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Ep.332 神具と、祟りと、恋心

 朝日を反射する白い砂浜が眩しくてほとんどシルエットにしか見えないけど、ライトの少しオレンジがかった金髪と、キャロルちゃんの特徴的なV字型リボンは見間違えようがない。


「ライト……っ!」


「ライト様ぁ、ライト様の方から海に誘って下さるなんて嬉しいですぅ」


 久しぶりに見たライトの姿に無意識に駆け寄ろうとしていた私の足が、キャロルちゃんのその声に止まる。


(誘った?ライトが自分から、キャロルちゃんを……?まさか、キャロルちゃんの事を好きになっちゃったの……!?)


 唖然とした私達が見ていることには気づいて無いんだろう。ライトの胸に抱きついているキャロルちゃんが彼の顔に向かって顔を近づける。


「……っ!フローラ様!」


「ーー……大丈夫です、私は、ライトを信じます」


 シルエットだけ見れば、完全に若い恋人同士の口付けの瞬間だった。心臓が、凍りついたように痛くなる。でもそれを『嫌だ』と言える立場に、私は居ない。

 だからサンセットさんに名前を呼ばれて、真っ白になってた頭をフルフルと振った。大丈夫。彼の心が誰に向いてるかはわからないけど、少なくとも誠実で賢いライトがあんな軽い色仕掛けやおかしな貝殻の術なんかに引っ掛かって皆を裏切ったりするもんか。


 実際、彼女が一人ではしゃいでるだけで、キャロルちゃんの声は聞こえるけどライトの声は全く聞こえない。私達の位置からは彼の後ろ姿しか見えないから、表情も見えない……。

 だから大丈夫、大丈夫だと、痛いくらいにぎゅっと手を握りしめて二人の様子を見守る内に、ライトに何かを囁かれたキャロルちゃんが『ご案内しますね!』とライトの腕にしなだれかかりながら彼を連れて去っていく。


 それを見送るしか出来ない自分が悔しい、胸が痛いよ、今すぐにでも追いかけたい。けど……!


「フローラ様、大丈夫、ですか……?」


 心配げなサンセットさん。彼女に向き直って、小さく深呼吸。ライトもきっとただ情報を手に入れるだけじゃなくて、何かこの島を助ける手立ても考えてる筈だから。どんなときでも弱い者を見捨てられない、そんなライトが好きだから、私も出来ることをしなくちゃ。

 そしてその“出来ること”が何なのかを見極める為には、まず情報が必要だ。深呼吸を終えた私は、サンセットさんに向き直り彼女の手を取った。


「ライトならきっと大丈夫です!それより聞かせてください、先程言っていた“恐るべきこと”の詳細を!」


「……!本当に、ライト様とフローラ様は互いを信頼していらっしゃるのですね。わかりました、私が知る内容もほんの一部ではありますがご説明致します。海の神具は二つでひとつ。そして元々は、海の主を鎮める為の要だったそうです」


「海の主?」


 サンセットさんが頷き、一枚の絵を取り出す。そこには、薄く煤けた灰色っぽい龍のような絵が描かれていた。これが海の主……かな?なんか強そうだけど、今はそんな感想は置いておく。問題は、その強そうな主さんを鎮める為の鍵である貝殻のひとつを取ってしまったと言うこと。それはつまり……と、今ある情報から推察できる一番高い可能性を弾き出す。


「神具をキャロルちゃんが私益に使っている今の状況が続けば、いずれ鎮まっていた海の主が目を覚ます。目を覚ました主がもし、奪われた神具を求めて島に来たら、この島では魔力が一切使えないから、島の人々は抵抗する術を持たない。そうなれば……!」


「えぇ、そうなれば、この島は滅ぶでしょう。……半月前からずっと荒れている海を見ていても、その日が刻一刻と迫ってきているような気がしてなりません」


 恐ろしくて私が最後まで言葉に出来なかった部分を、サンセットさんが苦い表情で言い切る。

 なんと答えたら良いかわからなくて、立ち上がって海へと一歩足をつけた。今日は快晴だ、でも自然が常に穏やかであってくれる保証なんて、どこにもない。


「元々、皆様の滞在予定であった期間はあと一週間無いでしょう。ライト様が屋敷で父を説得してくださっていた事と、現場のスタッフの謎の睡魔のお陰で大分先伸ばしになっていた森の方の工事も明日には始まってしまう。そうなれば海だけでなく、森からも天罰が下るやも……。……っ、最早一刻の猶予もありません。フローラ様、ライト様とお仲間の皆様を連れて、すぐにでもこの島を出っ……」


「サンセットさん、私決めました!」


「えっ?」


 『巻き込まれる前に島から逃げろ』と、そう言いたかったであろうサンセットさんの言葉をあえて遮った。


「キャロルちゃんが持ってる神具はとりあえず後回しにして、もうひとつの神具を私が探して、洞窟に戻します!片方だけでもあれば、きっと多少は効果あるでしょうし、ある場所さえわかっているなら、オーロラ貝の方は最悪の場合はキャロルちゃんが寝てる間とかに拝借して洞窟に戻しちゃえばいいんですから」


「でっ、ですがそんな危険な……!」


「大きな危機を退ける為の僅かな危険リスクを拒んで行動しないのでは、結局何も変わりません」


「そうだとしても、貴女方は島とは本来無関係で、リスクを犯してまで助ける義理は……っ!」


 食い下がってくるサンセットさんの言葉が止まった。私が彼女の目の前に、初日にルビー達とお揃いで買った貝殻のヘアピンを突きつけたからだ。(もちろん、ピンの先端はサンセットさんじゃなく自分の方に向けて。)


「これは……?」


「島についた日に、お友達とお揃いで買いました。今の一番のお気に入りです」


 まじまじとヘアピンを見たサンセットさんの前で、それを前髪に留め直す。爽やかな潮風が前髪を揺らした。


「私、この島好きですよ。助けたい理由は、それで十分じゃないですか」


 ぽかんとしたサンセットさんはしばらく逡巡していたけど、やがて諦めたらしく小さく息をついて、微笑んだ。


「わかりました。ですがくれぐれも、無茶をしないようになさってください、約束ですよ」


「はい、約束です!」


 小指を差し出せば、一瞬ぽかんとしてからだけど指切りに応じてくれるサンセットさんに、“お姉ちゃんいいな”とちょっと思った私だった。










ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 サンセットさんと別れた後、洞窟の奥にこっそり行ってみた。潮の関係なのかわからないけど、以前より泉の水彩画下がっていたから気づいたのだけど、確かに泉の側面には、二つぶんの貝殻型の窪みが空いてたので、あれが神具の置き場だったんだと思う。もちろん、オーロラ貝じゃないもう一つの神具もなかった。そして、泉も今日は光っていなかった。これが悪い出来事の予兆じゃ無いといいんだけど……。


 ちなみに、オーロラ貝の方がはまっていたであろう穴は貝型の縁がギザギザで、もう片方の窪みの貝型は逆につるんとしていて丸っこい感じだったから、サンセットさんが言っていた『貝の種類が違う』っていう予想は多分当たってる。

 その事を踏まえて今日は丸一日、浜辺でそれらしき貝殻を探したけれど、結局洞窟の穴にぴったりはまる貝殻……もとい神具は見つからなかった。それに、キャロルちゃんに腕を引かれて連れていかれた、ライトの姿もどこにもなかった。

 ベッドに横たわったまま、ふと時計に視線が向かう。


「もうこんな時間か……」


 後10分もしないで、日付が変わる。そしたら、今年の私の誕生日は終了だ。


 いや、そんなことはどうでもいいじゃない。顔も合わせてないけど、声も聞いてないけれど、ライトの姿だって見れた。島についての情報や、キャロルちゃんの行動を教えてくれる伝手サンセットさんとも知り合った。

 海の神具は見つかってないけど、それはまた明日、浜辺をぐるっと回って探せば良いし、なんなら例の森の中にも行ってみよう。やるべきことは目白押しだ。だから、だから……!


「だから泣くな、私……!!」


 ぎゅうっと抱き締めた枕に、水滴が染み込むのを感じてしまうともう駄目だった。ポロポロと溢れる涙も止められないなんて、16にもなって情けないぞ、私!

 そう自分を激励しつつも、涙で揺れる視線はまた時計に向かってしまう。明日に切り替わるまで、あと5分。


「フローラ、大丈夫……?」


 いつもなら『はやく寝なよ、明日に響くよ』って注意してくるブランが、ペロペロと私の頬を舐め始めた。笑って安心させたいのに、上手く笑えない。


「あはは、大丈夫って言いたいけど、駄目だ。寂しいよ……!」


「……っ、じゃあ、今からあの馬鹿商人のお屋敷まで」


 『連れていってあげる』と、言いかけたブランの声も、私の涙も止まった。何の前触れもなく、テラスに続く両開きの窓が開いたからだ。


 時刻は0時の2分前、本当に、ギリギリだけど。


「良かった、ギリギリだけど……間に合ったな」


 テラスに降り立ち微笑む彼の、金色の髪が夜風に揺れた。



     ~Ep.332 神具と、祟りと、恋心~



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