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Ep.318 女神たちの森

「ねぇライト、フライの事だから理由はちゃんと有るんだろうし別行動は構わないんだけどさ……」


 宿代わりに購入しておいた屋敷まであと半分を切った辺りの位置で、先導を切るライトに不意にクォーツが声をかけてきた。


「なんだ?何か問題でも?」


「問題って言うか……、フライって初めての場所来たときものすごい方向音痴になってなかったっけ、昔から」


「……あ」


 その言葉に、しまったとばかりにライトが自らの口元を押さえる。


「この島、確か街の反対側は未開拓の森林だったよな?」


「うん、と言うことは……」


 『夜中まで帰ってこないかもしれない』。

 その不安を二人して飲み込んだ。まぁ、例え方向音痴であっても頭は切れるフライの事だ。ちゃんと自力で帰っては来るだろう。きっと、多分、恐らく……日付が変わる前くらいには。と、まだ昼にもならない近くの柱に掲げられた時計を見て自分に言い聞かせるライトに、クォーツが更に追い討ちをかける。


「あと、今振り向いて気づいちゃったんだけど、さっきから人数が一人足りないんだよね……」


「は!?いや、待て、その続きは聞きたくない」


 なんとなく察したライトが耳を塞ぐが、人畜無害の皮を被ったこの腹黒が容赦などしてくれる訳もなく。

 耳元で思いっきり現実を突き付けられる。


「フローラ、居なくなっちゃったみたいだよ」


「~~っ!勘弁してくれよもーっ!!!」


 なんて言いながらも、ライトはクォーツに宿までの地図を押し付けて、迷うことなく走り出す。“探さない”と言う選択肢などある筈がないのだ。

 その後ろ姿を見送り、レインがポツリと毒を吐く。


「折角お気持ちを自覚されても、ライト様のあの保護者っぷりが変わらない限り進展は見込めないわね」


「あはは、ほんとにね。いっそフローラ側に恋敵ライバルでも出てくればいい刺激になったりして」


 そう茶化して歩きだしたクォーツの服を掴み、ルビーが『お兄様は探しに行かれませんの!?』と問うが、クォーツは『ライトが行くなら大丈夫だよ』と穏やかに笑んで首を横に振った。


「本当、くっつくなら早くくっついてよ。諦めるに諦められないじゃないか……」


 そんな切ない本音など、妹に聞かせられないから。










ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 走って走って、いつの間にか辺りにはあれほどあったお店はなくなり、ポツリポツリと小さな民家が立ち並ぶ閑静な住宅地まで来ていた。三匹の蝶々は決してフローラが見失わない、しかし手も届かない位置で飛び続けている。

 やがて、木漏れ日が差し込む神秘的な森の入り口まで行き着く。


「そこへ入ってはいけないよ」


 あと一歩で、木々が作り出した森の木陰に入る、その直前。不意に静かな声がした。

 あれほど夢中で走っていたのが嘘のように足が止まって、振り返る。品の良さそうなお婆さんが、フローラの手を優しく引いた。森の入り口から離すように。


「お嬢ちゃん、他所から来た子だね?よかったよ、私が偶然通りがかって……」


「は、はい。従兄弟とお友達と一緒に、観光がてら商談に来たんです。あの、ところで入っちゃいけないって、あの森には何かあるんですか?」


 老婆は頷き、フローラの両手をぎゅっと握った。


「あぁ、あると言うよりは、“居る”と言うべきかねぇ……。あの森にはね、島を守る女神様方がいらっしゃるんだよ」


「女神様?」


「そう。古よりこの島は、女神の神託に導かれて来た神聖な場所。しかし、絶対的な加護は、神の怒りに触れたとき祟りへと変わる。あの森に入ることが出来る者は二種類だけだ。神々に選ばれし者か、神の怒りに触れ魂を隠されし者」


 老婆の話し方はゆっくりで、穏やかで、それ故にちょっとぞくっとした。様は、前者は“神子”で、後者は“神隠し”だ。どちらにせよ、他人事には思えない。

 考え込むフローラの手にべっこう飴を握らせて、老婆は優しく諭す。


「いつもなら、余程の悪さをしない限りは森に迷い込んでもいつの間にか街へと返されるだけで済むんだが、今は島を牛耳ってる大馬鹿者があの森を潰して開拓すると息巻いていて、女神様方もお怒りだからね。決して入ってはいけない、いいね?」


「……はい、わかりました。ご忠告ありがとうございます、おばあさん」


 フローラが微笑むと、老婆も頷き去っていく。

 色々気になる点は多いが、この島では有名な話ならば他にも情報は得られる筈。危険だと言うなら、無闇に飛び込むべきではない。けれど……


「怖い感じは、全くしなかったのにな。寧ろあの声、なんだか懐かしかった……」


 呟きながら、振り返る。三匹の蝶々は、どこにも居なくなっていた。フローラは船でのおやつように焼いて余っていた焼き菓子を、森の入り口の切り株にバスケットごと乗せる。


「勝手に入ろうとしてごめんなさい。今度改めて伺いますね」


 意味があるかは定かでないが、相手が“神様”だと言うことで柏手を打って頭を垂れる。瞬間、ざわっと森の方から、強い風が吹き抜けた。吹き飛ばされそうな程のそれに煽られて、フローラの体の向きが変わる。

 今の立ち位置が少し高台になっているのか、向かされた先にさっきライト達を見失った近くの柱時計が見えた。


「よかった、目印があれば帰れそう!」


 偶然の賜物だがラッキーだ。そう走り出すフローラの背後。木陰に覆われた森の入り口で、三つの影がバスケットを回収してゆらりと消えた。


      ~Ep.318 女神たちの森~


  『少女が導かれた理由は、神託か、天罰か』



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