Ep.321 乙女ですから
およそ二階建ての建物以上の高さから、一人の青年がことも無げにフローラと男達の間に降り立った。舞い散るガラスの欠片と共に、金色の髪がキラキラと日差しを反射する。
安堵で力が抜けて、その場に座り込んだ。血が止まらない傷口を押さえている為にあられもない姿は隠せないフローラの肩に、ふわりと大きなシャツがかけられる。そのまま抱き締められ、囁かれた。
「ったく、だからはぐれるなっつったろ」
かけてもらったシャツを握りしめ、ごめんなさいと呟く。その姿を見て目元を柔らかく細めてから立ち上がったライトが、あり得ない高さからの乱入者に怯んでいる男達を睨み付けた。
「おい、こいつに向かってナイフを振り回した命知らずはどっちだ」
齢16とは思えないドスの効いた声と迫力に男達が一瞬怯むが、直ぐに気を取り直したのか2人して背にしょっていた長い棒から何かを引き抜いた。
(刀だ……!)
薄暗い中で怪しく光るそれは、正真正銘の凶器だ。
対してライトが手にしているのは、多分その辺で入手してきたであろう鉄パイプが一本。しかも冷静に考えてみたら、今は魔力も使えない。この状況で相手はガタイのいい成人男性2人だなんて。
「ライトっ、危ないから止めっ……」
『止めて』を言い切るその前に、一瞬で勝負はついていた。
鉄パイプで2人の刀を叩き折ったかと思えば、ライトは壁から柱へ、柱から天井の梁へと飛び移り、一気に2人の脳天へパイプを叩きつけたのだ。瞬殺とはまさにこのことである。
「こっちか、フローラに怪我させたのは……!」
最後に、完全に伸びたナイフ男の頭を一発蹴り飛ばし、ライトが鉄パイプを放り投げる。もう武器は必要ないからだ。
代わりに気絶した三人を縛り上げ、もう一度フローラに駆け寄ってくる。
「おい、大丈夫か?変なことはされてないな!?」
「うん、大丈夫!それにしても、よくこんな早く場所がわかったね」
「ああ、それはこれのお陰だな」
ライトがポケットから取り出したヘアピンを、そっとフローラの前髪につけてくれた。レインとルビーとお揃いで買ったあれである。何かの手がかりになればと、誘拐現場の噴水にわざと落としてきたのが功を奏した。
「あ……っ!」
「本当にさ、勝手に居なくなんなよ。心臓止まるかと思った……!」
ヘアピンの位置を調節して髪を整えてくれたライトの手。それはそのまま自分の背中に回り、正面から抱き締められた。
伝わってくる鼓動は激しい。よく見れば、少しだけど汗ばんでいるようだ。多分、戦いのせいじゃない。フローラを探してあの公園で目撃者の話から、どうにか居場所を突き止めて。必死で走ってきてくれたからだとわかる。
“ピンチに駆けつけてくれる王子様”に拘るキャロルの気持ちが、ちょっとわかってしまった。
「……これは確かに、キュンと来ちゃうシチュエーションかもね」
「ん?何の話だ?と言うか、お前何でまたちょっと迷子になっただけで誘拐されてんだよ」
抱き締めて無事を実感したのかフローラを解放したライトが、怪訝そうに眉を寄せる。それを見て、フローラは思い出した。
「ち、違うの!私も確かに拐われたけど、今回のは完全にとばっちりって言うか、少なくとも本来狙われてたのは私じゃなくてあの子だったから」
「あの子?……あぁ、人が他にいたのか、気づかなかった」
フローラが手で指し示した方では、キャロルが床にへたり込んだまま呆然としている。
微動だにしないその様子に2人で顔を見合わせてから、然り気無く酷いことを口にしたライトがキャロルの前にしゃがみこんで顔の前でヒラヒラと手を振ってみる。
「おーい、大丈夫かー?」
お忍びで来ているこの島では“皇子”である必要はないので、砕けた口調のライトが何度かキャロルに声をかける。と、次の瞬間、キャロルの顔がボンっと真っ赤になった。
「ーっ!?おい、本当に大丈夫か!!?」
「き……」
「「き?」」
「きゃーっっっ!!!」
流石にビックリしてライトが叫ぶが、それ以上の声量で悲鳴を上げてキャロルは走り去ってしまった。
「な、何なんだあの子……友達か?」
「う、ううん。まだ名前しか知らない子だけど、狙われてるならほっとけないなと思って……」
「はぁ……、他人より自分を大事にしてくれよ。まぁ、そのお人好しもお前の良さだけどさ」
やれやれと苦笑されて、フローラも笑う。2人で微笑みあっていたら、不意に外が騒がしいことに気づく。戦闘の飛び火で壁に入った亀裂から様子を伺うと、警察らしき格好の大人が集まってきていることに気づいた。
「……参ったな。こいつ等が捕縛されるのは良いが、事情聴取になったら流石に身元が割れちまう」
「そうね……って待って!ため息をつきながらなんで私を抱き上げるの!?」
不意に足が床につかなくなったと思ったら、ライトに横抱きに抱えられていた。お姫様抱っこである。
「走るから少し傷に響くかも知れないが、ちょっとだから我慢してくれ。見つかる前に宿まで戻るぞ」
「そ、それはわかったから下ろして!私自分で走れるから……痛っ!」
この体勢が恥ずかしくてライトの胸板を押そうとして、肩の痛みに顔を歪める。ライトが悲しそうに目を眇めた。
「“俺が”お前に無理させたくないんだ。いいから黙って運ばれろ」
頬に優しく手のひらを当てられてそんな風に囁かれては、頷く意外の選択肢は無い。
温かい腕に支えられ、フローラは倉庫を後にする。ライトが叩き割った天窓の向こうで、黄色い蝶々がひらりと舞った。
~Ep.321 乙女ですから~
『ベタベタな王道に、憧れちゃったりするのです』




