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Ep.337 王子様のその手は《前編》

 ライトがかっさらわれて以降ずっと寂しそうにしていたフローラの為、ルビーとレインが企画したフローラのサプライズ誕生日パーティー。日付を誕生日当日から1日ずらして今日にしたのは、伝達係として唯一あの腐れ商人の屋敷に出入り可能なエドガーから『ライト先輩明日帰ってくるそうです』と仲間たちが聞いたからに他ならない。だから、ノックも無しに盛大に開け放たれた玄関扉から駆け込んでくるその姿を見ても別段驚きはしなかった。


「悪い、遅くなった!」


「あぁ、お帰り。別に飾り付けのような繊細な作業において君は初めから戦力外だからね。謝らなくていい」


「辛辣だなおい、俺だってちょっとした装飾品位……」


「ちょっとライト、そこ立ってたら扉閉められないよ。邪魔ー」


「クォーツまでっ……久しぶりに顔合わせたのに薄情な奴等だな……!」


「彼女を散々寂しがらせた報いだ、甘んじて受けろ」


 色紙を輪にして鎖状に繋げた懐かしい飾りを作る片手間に顔を上げそう突き放せば、ライトは一瞬瞠目してから『そうだな』と苦笑した。彼女の気持ちには気づいていないくせに、自分が居なかったことをフローラが寂しがっていたという事実を躊躇いなく受け入れるその余裕に腹が立つ。だから、暑さで喉が乾いているであろう事は百も承知であえてブラックのホットコーヒーを差し出してやった。カップを受け取ったライトが頬をひきつらせたが、そのまま飲めよと冷たい視線を送る。覚悟を決めて飲み干して、それから耐えきれぬ苦味に口元を押さえてキッチンに口直しの菓子を求めにいく子供染みた姿に、少しだけ鬱憤うっぷんが晴れた。


「で?あの阿呆娘に付きまとわれずに帰ってきたのならば、当然目的は果たしてきたんだろうね?」


 一口サイズのチョコレートを数粒口に放り込んでいるライトの背中に向かい、そう声をかけた。

 フライがライトと顔を合わせるのは、二週間前に『お前の個人の調べ物のついでに海の伝承も調べてくれないか』と頼まれて以来だ。資料自体は既に渡したし、あれほどライトにご執心だったキャロルに付きまとわれずに帰ってきたのならば“目的”は果たしたのだろうと、そう考えて。


「あぁ、勿論」


 その自分の予想を裏付けるように、勝ち気に口角を上げたライトが懐から封蝋で閉じられた一枚の封筒を取り出して見せる。その封蝋の印は、不死鳥。炎の大国、フェニックスの王家の紋章だ。当然だろう、あの封筒はこれからライトの父、……すなわち現フェニックス国王であるブレイズ国王陛下へと送られるのだから。


「これで正式にこの島はフェニックスの領土となる訳だ……。最後まで身分を皇太子だと明かさないままに内側から相手の綻びを見つけて誘導するその手腕、恐ろしいよ」


「本当に。何であんな理不尽でこちらに利のない軟禁を受け入れたのかなと思って心配してたのに、実際蓋開けてみれば屋敷に入れたのを良いことに交渉材料から情報から島の権利書やら確かめ放題であれよあれよと話進めてるんだからビックリしちゃった。敵に回したくないなー。で?肝心の魔物が出ない理由は?その情報だけは絶っっっ対ライトに渡すなーって、あのキャロルちゃんて娘が資料全部隠しちゃったって聞いてたんだけど」


 小首を傾げながらライトに訊ねつつ、クォーツが窓から外を確かめる。天気が荒れてきた為か、人の気配はまるでなかった。


「時には風呂場やライトのベッドの中にまで侵入してまで理想の王子様を逃がすまいとしてたキャロルちゃんは、今日はついてきていないようだけど、まさかそれが嫌になって逃げてきた訳じゃないよね?」


「当然だろ。キャロル嬢は神具を俺が取り上げた事と、今日あの商人との決着をつけたいと俺が言っていたこともあって、あの家の長女であるサンセット嬢が上手く外出するよう誘導してくれた。情報の在処はキャロル嬢自身から聞いたよ」


 上着を脱ぎながらサラリと言ったライトに、皆がぎょっとしたように目を見開く。


「そんな馬鹿な、説得や交渉が通じるような知性がある子じゃなかったでしょう。あんなにライトに理想の王子様を重ねて盲信してたのにどうやって……」


 唖然としつつキャロルに毒を吐きながら訊ねたクォーツに、ライトがフッと笑う。長い付き合いの自分達でも滅多に目にしない、陰を帯びた黒い笑みだった。


「少しだけ彼女の理想通りに振る舞って、浮かれてる間に雑談の合間から情報を引き出して在処の目星をつけただけさ。理想の王子様だかなんだか知らないが、、自分の目で相手の本質を見極められない馬鹿は扱い易くていい。お陰であの話下手の父親から教えてもらうより信用出来る情報が獲られたよ」


 一切の情を感じさせない声音だ、らしくない。でも、端から聞けば下衆ともとられてしまいそうなライトのその言葉を誰も咎めなかった。皆、フローラに危害を加えたあの少女に情など皆無だから。

 小さくため息をはいた自分の顔にも、意地の悪い笑みが浮かんでいるのがわかる。


「いっそその本性をあの阿呆娘に見せて上げたらどうだい?恐ろしい男だな」


「失礼だな、誰にでもこんな無礼な真似をしてるわけ無いだろ。ただあの女は許さない。あの誘拐の日、キャロル嬢はなんの迷いも、悪びれもなく、フローラの事を盾にしやがった」


「まぁ、そうだったんですの!?」


 ルビーの驚愕の声に、ライトが怒りを抑える為に小さく深呼吸をしてから頷く。事情を先にライトから聞いていた自分とクォーツも、改めて感じるキャロルへの不快感に眉を引き絞った。

 ライトは深呼吸で多少怒りを押さえ込めたようだ、いつも通りの声音に戻って、苦笑しつつ自分の身体をポンと叩く。


「まぁその事実に気づいたのは後からで、正直俺助けに飛び込んで敵全員片すまであの場にキャロル嬢が居たの全く気づいてなかったんだけどな」


「マジすか!それで理想の王子様とか勝手に盛り上がるとか、気色悪いわー」


「まぁ、結局彼女が愛せているのは自分だけなんだろう。だから相手の本質が見えていないんだ。第一俺あの助けた時Tシャツ一枚にジーンズだったんだけど、あれでよく“王子様”って言えたよな」


 『夢見る女のフィルターって恐いわ』と言うライトの言葉に、少なからず一度はその手のご令嬢達にも絡まれた経験のあるフライとクォーツも戦慄してしまう。ライトには申し訳ないが、我が身じゃなくて良かった、本当に。


(あぁそうだ、そういえば夕べ彼女を部屋から拐っていった件は咎めてやらないと……)


「ライト……」


「あーー……、それにしても、帰ってきたら一気にしんどさが来たな。気が緩んだせいか……?ん、どうした?」


 名前を呼び掛けた物の、疲れて憂いを帯びた表情から漂う彼らしくない妙な色気が寧ろ同情を誘い、夕べフローラを部屋から拐っていった件を咎めてやる気は失せてしまった。


「いいや、なんでもない。で?この後はどう……」


「あーっっっ!やっぱりここに居たんですね、ライト様っ!!!」


「ーっ、キャロル嬢!?」


「おっと!窓を乗り越えて入ってくるなんて礼儀がなっていないね、お引き取り願おうか」


「そうですわ、品がないなんてものではありません!人としてあり得ませんわ!」


「……ライト、大丈夫?」


「はは、耳が痛いな…………」


 ライトをキャロル嬢から守るためのその言葉が、他ならぬライト自身の精神も削っていく。月夜のテラスと真っ昼間の一回の窓では大分差がある気もするが、やはり窓からの出入りと言う点が同じな為なかなかダメージを受けているようだ。ようやく解放されたのにと、悲壮的な横顔が彼の嘆きを語っている。

 だが、妄想娘の暴走は止まらない。仲間たちがもうライトは我々と共に本島に帰ること、島の自治権自体フェニックスに返納される為にもうキャロルはもちろん彼女の父にも強い権力が無いことをキッパリ伝えたのだが、一瞬だけたじろいだこの馬鹿女、更におかしな事を言い出した。


「そんな、なんで……っ!あ、わかったわ!だからライト様は一度ここに荷物を取りに来たのね、キャロルをこの島から拐って駆け落ちするために!!きゃーっ、素敵!!」


「……もうヤダこの馬鹿、本当に人間?ライト先輩、よくこんなのに付きまとわれて耐えられましたね」


「俺だって、現れる魔物たちが必ずフローラを殺そうとするあの件さえなきゃこんなのを相手してまで魔物が出ない島の秘密なんざ探ろうとは思わなかったさ。キャロル嬢、もうハッキリ言わせてもらう。俺は君が心底嫌いだ、今すぐお引き取り願おう!」


「え、……え?ライト様、もうあの私達の邪魔をする悪女はやっつけたから、そんな酷い嘘ついてキャロルを守ってくれなくていいんですよ!ほらっ、見て!あの悪女、この島の宝物の貝殻の片方ネックレスにして勝手につけてたの!あんな子につけられて可哀想だし、ピンクの可愛い貝だからこの子もあんな悪者よりキャロルにつけてほしいだろうと思って取り返して来たのよ!褒めて!!」


「「「「「ーっ!!?」」」」」


 『やっつけたから』と言うその言葉に、今朝出掛けたフローラが全く帰る気配がないことが全員の頭を過る。一気に血の気が引いて皆が青くなる中、キャロルが自慢げに見せてきたネックレスを見たライトが誰より白い顔をして、キャロルを問い質す。


「何で君がそれを持ってる?……それは、俺が夕べフローラに贈った物だ!」


 我慢しきれず荒い口調でライトが聞けば、キャロルはなんの悪びれもせずに笑った。


「だーかーらー、これはこの島の宝物のもう一個で、キャロルは何回洞窟から取ってこようとしても触れなかったんだけどね。さっき島の反対側の森から帰る途中、あの悪女は私を危な~い崖道に連れてきたのよ!私はお姫様だからわかったわ、この悪女は、島の伝承みたく私を生け贄にするために連れてきたんだって!」


 侵入禁止の裏の森、危険な崖道、奪われたネックレス、ここに居る無傷のキャロルと、姿がないフローラ。徐々に増していく不安に、心臓が嫌な音を立てる。ふと目を向けたライトの握り拳が、ワナワナと震えていることにフライは気づいてしまった。

 まずい、と、そう思った。それでも、キャロルの馬鹿な話は止まらない。


「でもこの島のお姫様はキャロルだから、神様はキャロルに味方したの!崖が崩れて悪女は落っこちそうになったから、その隙にこのネックレスは返してもらったわ!あの子誰にでも優しいふりして島の人たちに気に入られて優しくされてたみたいだけど、誰にでも優しい子って本当は腐りきった悪魔みたいな子なんだって!キャロルの理想の王子様の側にあんな悪女、要らないでしょ?頑張って悪女から宝物と王子様を取り返したキャロルってなんて王子様思いの優しい女の子……きゃっ!!!」


「ーー……だ」


「ら、ライト様?ヤダ、引き寄せるなら胸元じゃなくて手は腰に……」


「フローラは何処だ、言え!!」


「ひっ……!」


 キャロルの胸倉を掴んだライトの叫びが部屋中に響く。窓ガラスが震えるほどの余りの声量に驚いたのだろう、流石のキャロルも怯えた様子だが、それでも、態度は変わらない。

 胸倉を掴まれ持ち上げられているにも関わらず、神経が逆撫でられるような気色悪い猫なで声をまだ出せるのだから。


「い、嫌だわライト様、あんな悪女まで助けに行くなんて優しすぎて素敵!でも駄目よ、あの子はキャロルと王子様の愛に邪魔な悪者だから、死んでくれて良かったんだから!!」


 キャロルも負けじと声を張り上げた。その言葉に、ライトの深紅の双眸に憤激ふんげきの業火が灯る。


「…………っ!!!」


 怒りの余り言葉も無いのだろう。キャロルの胸倉を掴むのと反対側の手で震えるライトの拳が思い切り高く振り上げられる。

 声さえ奪うほどの激しい憤りが真っ直ぐに振り落とされる。痛いほど握りしめた拳の骨が肉を叩きつける鈍い音だけが、沈黙した飾り途中のパーティー会場に響いた。


    ~Ep.337 王子様のその手は《前編》~




     

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