Ep.342 三日月の弓矢
吹き抜けた風のお陰で霧が晴れて見通しが良くなったので改めて辺りを見てみると、どうやら私とライトが再会していた場所は森の中にある小さい泉の畔だったみたいだとわかった。ちなみに、霧を晴らしてくれた風はフライの魔法ではなかったらしい。ライトとフライに試しに魔力を使ってみてもらった所、精々手のひらの中に火の玉や小さな竜巻が作れるくらいしか魔力は出せなかったようだ。これは、結界のほころびはまだそんなに酷くはないみたいだと判断していいのかな?と思うけど、油断は禁物である。
凪いだ泉の丁度真ん中。そこに佇む真っ白い祠に向かって伸びた桟橋を、フライを先頭に並んで歩く。フライが無事なことに安堵した顔をしつつ、ライトが口を開いた。
「フライ、お前どうやってここに来たんだ?クォーツが屋敷から出た途端お前が消えたって大慌てだったんだぞ?まぁ、とにかく無事でよかったけど」
「あぁ、すまなかったね。僕にもよくわからないけれど、どうやら何かしらの転移魔法で“ここ”に飛ばされてしまったみたいだ。散々ここを目指して森を調べていた間は手がかりすら掴めなかったのに、皮肉なものだね」
「えっ、じゃあフライが毎日ずっと“探し物”って出掛けてた間、ずっとこの森に来てたの!?」
「あぁ。ライトと手分けしてこの島の歴史等を調べて、この島で魔力が使えなかったり、魔物が現れないのは恐らく人智の域を越えた強力な結界がこの辺り一帯にかけられているからじゃないかとは予想がついていたからね。毎日のように足を運んだよ」
「あ、やっぱり結界が張られてるんだ、この島」
「なんだ、気づいてたのか?」
「うん、なんとなくだし確信は持ててなかったんだけどね。さっき弱ってる蝶々さんを癒してあげられないかと思って指輪の力を使ったら、ちゃんと使えたからおかしいなと思ったの。それで、もしこれがいくつかの導具を要にした結界で、それが緩んじゃってるとしたら、原因はキャロルちゃんが要となる神具のひとつを持ち出しちゃったせいじゃないかなって」
「あぁ、なるほど。そっちから推理したんだな」
私の拙い説明を聞いて、ライトが『鋭いじゃないか』と笑って頭を撫でてくれる。温かい手のひらが優しく私の髪をとかしてく感触に気が緩みかけたけれど、端と気づいた。
あれ?私の説明に感心してるってことは、ライト達は私とは別の観点から結界に気づいたってこと?
「ねぇ、二人はどうしてわかったの?この島に結界が張られてるって」
「あぁ、簡単だよ。この島に纏わる過去100年分の災害記録を見たんだ」
「……はい?」
ちょっとライトさん、私の頭ではその説明じゃ何がどうして答えが出たのかさっぱりわかりません……!
「ライト、説明を省きすぎ。要点くらいきちんと話しなよ」
「ははっ、悪い悪い。島と言うものは周りが完全に海に囲われてるだろ?だから普通、長くても何十年かに一度は大きな水害に見舞われてしまうものなんだ。それなのに、島の災害記録を辿れども辿れども、海絡みの自然災害の記録は一切出やしない。津波とまではいかなくても、防波堤も一切無いこの島の環境で、高波の影響を今まで一度も受けたことがないなんておかしいと思わないか?」
「言われてみれば確かに……。サンセットさんと浜辺を散策しながらお話したときに、防波堤が全く無いなんておかしいなとは思ってたのよね」
リゾート地のような白い砂が煌めく浜辺を思い出しながら同意した私に、ライトとフライがそうだろうと頷く。
「その不自然さが何よりの証拠だ。長いことそうとは知らずに結界に守られ続けて来た為に、この島は自然災害に見舞われないことに慣れてしまったんだろうな。ずっと安全なままで居られるのならばそれで構わないが……良くない思想だ」
苦々しくそう告げるライトが、何を案じているのかわかる。結界はすでに緩んでるのだから、今、もしこの島が災害に見舞われたら……島の人々は、その難から身を守る術を持たない。だから、完全にその保護が潰える前にライトはこの島の管理権をフェニックスに返させたんだ。いざと言うとき、この島の人々も“自国の民”だって、守ってあげられるように。
(本当に、お人好しなんだから……)
でも、実に彼らしくて、そして、国を愛する皇子らしい解決法だ。無意識に頬を緩ませた私と、そんな私から照れたように視線を逸らしたライトの前で、フライが足を止める。艶やかな翡翠色の髪が揺れる背中越しに見えたのは、手を伸ばせば届く距離にある小さな、祠。
三日月と流星を模した白銀の柵の向こうに、一対の弓矢が奉られているのがわかった。フライがそれを封じているであろう南京錠に手を伸ばしたけれど、パチッという音と共にその白い指先は弾かれた。
「フライ、この弓矢ってもしかして、島の人達が言ってた森の神具じゃ……!」
だとしたら、流石に持ち出しちゃまずいよ!?と視線で訴える私とライトに、フライは向き直った。初めて見るような、真剣な面持ちで。
「あぁ、確かにそうだろうね。でも、重要なのはそっちじゃない。フローラ、ライト、力を貸してくれないかな、僕だけじゃ、開けられないんだ。多分神具を戻すだけじゃ、既に手遅れだ。戦うための力が要る」
静かな声音には、小馬鹿にしたような飄々とした色はない。いたって真面目で、真っ直ぐな声だった。
「僕の予想が正しければこれは、聖霊女王の指輪や聖霊王の剣と同じ、古の救世主に与えられた武器のひとつの筈だから」
「ーっ!……確かに、あり得ない話じゃないな。デザインもよく似てる」
「そうだね。もし本当にそうなら、指輪と剣と弓が互いに共鳴するかも……!」
思わず息を呑んで、それから指にはまっている指輪を見た。ライトも、体内にしまっていた聖剣を取り出す。その瞬間、それぞれにはまっている宝石が輝いて、一筋の光が祠へと伸びた。
フライが握りしめている祠の扉の取っ手へと、私とライトも手を伸ばす。
三人で頷きあって力を籠めると、頑丈そうだった南京錠は音もなく光の粒になって、消えていった。何の抵抗もなく、静かに祠が開く。
現れた白銀の弓は、弧をかいてしなやかにカーブしている。まるで三日月みたいで綺麗……。
その三日月の弓矢を、そっとフライが手に取った瞬間。強い風がフライの体を一瞬包んで、一気に空高く舞い上がって行った。
「きゃっ!すごい風……!フライ、ライト、大丈夫!?」
「……うん、僕は平気。寧ろ、気分がすっきりしてる。ライトは?」
「あぁ、こっちも大丈夫だ。それにしても今の風、まるで……ん?」
何か言いかけたライトが、ふと手のひらをかざしつつ天を仰ぐ。その手のひらに、ポツリと滴が落ちてきたかと思いきや、辺りは一気にどしゃ降りの雨に覆われてしまった。
~Ep.342 三日月の弓矢~




