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Ep.314 罪人は誰か・後編

 エドガーが去り一人きりになったフローラを取り囲み、マリンに操られた生徒達が次々にフローラの罪状を読み上げる。


 どれも全く身に覚えは無くて、でも聞き覚えはある内容。それもその筈だ、だってすべての罪状が、台詞が、みんなゲームのシナリオ通りなのだから。いや、ちょっとは違う内容のものもあるが。


「いかがかしら、フローラ様。私は、貴方の婚約者であるライト様たちと親しくなったことで嫉妬され、強制的に生徒会から追い出されるなどの仕打ちを貴方にされても耐えてきた。でももう許せません、貴方がどれほど非情な人か、この場を持って皆に知ってもらいましょう!」


 そう叫んだマリンの声が辺りに響く。それを聞いた野次馬達に戸惑いが広まっていくのを感じて、ふるりと体が震えた。


 いつ貴方が彼らと親しくしたのかと言ってやりたいが……。いつの世も、人からの印象や態度など事実と関係なしに簡単にひっくり返る。それが痛いほどわかっているから。


「ーー……っ、身に覚えがございません。私は、マリンさんやそちらの皆様とろくにお話もしたことがございませんし。悪意を持って貴女方を虐げた事などただと一度もございません!」


  言われっぱなしになってはいけない。そう思い気丈に言い返したが、逆に倍以上の偽の罪を書き連ねた罪状を無機質な声の操り人形達に読み上げられて、その不気味さに言葉が詰まる。それをどう捉えたのか、周りの野次馬達の目付きが非難的に変わっていくのを感じて、矢継ぎ早の批難の声に必死に言い返しながらも頭が白くなってきた。

 緊張で指先まで冷えきって、とても戦えそうに無い。いつから自分はこんなに弱くなったのだろうか。


(……っ、何でも良いから言い返さなきゃ!)


「私は……っ」


「これは一体なんの騒ぎだ!」


「ーっ!ライト、様……!」


 震える唇を無理矢理開きかけたそこで、凛とした声が響き渡った。

 その一声に裂かれたように人混みが二つに別れ、出来た道を進んで険しい顔のライトが現れる。一歩遅れて、両隣にフライとクォーツも進み出た。その姿を見ただけで安堵が胸に広がる。

 今さら小さく震え出した手を隠すように背中側で手を組んだフローラと辺りを囲むマリン一派を見て、ライトが表情を険しくさせた。フライは一瞬こちらを見たが、ほんの少し気まずそうに目を逸らす。クォーツは困ったように微笑んでから、然り気無く野次馬達の退室を促していた。


 そんな中らもう一度『なんの真似だ』と冷たい声音でマリンに聞きながらフローラの隣に並び立ったライトが一瞬、フローラの手を優しく握る。耳元に、優しい声が響いた。


「一人でよく頑張ったな、もう大丈夫だ」


「……!」


 じわっと視界が滲んだ。自分で思うよりずっと、不安だったらしい。安心感に包まれるフローラから手を離したライトに、マリンがやたら完璧に作り上げたフローラの嫌がらせ記録をつき出した。


 ライトはそれをパラパラと一通り見て下らないと笑い飛ばし、一緒に来た二人にも渡す。速読で資料を読んだ二人も、同じように鼻で笑ってしまった。


「あまりに大事になっているから何事かと思えば、飛んだ茶番だな」


 数冊あった資料のうちひとつをビリビリに引き裂いたライトが紙くずと化したそれを宙へとばらまく。パチンと指を鳴らすと、それらは一瞬で燃え上がり消えた。

 舞い踊る火の粉の中でにらみを効かすライトに向かって、マリンが声を張り上げる。


「何が茶番!?こちらにはこんなに証拠の記録と証人がいるのよ!」


「証人?じゃあ言ってみるといい。実際に彼女が君達に何をしたか」


「それはっ、私が下に居るのにわざと踏み台に使ってた椅子から落っこちて来たりとか!」


「単に足が滑っただけだろう。俺……失礼、私も幾度となく塀の上だ、椅子の上だ、梯子の上からだと場所を問わず降ってきた彼女を受け止めた事があるんだが?断言しよう。彼女にわざと嫌いな相手の上に落下するだなんて、そんな器用な真似は出来ない」


「そうですわ。わたくしにそんな器用な真似できません!……って、あら?」


 ライトがあんまり強気に言い負かしているので乗っかったが、自分でもそう宣言してから『何かがおかしい』と気づく。しかしもう遅かった。火がついたマリンは、必死にどうにかフローラが嫌がらせをしたと認めさせようと資料片手に声を張り上げ続けている。それを、フライとクォーツも一蹴していた。


「他にも、『水やりをしている近くを通りかかったら水しぶきで制服を染みにされた』って?単に通った位置が近すぎただけじゃないか。迂回すれば良かっただろう?彼女の雨雲はたまに暴発するのは、学院内では割りと暗黙の了解だと僕は思っていたんだけど」


「え、待ってくださいフライ様。嫌ですそんな暗黙の了解!!」


 『嘘だよね!?』とフライのブレザーを掴むが、さっと視線を明後日の方へと逸らされた。あ、これ事実なやつだとフローラは悟る。


「それだけじゃなく!階段とか同じ室内での作業中、フローラ様は何度も私のすぐ近くで盛大に鞄や工具箱を放り投げてます!あれはきっと、周りに気づかれないように私に向かって投げたんだわ!」


「いやぁ、ただ手が滑っちゃっただけなんじゃないかなぁ。彼女、ドジっ娘ちゃんだから」


 ふわっと笑いながらそう答えたクォーツの言葉に、ライトとフライはもちろん野次馬達のなかにあった見知った顔までうんうんと頷いている。

 次第に、『フローラ様がそんな器用な嫌がらせは出来ないよ』とか『特に誰も居ない場所でも転んでアザを作っておいでだし』とフローラを擁護する声が上がり始める。


 それはありがたい。大変ありがたいのたが……何故シリアスな筈の断罪イベントが『フローラはドジだから、嫌がらせなんて出来ない』と言うスタンスでの保護者ライト達による自分のドジっ娘暴露大会になるのだ。そして何故、周りはそれに疑問を抱かず頷いているのだ。


 解せない、心底解せない。


(ーー……別にドジっ娘じゃないもん)


 ライトの背に庇われたまま、ぷくとこっそり頬を膨らます。背中を指先でなぞってやると、ゾワリと嫌な感触がしたのかライトが手首を掴んでチラッとにらんできた。


「止めろよ、くすぐったいだろ!」


「……はーい」


 小声だが鋭くそう叱られて、でもこんな時でもちゃんとこちらをみてくれる律儀さに安心して笑ってしまう。

 完全に分が悪くなったと悟ったのか、マリンの顔色は白くなっていた。


「ご、誤魔化そうったって無駄よ!証拠!こちらには証拠がこんなに……っ」


「その証拠こそ一番の茶番だと言っているんだが」


「な、何よ!こんなに細かく思いだし……っ、じゃない。調べてまとめたのに!何が不満なの!?」


 マリンが残っていた資料を全て、ライトに向かい投げつけた。舞い踊る告発状のひとつをパシッと掴んだライトが、その紙切れをヒラヒラと揺らして笑う。



「隙を見せまいとして墓穴を掘ったな、マリン嬢。この資料は細かすぎる。嫌がらせが起きたと言う場所や日付はともかく、ただの目撃者達それが起きた時刻までを分刻みに記憶している物か?それもこんなにも束になるほどの回数全てに明確な時刻までわかる目撃者が居るなんて、あり得ないだろう」


「……っ!」


 マリンが押し黙る。ライトが資料を燃やした魔力に聖剣の魔力が混ざっていたのか、火の粉に触れて靄が消えたマリン一派の生徒たちも青ざめ始める。そんな彼らを腕を組んで睥睨して、ライトがハッキリと言った。


「お前達の中で、彼女が本当に完全なる悪意を持ってマリン嬢を害する行いをしたと証言出来る者は、今この場で進み出て私達の顔を見て言ってみるがいい。その者の顔と名を、私達もしかと覚えてから詳細に事実を調査しよう。さぁ、出てきてみろ!」


 ざわっとはなったが、誰も出ては来ない。戸惑い、震え、資料を床へと投げ出し幾人もの生徒達が散り散りに逃げ始めた。それを見て、マリンが金切り声を上げる。


「あっ、ちょっ、あんた達待ちなさいよ!」


 しかし、結局物の数分で、マリンの周りからは誰も居なくなってしまった。しかし、引っ込みがつかないのか彼女はまだフローラを睨みながら声を張り上げている。そこで、図書室に誰かが入ってきた。大量の写真の束を持ったオレンジ髪の男子生徒……、エドガーだ。


「~~エドっ、皆が私が悪いみたいに意地悪を言ってフローラ様の味方をするの!貴方が持ってる写真になら、嫌がらせの証拠もあるでしょう?お願い、皆に見せてやって!」


 驚いた表情のライト、フライ、クォーツの視線がマリンにすがり付かれたエドガーに向く。フローラも彼を見てみた。先ほどマリンが彼に放った黒い靄は、もう見えない。


「……本当にいいんですね?」


 うつむいたまま表情が見えないエドガーが、マリンにそう聞いた。

 彼を操れているものと信じ込んでいるマリンは頷く。エドガーは少しだけ躊躇ってから、現像してきた写真を部屋中に、ばらまいた。


「……なっ、何よこれ!」


 ひらっと降りてきた一枚を掴んだマリンが、驚愕の声を上げる。そこに写っていたのは、フローラが誰かに危害を加えていると言うマリンが用意した合成写真の方ではなく。マリンが色々な男に色目を使っている証拠の写真であった。


 同じ男と写っているものは無いんじゃないかと言うくらいの節操の無さに、写真を拾った野次馬達からも批難めいた囁きが聞こえてくる。


「な、何よ、なんの真似なの?」


「何って証拠写真です、お望みでしょ?」


 エドガーがそう言いながら、フローラ達の方へと並び立った。


「フローラ様はライト殿下の婚約者、いずれはフェニックスの王妃になられる権利をお持ちだ。彼女を害するおつもりなら……」


 『俺も容赦はしない』、そうエドガーに拒絶され、マリンが項垂れる。ばらまかれた写真は回収するまもなく、開きっぱなしだった窓から学院中に飛んでいった。もう収集は効かないだろう。


「何よ……、何よ!何でなの!!?」


 再び暴れだしたマリンを警戒した皆が、フローラをかばうように体勢を変える。

 その姿をたった一人で睨み付ける彼女を見て、フローラは瞳を見開いた。


「何で私はいつも独りなのよ……っ!!!」


 走り去る前に部屋中に響いた、その声だけが妙に記憶に焼き付く。


 気まずくて部屋から出るに出られない逃げ損ねた野次馬達にライトが向き直った。


「……騒がせてすまなかった。しかし最近、自分達の発言にどれほどの責任が生ずるのかを理解せず軽はずみな行動をする者が目立つ。我々は皆いずれは国の未来を担う身だ。その点を重々理解し、皆軽率な発言は控えるように頼む。一同、解散!」


 力強く響いた解散宣言で、やっと終わったと図書室にも日常が戻ってくる。

 マリンの悲痛な様子にフローラが情を抱いたのを察して、あまりに彼女の立場が酷くなりすぎないよう『他言無用』を命じたライトの気遣いは通じたのか通じなかったのか。


 その後、乙女ゲーム『恋の行く道』のヒロイン……マリン・クロスフィードは、罪を問われる前にほどなくして学院を自主退学。

 故郷へ戻る途中で船が転覆し、行方知れずとなってしまう。



 世界には学祭以降、“魔物“と呼ばれる存在が少しずつ現れ始め変革を余儀なくされていく二年間は忙しなく、過ぎ去って。


 ヒロイン不在の状況のまま、フローラ達は16歳。乙女ゲームの真の舞台の、高等科へと進学した。



    ~Ep.314 罪人は誰か・後編~


『罪人の小さな真の願い。その行き先は果たして……』





さて、これにて中等科編は終了です。次回からいきなり16歳に飛びます、すみません^^;


高等科へ進学した、と締めましたが、次回からのお話は舞台がちょっと学院から離れます。恋愛色強めてちょっとギャグタッチにいきたいので、応援お願い致します(*^^*)

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