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Ep.313 罪人は誰か・前編

 その夜は、なんだか不思議な夢を見た。


 こちらでは全くと言えるほど見かけない黒髪に、真っ赤なランドセル。一年生にはまだ大きいそれを揺らして走り回る、二人の女の子をじっと見ていた。


(ここ、昔住んでたアパートの駐車場だ……。でも、誰だったっけ、あの子……)


『のんちゃん、私引っ越すんだ。新しいパパの所に行くの。でもね、また必ず遊びに来るから……、~……でね』


『うん、約束ね!……ちゃん!』


 何?今、あの子は何て言ったの?よく聞き取れない。待ってと、無意識に手が伸びるが、辺りがどんどん白くなり景色が遠のいて行く。


「……っ、待って!!」


「ーっ!姫様、どうされました?大丈夫ですか?」


 飛び起きると、ハイネが心配そうな顔で自分の顔を覗き込んで居た。水晶みたいな淡い色味の瞳に写る姿は、金髪に水色の瞳。もう、夢で見た“花音”は何処にも居ない。だから、あれはただの過去の夢だ。


 なのに、どうしてだろう。


「具合は大丈夫。でも、なんだかね、とても大切なことを忘れてしまった気がするの……」


 何かを掴み損ねた手を小さく握りしめる。この手が今空であることに、妙な焦りで心が揺れた。











 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「えーと、過去夢、過去夢……あ、見つけた!けど、遠い……!」


 本棚の上の本を取る用に備え付けられた梯子から手を伸ばし、今朝の夢の真偽を探る手がかりになりそうなその一冊へと手を伸ばす。

 届いた!と思った瞬間、気が緩んで後ろ足が梯子から滑り落ちた。ぐらっと言う感覚がして、体が下に向かって傾く。梯子から落ちたのだと、動かしても何にも当たらない足の感覚から察した。


「先輩、危ない!!!」


「おっと、危ない危ない。気を付けなきゃ」


 落下していくフローラに向かい、本棚の影から誰かが飛び出してくる。

 しかしフローラを受け止める気であったであろうその“誰か”は、勢い余ってズザザザザザーッと図書室の床をヘッドスライディングしていった。

 それもそうだろう。肝心のフローラ自身は、指輪の力でゆっくりと床に爪先を落としたのだから。


 滑った摩擦で額から煙をあげている彼を見て、フローラが声をかける。


「え、エド、大丈夫?何してたの……?」


「別に」


「いや、今いきなり飛び出してきたじゃない。大丈夫?駄目だよー、図書室で暴れたら」


 苦笑混じりのフローラが、傷を治してやる為にエドガーの額に手を伸ばす。そのフローラの手首を掴んで、エドガーが怒鳴った。


「別に!?先輩ドジだからあのバカ高い梯子から落っこちて怪我でもすんじゃないかとハラハラして見てたら案の定落ちてきたから飛び出しただけだよ!ライト先輩みたく上手く受け止められなくてすみませんね!!」


「誰も別にそこまで聞いてないのに……!」


 エドガーの勢いに気圧されたフローラだったが、『心配してくれてありがとう』と笑ってオレンジ色の髪を撫でる。


「はぁ……、あんた本当にその距離感の近さどうにか……っ!」


「あら、どうかした?……っ!」


 照れて赤らんだ頬を腕で隠してそっぽを向いたエドガーの動きが止まった。その視線の先を自然と目で追いかけて、フローラも眉をひそめる。


「ごきげんよう、フローラ様。絶好のイベント日和ね」


「マリンさん、なんのご用?」


 涼しい顔で答えながら、フローラはそっとエドガーを庇うように前に出た。後悔が渦巻く。


 マリンの背後には、糸のように延びた黒い靄でがんじがらめにされた人々がたくさんついていて。全員が敵意ある眼差しでフローラを見ている。背後に居るのが傀儡にされた罪なき一般人でなく攻略対象であるライト達であれば、丸切りゲームのスチル通りの絵面となるだろう。


(油断したわ、何か忘れてると思ったらこれだったのね……!)


 “学園祭”と言う一大イベントに気をとられ過ぎて忘れていたが、乙女ゲームにありがちな一大イベントがもうひとつあるじゃないか。しかも、フローラにとってはむしろこちらの方が大問題である。


「フローラ・ミストラル皇女!私たちは今この場で、学院入学当初から現在の学祭期間に至るまで貴方が犯してきた罪をこの場で白日の元へ晒すわ!」


 マリンがそう声を張り上げ、大量の書類をばらまく。それらは皆、フローラがマリンや他の地位の低い生徒達を虐げていたとする告発状だった。

 乙女ゲームのお約束。悪役の断罪イベントである。学祭での悪巧みも失敗に終わった焦りから、高等科に上がる前に悪役皇女を舞台から下ろしたいようだ。


(……冗談じゃない、受けて立ってやるんだから)


 普段なら上手く受け流して終わりだが、マリンがライトに手を出した件でフローラもまだ怒っている。一度深く深呼吸をして、辺りを見回した。


 朝早い上に外が生憎の雨で人は少ないが、わずかに居た一般の使用者達の眼差しがこちらの様子を窺っているのがわかった。逃げはしないが、上手く立ち回らねばまた余計な敵を作りそうだ。


「あら、一体なんのお話ですの?身に覚えがございませんわ」


 優雅に微笑んでフローラが一歩前へと進めば、役者は揃ったとばかりにマリンがニンマリと笑う。


「惚けようとしてもそうはいきませんよ!ねぇエド、貴方なら持っているわよね?私がフローラ様からされてきた嫌がらせの“証拠写真”を!!」


 ことのほか響いたその声に野次馬がざわめき立つ。

 そのざわめきの中で、フローラは見た。マリンがエドガーの腕を掴んでそう言うと同時に、彼の身体にも他の子達と同じ黒い靄を押し込んだのを。


「………………確かに、写真が必要ですね。カメラ取ってきます」


「……っ!」


 マリンに引き寄せられたエドガーの立ち位置は、フローラの真ん前。だから表情は見えなかったが、虚ろな声でそう答えた彼は静かに図書室から出ていく。

 思惑通りだと笑っているヒロインを、キッとにらみ返してやる。


 『これでひとりぼっちね』と声には出さずに唇だけで言うその言葉を皮切りに、ヒロインの操り人形達による断罪イベントが始まった。


    ~Ep.313 罪人は誰か・前編~





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