちゃんか!でも、それで何で大騒ぎ……?騒ぐべきは伝承の内容より、あの津波と竜についてでしょ?」


『“暴れた竜を鎮めたければ、虹の貝持つ花嫁寄越せ”』


 クォーツが諳じたその一節に、ライトとフライの視線が私が手にしている日記に向く。今のと全く同じ文面が、こちらにも記されていたのだ。


『あのおばあ様が言いふらした訳じゃないんだけど、どうやら町中にこの話を広めた人間が居たみたいでね。キャロルさんがオーロラ貝を持っていたことを知っていて、かつ彼女に恋人を奪われたことがある女性達が言い出したんだよ。『島に住む全員が無事にあの津波から逃げることは不可能だ、助かりたいなら神域に二つの神具を戻すか、竜が望む花嫁としてキャロルを縛り上げて海に差し出すしかない』ってね。神具の方はどうやらオーロラ貝とサクラ貝の対だったらしいのだけれど見つかっていないようで、今や町全体の意向が“生け贄”に傾いているよ』


 『巻き込まれたくないのか、あれだけあの子に熱をあげてた男性陣まで集まって、生け贄探しに繰り出している始末さ』と言う肩を竦めたクォーツの言葉に、ぞっとした。と、生け贄なんてしなくても、解決法がここにあると気づいて、同時に、ライトが先ほど首から下げてくれたサクラ貝のネックレスをぎゅっと握りしめる。ちらと右隣を見ると、ライトと視線が重なった。私の迷いを見透かしたように、ライトが笑う。


「お前が正しいと信じるやり方を選べばいい。代わりのプレゼントは、帰ったら新しいのを一緒に選びに行こう」


「ライト……!怒らないの?私、ライトがせっかく散々探して用意してくれたプレゼント……、他の人の為に手放そうとしてるんだよ?」


「怒るわけないだろ?お前のお人好しは筋金入りだし、そんなお前だから…………きなんだ」


「……っ!」


「え?なんて?」


 最後の方に呟かれた一言が聞こえなくて聞き返したけど、自分の口元を手で隠したライトはさっと顔を背けてしまった。気になるじゃないですか……!


「ライト、今最後なんて言ったの?」


「気にしなくて良いって!事件には関係ないことだから……!」


「じゃあなんでわざわざ口に出したの!?半端に聞こえちゃうと却って気になるんだよーっ!」


「~っ、つい口に出ちゃったんだからしょうがないだろ!わかった、この件が解決して本島に帰ったら言うから!もっとちゃんとした場所で!!」


 私の剣幕に負けたのか、ライトが降参だとばかりに手をあげてそう言った。言質取ったぞ!!


「よし、約束だからね!」


 そう言うと、ライトは『カッコつかねーな俺……』と呟き、フライは『抜け駆けしようとするからだよ』とかなんとかいっていた。気にしない。今まずすべきことは、あの竜を鎮めることだ。

 腹を括った私がそっと胸元から手を離すと、サクラ色の貝が優しく輝く。話についてこれなくて乾いた笑いを浮かべていたクォーツが、その光に気づいてハッとした顔をした。


「クォーツ!今から私とライトとフライで、このサクラ貝とキャロルちゃんのオーロラ貝を神域の洞窟に戻しにいくわ!エドにも伝えて。『神具はこちらの手元にあるから探さなくて大丈夫』だって!」


『……っ、わかった。神域の場所はわかるんだね?』


 クォーツのその問いには、私とライトが頷いた。納得したのか、クォーツは『街の方は任せて!』と胸を叩いてから、私を見据えてふと瞳を細めた。何だろう?


『ただ……、本当にいいの?キャロルさんを助ける為に、ライトがくれた誕生日プレゼント手放しちゃって。嫌いでしょう?あの子の事 』


「……っ!」


 赤裸々な問い方に一瞬震える心。引き金を引かれたように、溜まっていた不満が爆発した。


「そうね、嫌いよ……」


 そう呟くと、ライトも、フライも、聞いてきたクォーツですらびっくりした顔をする。私が誰かを“嫌い”って言うのはそれくらい、珍しいんだろう。でも、私にだってヤキモチ妬いちゃうときがあるのよ!


「キャロルちゃんなんか嫌いよ!ライトのこと勝手に恋人扱いするし、その癖ライトの本当にいいとこ何一つ見えてないし、挙げ句に人のこと崖から突き落とすし!掌擦りむいて痛かったんだから!!」


「いや、むしろよくその程度で済んだものだと思うよ……」


 そうコメントしたのはフライだ。ぽかん顔の皆の顔を見回してから、私は胸に手を当てる。


 『お前が正しいと思う方を選んでいい』って、背中を押してくれるライトが居るから、私はいつも自分の信念を曲げずに居られるんだ。


「……でも私、生まれ変わったときから決めてるの。この運命の流れのなかで、誰一人として死なせないって」


 失われた命だけは、何をしてももう、帰れないことを身をもって知っているから。


「だから、キャロルちゃんも生け贄にはさせない。命は、命だけは……嫌いで、嫌いで、大っっ嫌いな恋敵が相手のものでも大事だって、そう思うから」


 『死なれちゃったら、文句のひとつも言えやしないしね!』と胸を張ると、一瞬呆けたクォーツがふっと、笑った。


『やれやれ、君ならそう言うと思ってたけど、大当たりだったね』


 そう呟いたクォーツが体をずらすと、鏡面にさっきまで死角で見えなかったソファが現れる。その隅っこにちょんと座ったキャロルちゃんが、横たわっていた。

 驚く私達に、クォーツが言う。


『保護しておいたよ、君達なら絶対『助ける』って言うと思って。ライトとフライも、いいんだね?』


「あぁ、まぁ俺はさっき殴ろうとしちまったから、その詫びってことで」


「僕も別に構わないよ。人を助けるのに、理由なんて必要ない」


「「え……!?」」


「ーー……二人して何、その目。失礼極まりない」


「いや、お前がらしくない台詞言うから……!」


 そう呟くライトに『本当失礼だよね』なんて言いつつも優しく笑ったフライが、ふと私に視線を移した。


「まぁ、それもこれも皆……君の影響かな」


「え、私?」


 思わず聞き返すと、フライは微笑んだままうなずく。その穏やかな表情が綺麗で、一瞬だけドキっとした。


「よし!とにかくやることは決まり!まずはこの島を助けるよーっ!!時間もないし、小さいとき読んだ絵本みたいにいっそこの鏡を通って森から海に移動出来たらいいんだけど……な!?」


「あのね、只でさえ時間が無いんだから馬鹿なこと言ってないで……って、フローラ!」


「馬鹿っ、何やってるんだ!」


 フライに一瞬でもときめいたのを誤魔化すようにと、口をついた冗談に合わせて鏡面に当てたはずの掌が、とぷんと鏡面の向こう側に沈む。


(え、ちょっ、冗談だったのに……!)


 背後で廊下につながる扉がキィと鳴った気もしたけど、振り向く余裕すらないままあっという間に鏡に吸い込まれた。

 鏡に吸い込まれる私に気づいた二人も、躊躇うことなく小さな水鏡に、飛び込んで。


 次に目を開いたその場所は、済み渡る水の中でも聖霊王様の結界の中でもなく。雷鳴轟く曇天のど真ん中だった。


 ふと下を見る。そこは、荒れ狂った錆色の大海原だった。着地しようにも、足をつける”地“が下にない。つまり、逃げ場がない。


「き、きゃーっ!!?」


 そう理解するより先に天空でガクッと傾いだ私の体は、まっ逆さまに海へ向かい落下していった。


      ~Ep.344 フローラの信念~


『強く、清く、ひたむきなその優しさに免じて、特別に力を貸してあげるわ』

 そう呟く黄色い髪の女性が、私達が家捜ししたあのお家のリビングでそう呟いてることなんて、知る由もないままに。





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