Ep.327 恋敵は暴走娘
何だかんだ結局洞窟でゆっくり寝入っちゃったせいで起きたときには夕方だった。
どうやったか知らないけど、ライトは今夜商人さんをこのお屋敷での夕食に招いてそこで情報を貰うことにしたそうで。ドレスに着替える為にと、キャロルちゃんも帰ったとクォーツ達から聞いてほっとした。
そんな訳で部屋に戻ると、ハイネの代理でついてきてくれたアリアが救急箱を持って入ってくる。『傷の包帯を変えましょうね』と言われて上着を脱いだ私に、失礼しますと手を伸ばしかけたアリアが、固まった。
「ひ、姫様、これはどうされたのですか!?」
「へ!?な、何が!!?」
「首です、首筋!ほら、鏡見てください。ここ!!」
大慌てのアリアが指差したのは、怪我をしたのと反対側の肩……と言うより首筋に近い場所。洞窟で寝入っちゃう前に、一瞬チクッとした場所だ。そこに、赤く小さな痕がついている。
絆創膏とかで簡単に隠せそうなそれを指でつつきながら、首を捻った。
「ライトは“虫除け”って言ってたけど、これ多分虫刺されだよね……?」
疲れのあまり間違えちゃったのかなと考えていると、アリアが長いため息をこぼす。
「なるほど、お相手がライト様ならまぁ……。いえしかし、やはり姫様にはもう少し危機感を持っていただかないとなりませんね。殿下方の理性もそろそろ限界な筈ですわ……!」
「アリアー、よくわからないけど帰ってきてー。早く着替えないと夕食の時間になっちゃうよーっ」
早口すぎて聞き取れない独り言はスルーして、傷の包帯を変えて貰う。腕や手の傷は自分で手当てがしづらいから不便だよねぇ。ちなみに首の赤い虫刺され(?)は可愛い形の絆創膏でアリアによって隠され、更に襟のついたブラウスで覆われた。
『良いですか。殿方の独占欲を舐めてはいけません、それを決して他の皆様に気づかれてはなりませんよ、絶対に!!』と念を押してくるアリアが恐すぎて、理由もさっぱりわからないまま何度も頷く。
「お待たせしました、遅くなってごめ……」
「ーっ!先輩っ、今来ちゃ駄目だって!」
「え?」
どうにかアリアを正気に戻して着替えて食堂へ降りると、なにやら中が騒がしくて。中に入ろうとした途端、青い顔をしたエドが私を中に入れまいと立ちふさがった。
「どうしたの?もう商人様がいらしてる時間でしょう?」
そういいながら、首を動かしてエドの肩越しに中の様子を見る。その先に揺れる赤いV字型リボン。その主がなんとライトをソファーに倒して馬乗りになっている!怒りを通り越して眩暈がした。あり得ない、いくらなんでも許せない!!
「ライト、大丈夫!!?」
「フローラ!」
「ーっ!来たわね悪者!お姫様は悪い魔女になんか負けないんだから!」
倒されているライトに駆け寄る私を、背後から伸びてきた手が押さえる。ガタイのいい、スーツ姿の男性だ。キャロルちゃんの為に厳選を重ねて雇った護衛だと、商人さんが言っていた気がする。(じゃあまんまと誘拐されてちゃ駄目じゃないとは思うけど。)つまり、この人が私がライトに近づくのを止めるのは、主であるキャロルちゃんの命だ。
「キャロルお嬢様はこの島で一番高貴で大切な女性。そのお嬢様がここまで見初めた男性は初めてです、ライト殿は幸運だ。ただの従姉妹の貴女ごときに、お二人の幸せを邪魔しないでいただきたい」
「……っ!」
「ちょっ、待ってよ!先輩はそのお嬢様を助けて肩怪我してんだぞ!?あんまりだ!」
「フローラ、大丈夫か!?」
「う、うん、大丈夫……!痛いけど……っ」
キャロルちゃんに仕えてる人なら私の怪我も知っている筈なのに、容赦ない力で両肩を押さえられた。傷口に激痛が走る。
「……貴方こそ、彼女から離れて貰おうか」
「ーっ!フライ……!」
しかし、オロオロするエドやキャロルちゃんを押し退けてこちらに来ようとしたライトよりも一足先に、背後から伸びてきた手が護衛さんの手を私から外す。そのままサッと護衛さんから庇うように間に入り込んだ後ろ姿に、ほっとした。
「フライ、ありがとう……」
「お礼なんていいよ。それよりキャロル嬢、貴女のお父上はどうされたのかな?約束の時刻は当に過ぎているけれど」
軽く私の頭を叩いてから、冷たい眼差しのフライが、抵抗されないようにあくまで優しい手つきでキャロルちゃんをライトの上から退かす。ライトを睨み付けるその目が、『何をしてるんだよ』と責めていた。ライトは悔しそうに唇を噛んだけど、すぐに気を取り直してキャロルちゃんに乱された服を整え始める。
方やキャロルちゃんはすぐにまたライトの腕に飛びつこうとした。でも、腕を掴まれ阻止されたことにビックリした顔になり、掴んだ人間を睨んだ。そう、私を睨んだのだ。
「……いい加減にして。ライトも私達も、必要な情報さえ頂いたらすぐに帰るんだから。キャロルちゃん、今夜はその為にお父さんをこちらにご招待したのよ。貴女のお父さんはどこ?」
「来ないわよ、パパには情報は渡さないようキャロルからお願いしたもん!!」
「何だと?どう言うことだ」
不快さを隠さない表情のライトがキャロルちゃんの肩を掴むが、その瞬間食堂に続く扉といくつかの窓が一斉に開いてガタイの良い男の人達が十数人乗り込んできた。囲まれたまま、内数人がライトの両腕を掴む。
全員キャロルちゃんの護衛の人と同じ柄のスーツだ。
「情報をあげたら帰っちゃうんでしょ?そんなの嫌よ!だから、王子様には今日からキャロルのお家で暮らして貰うの!パパの許可も貰ったわ!!」
「と、言うことです。ライト殿、貴殿方が滞在期間として儲けた残りの1ヶ月、貴殿には我が主の屋敷に滞在願います」
「……俺は承諾していないが?」
「その場合交渉は決裂です。ライト殿に拒否された場合、我が主の所有するこの島の歴史書、世界の魔力配線から除外されている理由他、すべての資料は焼却処分せよと命もおりています」
「なっ………!情報を盾にライトを拐うつもりですか!?」
「拐うとは人聞きの悪い。お嬢様の御相手としての御招待ですよ」
「そう!お部屋も王子様にピッタリのを用意したわ!明日からは毎日キャロルとデートしましょ!!そうすれば1ヶ月も待たなくても、ライト様はキャロルが大好きになって帰りたくなくなるわ!!あっ、その悪女は当然その間うちには来ちゃダメよ!王子様を惑わすお邪魔虫なんだから」
「だっ、誰がお邪魔虫ですか!」
(いやいやいや、これ普通に皇太子への脅迫かつ軟禁宣言じゃないの!)
狙いがライトだと察し、料理人や給仕役に扮して城からついてきてくれたフェニックスの従者達が戦闘体制を取ろうと身構える。それはそうだ、皇太子が無理やり連れていかれそうになっているのだから。しかし、それを制したのは他ならぬライト本人だった。
「大丈夫だ、全員動くな」
「殿っ……、いえ、ライト様!!」
「……キャロル嬢」
「はい!なぁに、ライト様!」
キラキラした瞳でキャロルちゃんがライトを見る。ライトは一瞬私の方を見てから、ペンを取り出し羊皮紙にスラスラと何かを書き記し、それを掲げた。
「貴女の条件に応じよう」
「ーっ!ライトっ……」
「フローラ、落ち着いて」
そんなの駄目!と止めに入ろうとした私をキャロルちゃんの護衛の人達が囲んで押さえようとしてきた。それをフライが制し、ライトも私の前に立つ。
「但し、1ヶ月経った時に俺が帰りたいと言えば、必ず解放してもらう。そして俺が貴女達に従う間、フローラには、仲間達には一切関わるな。その他の条件は今ここに書き記した通りだ」
ライトが広げた書状を覗き込む、完璧な“誓約書”だ。このパニックの中これだけのものをサラサラっと書き上げてしまうんだから流石だ。
誓約書の完成度的に下手にサインしちゃ不味いと思ったんだろう。俄にスーツの男性達が慌て出す。
「いえ、それは旦那様の許可が無ければ……!」
「そうか、では明日にでも我々はこの島からお暇するとしよう」
「なっ……!我が主を馬鹿にするおつもりか!」
「先に約束を反故にしたのはそちらだ。これくらいの条件をこの場で飲んでもらえなければ、信頼には値しないな」
こう言う時、下手に出ては駄目なのだ。力強い眼差しで堂々とした態度のライトに気圧される護衛さん達を押し退けて、キャロルちゃんがペンを取る。ろくに書面も読まないまま、周りが止める間もなくサインをしてキャロルちゃんが勝ち誇った顔で笑う。
「わかったわ!キャロルがサインしたげる!1ヶ月以内に王子様は絶対私のものになるわ!!」
そう宣言してくるりとキャロルちゃんが回れば、フリフリのワンピースがふわりと広がる。その胸元で、オーロラ色の貝が怪しく光った。
「心配するな、すぐ帰るよ。じゃあ、後頼むぞ」
「う、うん。でもっ……」
「あぁ、屋敷の方は僕らが見るから、君も気をつけて」
「さっ、いきましょ王子様!じゃあね悪女ちゃん、今日から貴女は私のライバルよ!!」
「らっ、ライバルって……!」
微笑むライトを引っ張って、キャロルちゃんがさっさと出ていっちゃう。フライとライトは互いに何かすることがあるみたいで落ち着いたものだけど。
いや、そんな事より……
「ま、毎日デートなんて、絶対駄目ーっ!!!」
叫んだ私の声に反射するように、屋敷の裏側の海がパシャリと跳ねた。
~Ep.327 恋敵は暴走娘~




