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Ep.316 必殺の武器(自称)

 実はフローラは、幼少期の母が盗賊に襲われる運命の回避と学院入学前にライトに呼び出された件以外では、ほとんどフェニックスを訪れたことがない。皆と長期休みに集まる場所はいつもミストラルかスプリング、またはアースランドだった。

 以前はよほどの理由がない限り皆を自国に招待しないライトを不思議に思っていたが、今ならその理由がわかる。彼は自国での自らの立場が複雑であり、危うくもあるとわかっていたので、仲間たちを無闇にお家事情に巻き込まないようにしていたのだと。


(でももう、ライトの立場を影でずっと悪くしてたシュヴァルツ公爵は流刑になったし、国王様にはライトの口から一度ちゃんと真実を聞く約束を取り付けたとも言ってたから、もう大丈夫だよね)


 約二年前のエドガーとの和解のきっかけとなったあの事件のあと、国や学院での立場は安定したが元気が無く皆に心配されまくって問い詰められたライトは、苦笑しながら言ったのだ。『16歳になれば、皇太子の成人の儀がある。その日の皇太子にはひとつだけ、どんな相手にも拒否権を与えず要求が出来る権利が与えられる為、その時に父から真実を聞いてみる』と。


(フェニックスの成人は16歳なんだよねー。儀式自体はひと月も後だけど、街もなんだか浮き足立ってる感じ)


 とにかく、せっかくの数年ぶりのフェニックス訪問。明日には目的の島へ出発するからと散策に来たけれど、城下町にはやはり魅力的な店構えが多く歩いているだけでワクワクしてしまう。


「でも、別に何を買いに来た訳じゃないんだよね。今回はハイネも一緒に来てくれないから、荷物もあんまり多く出来ないし……」


 いつもならどんな場所にでも『お一人にしたら何をやらかすかわかりませんので』とか言いつつ必ず付き添ってくれるのに、今回は目的地を聞くなり表情を曇らせたハイネの事が頭に引っ掛かる。


(ハイネは来れないし、向かう先は何せ“魔力が使えない島”だもんね。昨日ライトが言ってた通り、私も武器の一つくらい持ってた方が良いかも。でも剣とかじゃ重くて持てないし……)


 そう思いつつ曲がり角をに差し掛かったときだった。視界の端に現れた古びた武器店、その店先での安売り籠の中にある、フローラでも扱える素晴らしい武器を見つけたのだ。

 手にしてみると、まるで幼い頃から馴染みがあるようにしっくりと手に馴染む。


「おじ様!これ買います!!」


 これなら自分でも扱える!そう喜び勇んで購入した武器を持ち、ご機嫌なまま散策を続けるフローラを、武器店の店主が唖然と見送っていた。


「あんな、相手を殴っても音が鳴るだけのがらくたを買っていくとは、変わったお嬢ちゃんだったなぁ」










ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 行き先が島なので、交通手段は必然的に船である。甲板で乗組員達に指示を出しているライトの後ろ姿を確かめ、フローラは昨日手に入れたばかりのそれをぎゅっと握りしめた。


(ふふ、丁度良いわ。いつもしてやられてばっかりだし、この必殺の武器を使ってやり返しちゃうんだから!)


 そう勇んで、抜き足差し足で昔よりずっと逞しくなったその背中に忍び寄る。


(……本当に、カッコよくなっちゃったなぁ。背も伸びちゃって、もう頭になんて手届かないよ。って違うでしょ私!)


 間近で見るその体躯にキュンとしかけて、首を振って甘い気持ちを吹き飛ばす。これはいつも子供扱いで女の子として見てくれない王子様への仕返しなのだ!


 そう思い切り武器を振り上げ、彼の後頭部目掛けて振り下ろす。が、視線さえ向けられぬままサッと避けられた。

 勢い余って、そのまま前へと倒れそうになる。


「きゃうっ!」


「おっと!おはようフローラ。で?これは一体何の真似だ?」


 が、勢いと胸の重みで倒れかけたその身体をライトがしっかり受け止める。必然的に体重を預けたまま顔を上げれば、笑顔だが目が笑ってないライトが自分を見ながらひょいとフローラの武器を取り上げた。

 黄色の柄に柔らかい素材の赤い先端がついたそれをライトが不思議そうにポンポンと叩く度に、ピコピコと武器から音が鳴る。

 訳がわからないと言う本音を隠さない表情でライトが聞いた。


「そもそもこれは何だ?」


「ピコハンです!城下の武器屋さんで買ってきたから、ちょっと効力を試してみようかなーと……」


「お前、まさかと思うがこれを武器にするつもりで買った訳じゃないよな?」


「えっ、駄目!?ピコハン!」


「駄目に決まってるだろアホ!」


「いたっ!」


 ライトが持っていたピコピコハンマー……略してピコハンがフローラの額に当たる。ピコンっと言う音のせいか、痛くないのに反射的に声が出た。

 ライトはピコピコと自分手をピコハンで叩いて見ながら、思わずため息をつく。


「今日から行くリヴァーレ島は、この大陸周辺で唯一魔物の出現が一切無い島であり、同時に“一切魔力が使えなくなる島”なんだぞ。買うならもうちょっと使える物買ってこいよ……」


「そうね、この柄の長さだと私の背じゃ結局ライトの頭には届かなかったし、やっぱり柄が長い方にすれば良かったわ……」


「そうじゃねーよ!お前にはこのおもちゃがそんな攻撃力を持つように見えるのか!!」


 もう一発ピコンと叩かれて、うーんと考え込む。前世のゲームでは、ピコハンは一撃与えると相手を一瞬気絶させられる万能武器だったのだが、やはり現実はそう上手くいかないらしい。


「大体、仮にこれに攻撃力があったとしても、攻撃する度に今みたいに前に転んでたら意味がないだろ」


 呆れた声音で言われ、ショックに頭を殴られる。正面から抱き止めてくれているライトにぎゅっとしがみつきながら抗議した。


「違っ!今のはちょっと胸が重かっただけだもん!ハイネの食生活指導のお陰で、もうまな板ちゃんは卒業したんだから」


「ーっ!馬鹿、しがみつくな!」


 珍しく動揺したライトが、フローラの肩を掴んで自分から引き離す。

 本人が言う通り、フローラの細やかだったお胸はこの約二年で立派に成長して今やちょっとしたメロンサイズである。が、まだ育ってそんなに経っていない為、フローラは大きい胸の注意点をわかっていないのだ。

 例えば、正面からしがみついたりすれば相手にその柔らかな感触が丸わかりなこととか。


「~っ!わかった、武器の話はもう良い。それより、リヴァーレ島は元々各国の商人達が集まり開拓して生まれた、“完全自治区”の島だ。王族、貴族の権威は一切通じない」


 腕に触れた柔らかな胸の感触を振り払うように腕を組み直して、ライトが甲板の柵に寄りかかる。どこまでも続く大海原と青空に、鮮やかな金髪と白いシャツが映えて、些細な仕草なのに一枚の絵画のような姿だった。いや、乙女ゲームの王子様だから、“スチル”と例えた方が良いのか。


「おい、聞いてるか?」


「ーっ!う、うん、ちゃんと聞いてるよ!」


 『本当か?』と疑わしい目で見られ、慌てて何度も頷く。

 ハイネからも恋は『惚れていると知られたら敗けです』と言われたし、見とれていたなんて気づかれるのは何よりまず恥ずかしい。


(しかも二年経つのに全然関係変わらないし……、恋ってどうしたらいいのかわかんないよ)


 前は一緒に居るだけで満足していたのに、最近なんだか、前と同じ扱いを不満に思うわがままな自分がいる。モヤモヤした気持ちに、ぎゅっと左胸に手を当てた。柔らかい、たわわに育ってくれて何よりだ。


(そういえば、『成長するようお手伝いはしましたが、そのお身体で妄りに殿方を誘惑しないように!』ってハイネが怒ってたな……)


 皆から常に“ドジで目が離せない妹分・・”扱いの自分に、誘惑なんてお色気お姉さんみたいな事が出来るわけがない。しばらく離れ離れになるからって、専属メイドは変なところで心配性だ。


「あ、居た居た。ライト、皆来たよー!」


「ーっ!あぁ、おはよう。早い出発で悪いな」


 考え込んでいる間に、いつもの面々がクォーツを先頭に甲板へと現れた。全員揃ったことで、船がようやく動き出す。

 ぐらりと、足元が大きく揺れて体勢を崩してしまった。


(しまった、転ぶ……!)


 しかし、身構えたフローラの身体は誰かに優しく受け止められる。目を開けると、自分を姫抱きにしたフライが微笑んだ。


「大丈夫?お忍びのためにランクを落としているせいでいつもより揺れる船だからね、慣れるまで一人でうろつかない方がいい。さぁ、手を」


「あ、ありがとう」


 さりげなく手を繋がれて、そのまま部屋までフライに連れていってもらう流れになる。俯いて居たから、一瞬ライトとフライの視線が火花を散らしたことには気づかなかった。


「ところでフローラ、それなに?」


「ん?必殺の武器なの!」


 ピコハンを片手にそう答えたフローラに固まり、直後にまずフライが笑い出す。釣られて笑い出す皆の声が甲板に響くなか、船は静かに進み出した。


    ~Ep.316 必殺の武器(自称)~



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