Ep.324 嵐はいつも突然に
目の前で起きている光景に理解が追い付かない。何?なんでキャロルちゃんが私たちが滞在してるお屋敷に来て、ライトに抱きついてるの?
「王子様って何だ!いい加減離せよ!!」
「王子様ったら、キャロルが天使みたいに可愛いからって照れないで!キャロルは今日から島のみんなのお姫様じゃなくて、貴女だけのお姫様になったんだもの!!」
明らかに拒絶しているが優しいせいで力づくでは逃げられないライト。そんな彼の首の後ろにキャロルちゃんの腕が回るのを見た瞬間、胸の奥から突き上げる不快感に駆け出していた。
「話は皆で聞くから、とにかくライトから離れて!!」
キャロルちゃんが着ているふわふわワンピースの裾を持って引っ張るが、ワンピースがピッと嫌な音をたてたせいで引っ張る力を弱めてしまう。しまった、服じゃなくて腕掴めばよかった……!
後悔する私をチラッと見たくせに何も言わずに、キャロルちゃんは更に強くライトに抱きついた。
「ライト様って言うのね、お名前まで素敵!!ねぇライト様、私昼間の誘拐が恐くて眠れないの。今日は一緒のベッドで寝かせて!ね、いいでしょ?」
すりすりとライトに頬擦りしながら、キャロルちゃんがねだるような声で言う。それを見て、一層モヤモヤが増した。
無意識に両手で心臓の辺りを押さえたら、肩から胸の辺りがズキンと鋭く傷んだ。切られた傷口が痛いのか、それともモヤモヤに取り付かれた心臓が痛いのかわからない。
そんな私を見て、ライトが、クォーツが、更にはエドまで眉をひそめた。
(……!駄目だ、こんなんじゃ。嫉妬深い子だって皆呆れてる……)
そう思い首を横にブンブンとふる。胸のモヤモヤはまったく晴れないけど、どうにか笑顔を作れる位には頭が冷えた。
ニコッと笑いかけると、なぜか余計に三人の顔が険しくなる。首を傾げてる間にキャロルちゃんに近づいたクォーツとエドが、2人がかりでライトから引き離した。
「君が昼間フローラと一緒に誘拐されたって言う子だね?恐いならさっさと帰ってパパかママに甘やかして貰いなよ。自分を庇って怪我をした人が間近に居るのに挨拶ひとつ出来ないような子供に、結婚なんて100年早い」
「同感。大体あんたのどこがお姫様なんだよ。一度医者に見てもらったら?立派なドレス着ちゃってるけど似合ってねーよ、寧ろ服に着られてるな」
親しい私ですら初めて見るような冷たい目で、クォーツとエドが口々に言った。
汚れを払うように服を叩いて整えながら立ち上がったライトも、無表情のままキャロルちゃんを見下ろす。
(あ、すごく怒ってるときの表情だ……)
それを確かめて、ライトが昼間の男性陣みたいにあの子にデレデレになってないことがわかってちょっとホッとした。何が逆鱗に触れたのかはわからないけど。
「……俺もクォーツと同意見だ。まずはフローラに詫びろ、顔を見ているだけでも非常に不愉快だ!」
「あら王子様ったら、キャロルがあの子に妬まれないようにわざと厳しくしてくれてるのね。大好き!!」
しかし、肝心のキャロルちゃんには昼間の誘拐犯に対峙したときにも負けないライトの怒りは伝わらない。再び抱きつこうとして、ライトに避けられていた。それを受けて、なぜかキャロルちゃんはライトではなくクォーツとエドを睨み付ける。
「貴方達のせいで王子様が照れちゃってキャロルの愛を受け取ってくれないじゃない!邪魔だから出てって!」
「はぁ?」
エドが訳がわからないと言わんばかりにため息をついた。
「馬鹿かあんた。ここは俺達の屋敷で、押し掛けてきたのはあんただ!」
「きゃーっ!さわらないで獣!!」
「けっ、けだものだと!?」
「だっ、大丈夫よエド!貴方は可愛いからけだものというより仔犬ちゃんっぽいわ!!」
「仔犬!!?」
「きゃーっ!エド、しっかりして!!!」
「……ありゃ瀕死だな、気の毒に」
「可哀想なエド、僕はもう目も当てられないよ」
ちょっと口が悪いだけで、妹思いで優しいエドにけだものなんて酷い!とフォローしたけど間に合わなかったのか、エドが胸を押さえて膝から崩れ落ちた。慌てて駆け寄ると、なにやら小さい呟きがたくさん聞こえてくる。
「仔犬……はは、忠犬ですらなく“仔”犬……!年下なんか眼中にないですか、そうですか……!」
ぼやいている内容はほとんど聞き取れないけど、どうなら仔犬はNGだったらしい。エドは犬より猫派だったのかな?でも猫って感じの性格はしてないし……
「仔犬は駄目?ちょっと待ってね、他の考えるから!えっと、小熊、仔馬、いや、仔ライオンとか……」
「どうせ仔馬ならサラブレッドとかカッコいいんじゃないか?」
「いやいや、ここは意外性ってことで仔ハリネズミとかどうかな?初めの頃すごいとんがった性格してたし」
「もういいやめて先輩!どうやってもあんたの中で俺が“仔”の域から出ないのはわかったよ!!!皆さんも悪ノリしないでくれま……うわっ!!?」
そう叫んで私の肩を揺さぶろうとしたエドだけど、その前に私がクォーツに腕を引っ張られた事で目標を見失った。そのまま一直線にガシャーンッとローテーブルに突っ込んだ姿で思い付いた。ピコンっとピコハンで壁を叩いてから宣言する。
「わかった、エドはうり坊よ!!」
「「それだ!」」
「もう、なんでも良いです……!」
「ちょっと!みんなしてキャロルを無視しないでよ、意地悪!!」
ライトとクォーツの同意も得られてエド本人からお許しが出たところで、キャロルちゃんが地団駄を踏み出した。
『パパに言いつけてやるんだからぁ!!』とキャロルちゃんが駆け出した先の玄関扉が、その時がちゃりとタイミングよく開いた。自分が開く前に扉が開けられたことに面食らったのか、キャロルちゃんの足が止まる。そんな中、開け放した扉からため息混じりに中に入ってきたのは、ルビーとレインをつれたフライだった。
キャロルちゃんの大暴れで荒れた室内をぐるっと見回し、フライはやれやれと肩を竦める。
「一体なんの騒ぎだい?外まで響き渡っていたけど……っ!フローラ、その怪我……!」
そう言いながら入ってくるフライが、私の姿を見て眉をひそめた。そりゃ、ちょっと離れてた間に肩が包帯でグルグル巻きになってたら疑問に思うよね、ごめん。
「えーと、話せば長くなるんだけど色々あってね……」
「ーっ!パパ!!」
「え、パパ!?」
でも、説明の為一歩踏み出した私より先に、フライの背後から現れた男性を見てキャロルちゃんが声をあげる。
恰幅のいいお腹が目立つひげ面のその男性が、にこやかに笑いながら中に勝手に入ってきた。フライがため息混じりに、『お客様のようだよ』とだけ告げる。
「やぁはじめましてご客人、私がこの島一の大商団であるキャロル商団の団長だ。歓迎しますぞ!」
そう言いながら差し出された名刺には、確かにライトが船の中で見せてくれた、情報を持っている商人さんの家の家紋が入っていて。
勝ち誇ったように笑うキャロルちゃんの姿に、ますます嫌な予感が増した。
~Ep.324 嵐はいつも突然に~




