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Ep.336 転落する者

(……手遅れだったみたいね)


 キャロルちゃんと対峙した場所は、森に入って五分と経たずにたどり着ける場所だった。道も普通に真っ直ぐだったし、いくらどんくさい私でも使ったばかりの簡単な道を間違えたりはしない。来たのと同じ道を、踵を返してそのまま真っ直ぐに駆け抜けた……筈だった。

 でも、実際にたどり着いたのは何故だかいばらで通せん坊された小さなゲート。これじゃあ、出るに出られない。


 眠り姫のお城でも覆ってるのかと言いたくなるくらい立派なそのいばらは、ピコハンで叩いてみてもハンマーの方に穴が空くだけだし、護身用にと持たされた短刀でちょっと切りつけてみても、白い煙をあげて自己修復してしまった。更には、一度傷つけたそこには新たに倍の太さのいばらが生えてくるオマケつきで。

 ただのいばらじゃないのは一目瞭然だとため息をついたと同時に、思い出した。


「そうだわ、ハイネの手紙に、『万が一迷い込んだ時はお使い下さい』ってこの森の詳細の地図がついてた!」


 万が一を考えて、ずっと持ち歩いてたのだ。広げてみると、島で手に入れた地図よりずっと細かく書き込まれた地図……むしろ案内図が現れる。地元の人間も知らないようなことを、ハイネはどうやって調べたのかしら?

 そう首を傾げた瞬間、急に息が苦しくなった。同時に背後から囁かれた声に、背筋が凍る。


「つかまえたぁ……!」


「……っ!馬……鹿、ね……!私達が捕まったのよ!」


「きゃうんっ!」


 背後から、その小さな手を私の首に回したキャロルちゃんが狂気的な笑みを浮かべる。彼女の心臓の位置から沸き上がる黒煙にゾッとする。『神具の祟りだ』と、根拠もないのに確信した。とっさにそこに手を当てながら、小さな身体を引き剥がす。


「あれ?なんでキャロルこんなとこに居るの?」


 数歩よろけてから顔をあげたキャロルちゃんは、ぽかんとした様子でそう言った。よかった、正気……かはまだわからないけど、少しは落ち着いたようで安心する。

 辺りの黒煙は消えた、何かに無効化されたように。同時に、私の首元……服の下に隠したサクラ貝のネックレスが一瞬だけ、強い光を放って驚いて。服の上からだけど、握りしめたサクラ貝が温かな波長を放っていることに気づく。


(もしかして、今あの黒煙を無効化したのはこれ……?)


 そうだとしたら、もしかしてこれがもうひとつの……!いや、でも、ライトはこれを浜辺で拾ったって言ってたよね。あの真面目なライトがあからさまに“奉られてます”って感じで洞窟にあった貝を盗み出すわけないし、かといって行方不明になった神具が理由無く海に落っこちてるわけ無い。気のせいかな、ライトがくれたものだから過敏になってるんだわ、私。


(こんなときに色ボケしてる場合じゃないぞ!)


 混乱してるのかキャロルちゃんが大人しい今がチャンスだ。ライトの昔話を餌にしながら、ハイネの地図を片手に彼女を誘導しつつ歩きだす。

 このままもう一ヶ所の出口まで大人しく……ついてきてはくれなかった。


 ハイネが示してくれた裏道は、森の反対側の海……すなわち浜辺に繋がる道。ただし、そこに行くまでが断崖絶壁の細い、足場の悪い道だったのだ。

 案の定、キャロルちゃんは疲れた、怖い、帰りたいと騒ぎだす。


「キャロルちゃん、暴れたら足場が崩れて危ないわ」


「そんなの知らないっ!疲れたものは疲れたんだもん!いいもん、キャロルもうこっから動かない!ライト様がすぐお迎えに来てくれるもん!」


 ライトは自分からは何もせずに他力本願でワガママばかり言ってるような人間には厳しい。それを知っているし、ライト自身キャロルちゃんには優しくはしていなかったと言っていた。だから、始めにキャロルちゃんがライトを好きになってから、私が一番モヤモヤしてた疑問をぶつける。


「……ねぇ、あなたの中のライトって、一体どんな人?どこを好きになったの?」


「えっ?そんなの決まってるわ!金髪でカッコいいし、誰より強いし……」


 そこまではまぁ、わかる。でも続きを聞いて、うんざりした。


『どんな難しいことも、何も頑張らなくてもささっとこなしちゃう天才なの!』


『結婚したら、朝はお洒落なサンドイッチとブラックコーヒーを楽しみながら、私が起きるまで優しく寝顔を見ててくれるの!』


『お仕事や男友達なんかよりいつでも何よりもキャロルが一番で、『キャロル以外に大事なものなんて無いよ』って言ってくれるんだわ』


『いつでも冷静で優しくて大人だから、キャロルがどんな失敗しちゃっても笑って許してくれるのよ!』


 全部の台詞の最後に『きっと!!』とつくそれは恋じゃない。ライト自身を見ずに作り上げた、勝手な幻想だ。


「はぁ……」


「うふふ、キャロルとライト様のあまりに素敵な恋に敗けを認めた?貴方よりキャロルの方がずっとずーっとライト様が好きに決まってるけど、退屈だからあなたの話も聞いたげる!」


「えっ!?私!!?」


「そうよ!どうせライト様は貴方なんか好きじゃないのに勝手に好きになっちゃったんでしょ?でも許したげるわ、キャロルのライト様は完璧な王子様だから、世界中の女の子が好きになっちゃうのよ!」


 キャロルちゃんの台詞の後半は、ほとんど頭に入ってこなかった。『ライトのどこが好きか』なんて、考えたこともなかったから。でも、人に聞いたくせに自分は答えないなんて、それは良くない。


 胸に手を当てて考えてみる。“難しい質問”だと思ってたのに、悩むより先に口が、動き出した。


「見た目のせいなのかな。一匹狼に見られがちだけど、実は誰より情に深くて、一度でも認めた相手は絶対見捨てないお人好しで」


 私を友達って言ってくれた時も、そうだった。


「出来ない事にほど燃えちゃって、壁は努力で蹴破って生きてきたってくらい頑張りやさんな癖に、強がりだから周りにその努力は知られたがらない照れ屋さんで」


 満天の星空の下、人知れず魔力の練習をしてた自分を見られて、恥ずかしそうにしていた照れ笑いに、自惚れないで頑張れる人ってすごいんだなって憧れて。


「実は甘いものが大好きで、いつも私が作ったお菓子に喜んでくれて。没収したりすれば拗ねちゃう子供っぽい一面が可愛くて」


 『ありがとう』って笑ってくれる人がいるだけで、お菓子を作る時間が幸せになるから。それから……


「私が無茶して心配かければ、『ピコハン100発の刑』とか馬鹿なこと言ってきたり、本当に危ないことした時は全力で叱ってくれる。そんなまっすぐで不器用な人だから」


 絶対途中で口を挟んでくると思ってたのに、キャロルちゃんが何も言わないから引っ込みがつかなくなっちゃった。

 いつの間にか熱を帯びた自分の頬を隠すように両手で擦りながら、未だに本人には伝えられずにいる気持ちが、口からこぼれ落ちる。


「私は、完璧な王子様なんかじゃないライトが好きなの」


 って、何年下相手に本気で語っちゃってるの私ーっっっ!!!……でも、口にしたらストンと府に落ちた。結局私、最初からずーっとライトに惹かれてだんだなぁ。


「……何よ、それ」


「ーっ!」


 ドキドキする心臓を落ち着かせなきゃと深呼吸を始めた所で、頑なにしゃがみこんだままだったキャロルちゃんが立ち上がった。ブルブルとその肩が震える度、彼女が摘み荒らした花たちが哀れにもワンピースから剥がれ落ちていく。でもキャロルちゃんは、その事にすら気づかず私の両肩に掴みかかってきた。


「何それ!そんなの全然カッコよくない、キャロルの王子様を穢さないで!!貴方なんか嫌い、嫌い嫌い嫌い大嫌い!!!」


(ーっ!またこの黒煙っ、神具はもうライトが持ってるのにどうして……!?)


「落ち着いて!こんな場所で暴れて落ちたりしたら死んじゃうわよ!」


「キャロルはお姫様だから死んだりしないわ、王子様と幸せになるの!死んじゃったママだってそう言ったんだから!!だからそれを邪魔する悪い魔女なんか……!」


 『死んじゃったママ』。その言葉に気を取られて油断した瞬間に、キャロルちゃんの全身はまた黒煙に呑まれてしまう。そのままキャロルちゃんは叫び声を上げた。


「あんたなんか、この世界から居なくなっちゃえ!!」


 ドンッと衝撃を感じたのと、足の裏に空気を感じたのはどっちが早かっただろう。ガクンと落下しかけて咄嗟に崖を掴んだ衝撃で、服の下に隠してたサクラ貝のネックレスが胸元から飛び出す。掌が岩肌で擦れて痛い。

 サクラ貝を目ざとく見つけたキャロルちゃんが、私の首からネックレスを引きちぎって、笑いながら自分の首にかけた。


「かっ、返してっ……!」


「べ~っだ!嫌よ!これ、あの洞窟にあったのにずーっと触れなかったピンクの貝でしょ?私が貰ったげる!」


 『じゃーね!』と、落ちかけた私の手を踏んづけてからキャロルちゃんが走り去った衝撃で、ただでさえ崩れかけてた崖に限界がきたらしい。


 『ネックレス返して!!』と叫んだ私の声は、崩れ落ちる崖の音に掻き消される。

 後悔する間も無い速度で、私は崖下へと落下した。


    ~Ep.336 転落する者~


   『清き少女の落ち行く先は、女神が統べし光輝の樹林』



 


 




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