Ep.328 お姫様は、つくづく悪役に向かない
前略、ハイネへ。ライトがこの島の偉い人の娘さんに拐われてしまったので、とりあえず私は二人のデートを妨害することにしました。
と、出した手紙の返事でやたらと森の方へはいかないよう念を押された翌朝から、急に海が荒れ始めて本島の方とは船の行き来が出来なくなってしまった。昨日はあんなに快晴だったのになぁ。
まぁそんなことは置いといて、今見えるのは島で一番の高台にあるやたらとメルヘンチックなお城。その出入り口になるバラのアーチが見える木陰で、クォーツと2人で隠れて一時間。ようやく扉が開いてライトとキャロルちゃんが乗った馬車が出てきた。窓から見えるキャロルちゃんがライトの頬に唇を寄せてそれを彼が拒否してる姿に、擬態のために握りしめてる枝がバキッと折れた。
「またライトにベタベタしてる……!」
「うわぁ、今日も今日とて凄まじい愛情表現だね……。で、どうするの?」
「で、デートなんかさせないもん!とりあえずいムードになっちゃったら……っ」
「なっちゃったら?」
鞄から取り出したピコハンで隠れ場所にしてた木を叩く。軽快なメロディーを響かせ、私はえっへんと胸を張る。
「とりあえず、このピコハンでBGMを鳴らして雰囲気ぶち壊しちゃうんだから!」
「うん、とりあえずピコハンは君が思っているほど万能なアイテムではないかな!」
え?駄目かな、雰囲気ぶち壊しってなかなかキツいものがあるかと思ったんだけど。
『まぁ、いい雰囲気になんて100%ならないと思うけど』と、私のお目付け役としてついてきてくれたクォーツが首を振る。
「そんなのわからないじゃない。エドから私が預かってライトに渡した産みのお母様の日記のお陰で決して一方的に捨てられたんじゃないとわかったから、今のライトにはもう恋愛への嫌悪感もないんだよ?好みのタイプとかもわかんないし、キャロルちゃんみたいなふわふわした子は総じて男の子に人気だって聞いたもの!!ライトが誰か一人に夢中になってる姿なんか想像出来ないけど……!」
「あ、あはは。フローラ、本当に欠片も気づいてないんだ……。わかってたけどこれは……!いや、でもじゃあ、今なら逆に付け入れるってこと?でも、でも……!」
「何踞ってるの?二人が行っちゃうよ、追いかけよ!」
「あ、うん!……はぁ、今こんなに近くに居るのは僕なのになぁ」
「ほら、早く!」
なにやらどんよりしてブツブツ言っているクォーツの手を掴んで立ち上がる。馬車と言っても小さいものだし、観光を兼ねてるのか速度はゆっくりだからすぐ追い付けそう!と、二人して駆け出したその後ろ。
商店街の方へと進む上り坂を、手押しのカゴつき車を押しながら歩いているおばあさんが通った。
「あー、重たいねぇ。娘たちも島を出ていっちゃったし、誰かこんなときに一緒に荷物を運んでくれる子達がいたらいいんだけどねぇ……」
「ーっ!おばあさん、大丈夫ですか?」
反射的に踵を返す。クォーツの手を離さないまま私が180度進行方向を変えたので、クォーツの肩からバキッとしてはならない音がした。
「~~~っ!?」
「あ、ご、ごめんなさいっ、大丈夫!?」
「だ、大丈夫、大丈夫。それよりおばあさん、これはこの坂の上までで良いですか?」
「おやお嬢ちゃん達、運んでくれるのかい?嬉しいねぇ」
涙目で肩を擦りながら笑うクォーツと二人で、坂の上にあると言うおばあさんのお家まで荷物を運んだ。帰りがけに、お礼だと例の神様の森にまつわる絵本とみかんを頂いた。真夏だからおコタでなくソファーで食べたけど、みかんは美味しかった。
《初日・フローラ&クォーツのいい子ちゃんコンビ。人助けに気をとられ尾行失敗》
二日目はエドとブランがついてきてくれた。でも、道中で見かけた真っ白い長毛種の猫ちゃんにブランが一目惚れ。しかしその猫ちゃんがオスだったショックでブランが居なくなってしまったので、その捜索で一日が終わった。長毛種の猫ちゃんの飼い主さんが、同情して宝石付きの猫用首輪をくれた。可哀想なブランには、首輪に合う帽子とベストとちっちゃなブーツを作ってあげた。
三日目はルビーとレインと向かった。でも生憎の雨で2人ともお屋敷から出てこない。この日は、ライトの横顔すら見れなかった。ルビーが『追いかけるより追われる方が女は幸せですわ』と頻りに説いて来たけど、途中でクォーツに回収されていった。暇になっちゃったのでレインとお散歩しながら帰った。途中で仲良くなった地元の子から、森を壊す工事開始まであと三週間も無いことを聞いた。神様の住む森を壊すなんて罰当たりだ。ライトの奪還を目指しつつ、工事の阻止も視野にいれて動くことにする。工事のスタッフさんがご飯が足りなくてお腹が空いてるらしいので、パンケーキを焼いて配りつつ情報収集した。
四日目、私達がライト……およびキャロルちゃんの周りを彷徨いているのが商人さんにバレて、私は一切お屋敷の近くに行けないようになってしまった。そして……
「もう二週間以上経っちゃった……。ライト、どうしてるだろう…………」
「そんなに気になるならエドに聞けば?一切会いに行けなくなった代わりに、三日に一回ライトと対面する担当は彼になったんでしょう?」
貰った首輪と私が作った衣装が気に入ったのか、鏡の前でご機嫌なブランが言う。そう、商人さんは私をライトに近づけさせない為、彼とのやり取りはすべて代表者一名との三日に一度の面会のみに指定してきたのだ。そして、せめて代表者はライト自身に選ばせてあげようと上から目線で言われた結果、ライトが指定したのは私でも、フライでも、クォーツでもなくエドだった。まぁ、『女の子は駄目!』って、キャロルちゃんに言われてたからどのみち私とレインとルビーははじめから無理だったみたいだけどね。
はじめはちょっと驚いたけど、エドはライトのシュヴァリエ……言わば右腕だ。だからきっと目的があって指名したんだろうし、エドだけずるいーなんて、そんなワガママを言っちゃいけない。
「……駄目だよ、エドはエドでライトから何か頼まれてるみたいだし。それに、明後日からはとうとう森の工事が始まっちゃう。ライトの件の前に、そっちをどうにかしないとね」
本当は、一昨日から始まる筈だった森の木々を切り取る工事。どう食い止めたらいいかわからなかったから、毎朝工事の職員さん達に安眠を促すお薬を練り込んだ軽食やお菓子を“キャロルお嬢さまからです”って差し入れてお眠りいただいて、工事が出来ないように妨害していたんだけど。巧くいけば、毎回工事直前にスタッフ達が寝入るのを誰かしらが『祟りだーっ!』って怖がってくれるんじゃないかという私の狙いは外れてしまった。
安眠作用+体力回復を促すお薬を使ったせいでスタッフさん余計に元気になっちゃったし、キャロルちゃんの人気も更に右肩上がりで、結局大失敗だ。
(こんなときにライトが居たら、ガーッと叱り飛ばしてから、『切り替えろよ』って笑ってくれるのに。……もう、ずっと声すら聞けてない)
久しぶりに引っ張り出した、ライトのお下がりの赤いガウン。でももう、それに包まれても、安心出来る気はしなかった。
「いつから私、こんなワガママになっちゃったんだろう……」
「フローラ……」
ぎゅうっと、薄い布団を握りしめる。手のひらに爪が食い込んで痛いけど、それ以上に心が痛かった。
「先輩、居る?」
「ーっ!は、はーい!どうぞ!」
「ごめんね、こんな夜に」
困った顔で入ってきたのは、今日も丁度商人さんのお屋敷に行っていたエド。噂をすればと言うやつね。
「全然大丈夫よ、それより、何かあったの?」
「……手紙を預かってきたんだ」
「手紙?」
首を傾げる。一瞬ライトからかなと期待したけど、キャロルちゃんと彼女に盲信する周りに厳しく管理されてる今の彼では無理だろうと思い直す。
実際、エドが差し出したのは、白地に菫の柄が入った、女性らしい清楚なデザインの封筒だった。
~Ep.328 お姫様は、つくづく悪役に向かない~
『わかっていても彼だけは、誰にも譲りたくないのです』




