Ep.317 『はぐれるなって言ったのに』
船で二日かけてたどり着いたリヴァーレ島は、白い砂浜と澄み渡る海が特長のリゾート地のような島だった。
いつもよりずっとラフな服装でこんな場所に来ると、なんだか気分まで開放的になってしまう。
「わぁ、綺麗な島ね!」
「フローラお姉さま見てください!天然の貝殻を使った装飾品のお店がありますわ!!」
「本当!?わぁ、可愛い!同じデザインでも色違いがたくさんあるのね」
「自然のものだから、貝自体が持つ色味が少しずつ違うのね。このヘアピン、素敵だわ」
「本当ですわね。そうですわ!せっかく来た記念に三人で色違いのお揃いにしませんこと?」
「わぁ、いいね!せっかくだからアイナちゃんとエミリーちゃんにもお土産で買っていこ!」
女の子同士で盛り上がるフローラ、ルビー、レインに苦笑しつつ、男性陣も船から降りる。ふわりと、学院ともそれぞれの祖国とも違う風の香りがした。
お揃いのヘアピンを買って髪につけて戻ってきたフローラのすぐ横を、見慣れない羽色をした小鳥が飛んでいく。
「わぁ、可愛い!見たことない鳥さんね、綺麗な瑠璃色の羽が鮮やかだわ」
「あぁ、生態系も特殊な場所で珍しい鳥や昆虫が多いらしいな。お前、先に言っておくが綺麗な蝶々とかに釣られてはぐれたりしたらピコハンで百発殴るからな」
「や、やだなぁ、いくらなんでも幼児じゃないんだから!」
今にも小鳥を追いかけて行きそうだったフローラに念を押し、ライトがどうだかとため息をつく。
そして、ライト達が目的としてきた“この島に魔物が出ない理由”のヒントを持つと言う大商人の屋敷までの地図を広げた。
「商人達が取り仕切るこの島では、権力や爵位なんかよりは何より金が物を言う。貴族だなんて明かしたら、足元見られて限界まで搾り取られるだろう」
「なるほど、だから僕たちにこんな流行全開の服装をさせた訳」
「あぁ、設定は船のなかで配った用紙通りだ。口裏合わせは念入りにな」
今回の目的は、この島だけが魔物が現れない理由を調査し、あわよくば他の場所での魔物の出現を食い止める事だ。そのために、全員身分を偽りそれなりの財力を持つ“商人の子”として例の大商人にはすでに連絡をしてある。
権力と言う盾がなくただでさえ隙だらけなフローラに至っては、ライトと“いとこ同士”と言う余計な設定までついている。身内が一緒であれば、悪い虫も多少は手が出しづらいだろうと言う配慮だ。
「さてと、先に一旦屋敷で体勢を整えて、訪問は明日にしよう」
「そうだね、相手は四大国を股にかける大商人。隙を見せたら一瞬でこちらが不利になりそうだし」
「商売人ってのは貴族とは別方向で押しが強いからなぁ。その辺りも踏まえて上手く情報を貰う手立てを考えないと……」
「……ごめん、そっちは任せていいかな。宿の場所はわかるし、後から合流するから」
宿に向かい皆で歩きだしてすぐに、フライがそう言って離脱した。
「一人で平気?どこか行くの?」
「あぁ、少し調べたいことがあってね。夜までには帰るから」
「それはいいが気を付けろよ。ここでは魔力は使えないんだ、今は全員体調にも異常は無いみたいだが、異変があればすぐ帰ってこいよ」
「わかってるよ、じゃあまたあとで。フローラも、気を付けてね」
「ーっ!?」
ライトの心配を軽く受けしフローラの髪をひと房掬って軽く口づけを落としてから、フライは商店街を外れて去っていく。やたらと爽やかなその後ろ姿を見送って、フローラは改めて大きく深呼吸をしてみた。
(魔力が使えなくなるってことは、もしかしたら魔力欠乏症みたいになっちゃうのかなって思ってたんだけど……全然なんともないや)
むしろ、甘い果物の香りの空気を深く吸い込むと気分がいい。指輪に込められたライト、フライ、クォーツの魔力は無効化されてしまって三連の石は無色になっているが、特に異常らしい異常は無いようだ。
ライトの言った通り他の皆にも異常は無いようで、わいわいと話しながら歩いている声が聞こえる。
「大商人さんのお屋敷には、お嬢さんが二人居るらしいっすよ。もし親から情報得られないなら、先輩方の魅力で射止めてお嬢さん達から情報貰うのも手なんじゃないすか?」
「ーっ!?そ、そんなの駄目だよ!!」
「わっ!おいフローラ、そんな必死にならなくてもしねーって」
「あっ、ごめん!つい……っ」
ライトの護衛……と言う名の世話係としてフリードの代わりについてきたエドガーからのまさかの提案に、慌ててライトの腕にしがみついた。冗談のつもりで言っていても、彼等は元々女の子の好みを具現化した乙女ゲームの王子様。その気になれば、どんな女の子だって簡単に恋に落としかねない。ただでさえ今でも片思いなのに、情報だけのために恋敵が増えるなんてごめんだ。断固阻止である。
しがみつくのは止めてもライトの服の裾を握ったままエドガーを睨み付けるフローラに、後ろから駆け寄ってきたルビーも同意した。
「そうですわよエドガー・シュヴァルツ!私のお兄様におかしな知識を与えないで下さる!?」
「あはは、大丈夫だよルビー。僕もライトもフライも、そんな女性の心を弄ぶような真似はしないから」
「そうそう、第一そんな簡単に惚れられる訳無いだろ」
「…………ライトの馬鹿」
「いっ……!?」
自分がどれだけ魅力的か全くわかってない王子様の手を、ぎゅーっとつねってやった。いつもみたいにちょっとつまんだ感じでなく、そりゃあもうつねった部分に指の跡がつくまで。
「いきなり何するんだよ」
「別に。鈍感王子様にちょっとお仕置き!」
「はぁ?訳わかんねぇ……」
「はは……、今のはライトが悪いね」
「ですね、ライト先輩が悪いです。元の原因は俺の提案だけど」
「は!?何で!?」
クォーツとエドガーにまで見放され、ライトが地図片手に『なんだこの理不尽!』と怒っているが、フローラは謝らず三人から数歩後ろに離れた。
(うぅ、やっちゃった……!恋人でも無いのに勝手にヤキモチなんて、可愛くないにも程がある……!!)
賑やかな仲間達から離れ、頬を両手で挟んで踞る。大好きなのに、ただ女の子として見て欲しいだけなのに、何故上手くいかないのか。
まぁ実際にはモテて居ないのではなく、フローラ自身が相手の恋心を察知する能力が皆無なことが問題なのだが。
(……身体だけ成長しても、駄目なのかなぁ。私元々モテる方じゃないし。こんなとき、頼りになる百戦錬磨のお姉さんとか居てくれたら……)
『うふふふっ、まぁ、可愛らしい子ね』
「ーっ!?だ、誰……っ?」
可愛くない自分に自己嫌悪に陥っているフローラのその耳元で、不意に笑い声がした。
思わず立ち上がり辺りを見回すが、ライト達とはいつの間にかちょっと距離が開いてしまっているし、行き違う人々は皆こちらなど気にしていない。
「気のせい……かな。って、皆を追いかけなきゃ!」
曲がり角を曲がられてしまったせいで、フローラの位置から皆の姿が追えなくなってしまう。慌てて駆け出そうとしたその時、頬のすぐ横を黄色い蝶々がすり抜けた。
ふわりと香った花の香りに釣られ、足が止まる。視線を空へと向けると、太陽の元に煌めく宝石のような三匹の蝶々が居た。
「紫と、オレンジと、黄色い蝶々……。仲良しね、家族かな……」
美しさに惹かれて手を伸ばすと、三匹はふわりとフローラの手をかわす。
「ごめんなさい、嫌だった?」
そう謝って、今度こそ歩き出す。行き先は蝶々達とは反対側、ライト達が進んでいった北の方角。だけど何故か、一番小さな黄色い蝶がフローラの顔の前を縦横無尽に飛び回って邪魔をする。
「あの、蝶々さん、私皆を追いかけないと……」
振り払うのは可哀想でそう声をかけてみるが、昆虫に話が通じる訳はなく。仕方なしに振り向けば、紫とオレンジの二匹がフローラから一メートルだけ離れるように飛んで、止まる。
なんとなく距離を詰める。また蝶々達が離れる。それを繰り返す内に、気づいた。
「もしかして、ついてこいってこと?」
呟いた瞬間、三匹の蝶々がパッとひとつの方向に向かい飛び上がる。
『はぐれるな』と言うライトの忠告が一瞬頭を掠めたが、どうしても無視できず、蝶々を追いかけ駆け出した。
~Ep.317 『はぐれるなって言ったのに』~
『勘弁してくれよもーっ!とか言って、今頃ライト怒ってるだろうな……』




