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Ep.335 その者はどちらなのか

 翌日。何故だかルビーに朝イチでお屋敷から閉め出された私は、こっそり窓からもう一度中に入ろうとして、止めた。ルビーが私を……わざわざ私だけを閉め出した理由を聞いちゃったからだ。


「サプライズの誕生日パーティーかぁ、なんだか懐かしいな……」


 上手く立てれなくて飛び散ったクリームでエプロンを汚したルビーが『絶対お姉さまを喜ばせるんですわ!』と意気込んでる姿なんか見ちゃったら、嬉しくて嬉しくて、らしくもない気づかなかったふりだってしたくなっちゃう。ふふっと笑いながら空を見上げた。今は快晴だけど、今散歩してる浜辺の反対側……、つまり、女神の森の方に大きな雲が見えた。夕方には風に乗ってこっちにまで来ちゃいそうだ。そうなったら天気が崩れちゃう。 


「もしライトが来るまでに天気が荒れ始めたら、神具を返すのは延期かな……。でも、早い方が良いだろうし……」


 悩み所だ。荒れた海は危ない、出来るなら近づかない方が良いに決まってるけど、もし神具を戻せばその荒れた海が落ち着くなら、多少の無茶はやむ終えない……とも考えられる。


 そう言えば、森の方は大丈夫だったのだろうか?ライトが工事は中止にするよう働きかけたって言ってたけど、なんとなく胸騒ぎがする。

 浜辺から、道路にある蝶のレリーフが彫られた柱時計を見上げた。現在時刻、11時半。夕方までにはまだまだ時間がある。


「……よし、行ってみよう!」


 大丈夫だと確認するだけだし、わざわざお屋敷に戻って皆に連絡しなくても大丈夫でしょう。

 元気よく駆け出した視界の先、森の大きな樹の真上で、雷が一閃炸裂するのが見えた。


 森の入り口は、初日に私が迷い込みかけたあの一ヶ所しかないらしい。だから、連日工事の人達はその辺りに屯していた。でも、今日はどうした事でしょう。

 張り巡らされていたロープも外され、踏み荒らされた土は多少雑だけどちゃんと整えられ。あれほどいた工事のスタッフさん達も跡形もなく姿を消している。あぁよかった!と安堵した時だ、森の中から、悲鳴が響いたのは。


「きゃーっ!!!」


「えっ、だ、誰か居るの!?」


 思わず森に駆け込もうとして、初日に注意してくれたおばあさんの声が耳に甦る。


『あの森に入ることが出来る者は二種類だけだ。神々に選ばれし者か、神の怒りに触れ魂を隠されし者』


(怒りを買ったら、無事には帰れないかもしれない……。でも、聞こえちゃったんだから仕方ないわ!!)


 入り口付近で足踏みしてる間にも、奥からの悲鳴は響き続ける。深く考えずに、その主の元へと駆け出す。森に入って5分もしない、ちょっとした暗がりの中で、その子は踞っていた。


「き、キャロルちゃん……?」


「……っ!貴方!なんで貴方が来るの!?キャロルはライト様を待ってたのに!」


 来たのが私だと気づいた瞬間、激しく落胆した様子のキャロルちゃんは立ち上がった。その白いフリフリワンピースから髪の毛から、更には元から飾りが一杯で派手なバッグにまで、今のキャロルちゃんはこれでもかってくらいに色取り取りの生花で身を飾っていた。つい、ため息をついてしまう。


「あの、キャロルちゃん、貴方が何故ここに来たかは聞かないけれど、そのお花はどうしたの?」


「これ?ふふっ、今日は占いで“愛の告白の絶好のチャンス”だって言われたから、ライト様が私に告白しやすいように~、邪魔が入らない森の中に来て、その辺の可愛いお花をいーっぱい摘んできたのよ!どう?似合うでしょ!」


「……摘みすぎだわ、花が有りすぎて本来のワンピースも見えてないよ。で、さっきの悲鳴は?」


「あぁ、一番綺麗だったお花を取ろうとしたら、あの蝶々がいきなり顔に向かって飛んできたの!最初は逃げてたけど、あんまりしつこくて気持ち悪いからバッグで叩き落としちゃった!!」


 環境破壊レベルに花を摘んだことも、罪なき蝶を傷つけたことも悪びれずに笑うキャロルちゃんが指差した先には、石に打ち付けられ羽が欠けた蝶々が力無く羽根を休めていた。


(あのときの三匹の内の一匹だ……!なんて酷いことするの……!!)


 私だって普通に女の子だ、虫が得意な訳じゃない……けど、だからってこんな傷付け方は無い。悲しい気持ちで、両手でそうっと、岩に横たわったオレンジ色のその子を持ち上げた。僅かに羽根がひらひらと動いているけど、今にもこと切れそうだ。“虫の息”とは、正にこの事だろう。

 何故だか無性に悲しくて、私の左目から堪えきれなかった涙が一滴だけ、聖霊女王の指輪に落ちる。すると、指輪をはめてるその指が、少しだけ熱を帯びたような気がした。


(……この島では、魔力は使えない。だけど)


 そもそも指輪に込められたその力は、“神聖”なる癒しの力。当然使えないものだと初めから思い込んで使わずにいたけれど、もし私のこの指輪や、ライトの聖剣の力の源が“魔力”とはちょっと違う種類の力なんだとしたら。

 使えるかもしれない、助けられるかも知れない。そんな僅かな希望を膨らませる為、今ここには居ない指輪の本来の主にそっと、語りかけた。


「……聖霊女王タイターニア様、少しお力を貸して下さいね」


 呟いた瞬間、私の手の中に小さな小さな魔方陣が現れる。ビックリしちゃったのか、オレンジの蝶々がいきなり暴れだした。羽根が何度も指を掠めてくすぐったいけど、絶対落としたりしない……!


「大丈夫、大丈夫よ。すぐにまた羽ばたけるようになるわ」


 ふわ……と、花の蕾が閉じるようにゆっくりと魔方陣が蝶々を包み込んだ。開く気配は無い。


(死にかけて居たんだもの、回復にも時間がかかるのかもしれない……)


 どこか安全な場所はと見回して、キャロルちゃんの後ろの背の高い樹に目をつける。

 皆無の運動神経を駆使してどうにか高めの枝までたどり着き、手のひらでサナギのように蝶々を包み込んだ魔方陣を、そっとその枝に下ろす。

 魔方陣は任せろと言わんばかりに、その枝にしっかり定着した。


「ふぅ、これで助かるといいんだけど……」


 そう安堵出来たのは一瞬だった。

 俯いたキャロルちゃんがポケットから取り出したのは、サンセットさんが前見せてくれた島の伝承の絵。しまったと思った時には、遅かった。


「すごい……っ、何それ、ずるい、ずるいずるいずるいずるい!それって伝承の、王子様に愛された女の子の力よね!?なんでキャロルが使えないのかなってずっと思ってたら、貴方が盗ったんだ……!」


(……っ!不味いわね、神域である森の中で暴れられたら、神様達にも、治療中のあのちょうちょにも迷惑だわ。仕方ない……)


 親指の爪をギリギリ噛みながら呟いてるキャロルちゃんは、どう見ても正気じゃない。

 その狙いは今、私だから。


「あっ!逃げないでキャロルの天使の力返してよ、この魔女!!!悪魔!運命の王子様を奪う最低女の癖に!」


 物凄く罵倒されてるけど気にしない。森の出口の方へと、勢いよく走り出した。案の定、キャロルちゃんは激怒したまま私を追いかけて来てくれる。狙い通りだ。


(難しいことは後回し、今はとにかくキャロルちゃんを森から外に出すわ……!神隠しにあう前に!)


 だから、気づかなかった。私達が走り去ったすぐ後に、再び開いた魔方陣から出てきた蝶々が、美しい女性の姿に変わっていたなんて。


   ~Ep.335 その者はどちらなのか~


    『それを決めるは、神次第』





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